第3話 邂逅

 たった一つの光は心強くて、私の行く先の暗闇を払ってくれる唯一のものだった。

 そんな光に照らされるのは、いつも壁や床などの無機物なものばかりではなくて、また、原型を留めない人であったものでもない。珍しく、光は生きている人を照らした。

「あっ。子供だ。」

 私も子供なんだけど、この研究所では珍しい──あるいは、私と同類か。何にせよ、その少年はどうやら廊下に座り込んでいるようで、ライトの光を受けてもまるでビクともしない。屍なのかと思ったけれど、胸が動いている。呼吸しているから、生きている。

「ねぇ、君。」

 反応はない。相当に深い眠りについているらしい。

「ねぇってば。」

 肩を掴み揺らして、でも起きないから私は少年の頬を叩いた。それでようやく少年は起きたようで、

「ひえっ! な、何! あ、あなた誰!?」

「それは私の台詞よ。君こそ誰なの? 何でこんな所に居るの?」

 金髪の少年、服装は私と違って普通の服装だった。顔付きから察するに、私と同年代ほどなのかな。それとも、少しだけ幼い気がする。

「ぼ、僕は⋯⋯エドワード・ウォーカー。ここには⋯⋯あれ? どうしてここに僕は居るんですか?」

「知らないよ。⋯⋯まあ、私はアリス。アリス・ダイアナ・ホワイト。エドワード、私についてくる?」

「う、うん。ホワイトさん、僕も外に出たいから協力させてください。」

「ありがと──っう!?」

 私の頭に激痛が走った。それは一瞬だけで、直後、痛みはまるで最初からなかったかのように消え去ったけど、あれが勘違いなわけがない。

 何、今の。⋯⋯あれ、私、エドワードと昔あったことあるっけ? 何だかどこかで見たことがあるような⋯⋯。思い違いかな。

 はっきり言ってエドワードの容貌は没個性の塊だった。良いわけでもなければ、悪いわけでもない。印象に残りづらいという言葉が相応しく、既視感を覚えるのも無理はないと思う。

「エドワード、私と以前あったことある?」

「ホワイトさんと? ⋯⋯いえ、あなたのような人とは会った事はないです。」

「そう⋯⋯なら本当に勘違いなのかな。」

 仮に会ったことがあるにしても、精々ワシントンのどこかで、偶々見かけただけの関係に過ぎないのかもしれない。

 ⋯⋯いや待って。どうして私は今、ワシントンだと? 私は記憶を失っているはず⋯⋯もしかして、

「アリスさん、どうしました?」

「⋯⋯ごめん、少し考え込んでいたみたい。行こう」

 真っ暗な廊下をライトで照らしながら、私は先行する。男の子が女の子の後ろに隠れて進むこの状況に、エドワードは何も思わないのかな、とはなったけれど、彼は私より年下だし、いじめられっ子のような気質があるほど気弱のように見える。

 私は私が思う以上に度胸があるらしく、この暗闇の中でも、まるで自分のテリトリーのように、知っているように歩ける。この先に何が待ち受けているかだなんて、知らないのだけど。

 歩いているうちに、今度はエドワードから話しかけてきた。

「アリスさんは、ここに来る前の記憶がありますか? 僕はさっきも言いましたけど、全く覚えていなくて。」

「同じね。私もそう。」

「あなたも記憶喪失ですか⋯⋯。本当に、僕達どうしてこんな所にいるのでしょう。」

「さあね。でもこれだけは分かるよ。ここに居ても意味はない。」

 そうだ。私達はここに居る意味がない。この暗闇の中で生きる気は全く無い。絶対に、ここから脱出して、その後にようやくこれからどうするかを考えることができる。

「⋯⋯ですね!」

 そうと分かれば行動するのみ。

 そして丁度そのタイミングで、私達は脱出に一歩進んだことを実感できた。目の前に、上階に続く階段を見つけたから。私達は躊躇いなく、寧ろ望み、その劣化して所々砕けた階段を上った。

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