3 未練
男の勤め先であった新宿ビルの外装は、数時間前に爆発と火事で黒焦げになっていた物とは別物になっていた。
その事に驚きを男は隠せなかった。
道中にあるポスターや工事現場の看板に印字されている締め切りの日付を見たが、2016年の文字は何処にも見つからなった。男はこれは現実なのだと認めるしかなかった。こうした寄り道もあり、現在の時刻はビルの閉館時間を過ぎた23時頃。2人は正面入口の前に立っている。
「それじゃあ、内検もしましょうか。」
「内検?」
女はロックを気にせず、扉を開いて進んだ。「待て」と言う男の静止に対して「大丈夫」と歩き進める。何故か警備システムは作動しない。
女への疑問は深まるが、男も意を決して前に進んだ。閉館して電気は通ってないので、スマホのライトで足元を照らしながら階段を上がっていく。いつもエレベーターを使っているおかげで久々に上る階段ほキツさに男は自分の老いを感じていた。
女は顔色も息のリズムを変えず、上っていく。これが若さか。
黙々と階段を上っていく中、男は女に疑問をぶつけた。
「あんた、何者なんだ?」
「秘密、そっちの方が魅力的でしょ?」
女がスマホのライトを顔に照らし、こっちを向いて口元に人差し指を当てている。いまの画角だと魅力的よりかは怖い感じが勝っている。この返答のされ方だと、本人の事に関しては何を聞いても教えてくれなさそうだった。
また黙々と階段を上っていく。
屋上への扉を開いて、周りの景色を見渡す。遠くの方に大きい光の点が見え、この都市はまだ眠らないのだとわかる。たくさんの人間の欲望が渦巻いてくこれからが本番なのだ。
男はもう一度、女に問いかけた。
「俺の記憶はどうなってるんだ。俺は本当にタイムスリップしてるのか?」
「それをあなたに教える為に、私がこの世界に
女はバッグから小瓶を一つ取り出して中身を床にぶちまけた。
赤くグネグネとした、人間の臓物の様な物が床でうごめき、すさまじい速さで円を描いている。
「ほら、これを見て。」
女は円の中を指さす。円の水鏡には、事故が起きる直前の自分が映し出される。
ドンと大きい爆発音と共に強烈な熱風で男は吹き飛ばされ、柱に後頭部を強く打ち付ける。白い柱に鮮血が滴る。
強烈な痛みと失血によってだんだんと薄れていく視界の中で、男は残してしまう家族を想って息絶えた。
そして、人間とは別の生命体が現れ、男の顔に触れると目を抉り取っていた。クキキと鳴き声を出し、姿を消しては別の人間の腕、胸、足、次々と部位を奪っていった。
爆発によって生じた火は広がっていき、部位を奪われた肉体は燃やされていく。
その行為は恐らくビルで亡くなった人間全員に及ぶ。
目の前で起こった事に衝撃を受けたが、信じるしかない。黙ったままの男を横目に女は語り始める。
「人は死んだときに心残り、いわば未練を解消して、冥界へと旅断つ。
未練が残るってことは、何者かが必ずその邪魔をしてる。さっきのを見た感じ、あなたは目を奪われた。
あなたにとっての未練は家族二人を見る事だった。何かを奪われると、未練の対象に一切の干渉が不可能になる。未練を残した魂はこの現世でずっとさまよい続ける。
この二年間、ずっとあなたは絶対に見れない二人を探し回った。
ここはあなたも含め、たくさんの人の魂が、未練が贄となった。そしてこのビルは今回の不届き者の住処にもなった。」
男は一方的に詰め込まれる情報を飲み込む。さっきの水鏡の映像はちゃんとした事実で、否定する口実もない。
自分がもう既に死んでいる事も、全部飲み込む事しかできない。
「私はこの世界から未練を断ち切る使者。
──あなたの失った物、お返しします。
女はぶつぶつと何かを唱えだし、バックから二十個あまりもの小瓶を取り出して床にぶちまける。
カランとぶちまけられたのは、古びて霞んでいる人骨。
頭蓋から連なる幾つもの骨が共鳴し合い、夜闇に震え上がった。
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