2 現実
建物の中は骨董品屋の様に、四方八方に小瓶が積まれていた。瓶には何かが漬けられていてカウンターを挟んで女が一人ぽつんと座っていた。
歩くたびに床がギシギシと音を立てる。外観といい内装といい、かなり年季が入っているのがわかる。男の記憶ではこの場所に建物はなかったはずだった。
床の軋む音で女は目を覚まし、こちらを見て驚いた顔をした後に藍色のメガネをかけ机に肘をつくと微笑んだ。
「こんな夜にお客様なんて珍しい。お客様が失くした物は、これかな?これかな?」
女はバッグからたくさん小瓶を放り出し始め、机の上を散らかしていく。
男はここは居酒屋ではなく漬物瓶を売る場所なのだと悟り、「間違えました。」と作り笑いで退出を試みたが失敗した。
「そこ、座って。」
女から発せられたその言葉に従わざるを得なかった。
女の声色は変わっていない。ただ得体の知れない何かを、圧のような物を感じて一気に背中に緊張感が走り、冷や汗が滴る。
男はカウンターに用意された椅子に座って女と向き合った。今度は酒とつまみを机に放りだし始める。
そのバックにはどれだけ物が詰まっているのだ。
「ごめんなさい、久々のお客様で嬉しくてからかっちゃった。ここに来る人ってみんな死んだ顔して酒を呷りに来るから。さ、さ、飲んで、お話聞かせて。」
女はあどけない表情で、てへっ。とでも言いたげにこちらを見つめてくる。その表情をみれば大抵の人間なら許すだろうし、これくらいの方が親しみやすく、打ち解けやすいものだ。
男は酒を手に取り、乾杯の一言と同時に酒を流し込んだ。
男はここに来るまでの記憶を読み返していく。
「家族がいなくなっちまった。俺はいつも新宿ビルで働いててな。夜勤で朝に仕事が終わって帰ろうとした時に爆発火災事故があって、そりゃ大変だったんだ。
俺はなんとか生き残れたけど、死んだ人もいる。そっから数時間、事情聴取やらをやって、安否確認もできて抜け出して俺は家に帰ってきたんだ。」
「家族はどうしていなくなったの?」
「原因は何もわからん。帰った時には家の中に何も残ってなかった。
上手く行ってたはずなのにに、なぜか俺は見捨てられたのさ。何度か連絡したんだが、全然ダメだった。そこから絶望して、これは悪い夢って思って逃げてここに来て、あんたと話してる。
でもこれ、現実なんだよな。酒の味が逆に忘れさせてくれない。」
男はぼやけた視界でギュッと酒缶を握る。
自分は何を間違ってしまったんだろう。原因は何もわからない。ただ酒を飲み、自責の念に男は浸ることしかできない。
女はうんうんと、黙ってスマホをいじっている。下手に励ましの言葉をかけられるより、黙って聞いてくれてた方が男としてはありがたい。
男が新しく、酒を手に取ると女はあれぇ?と声を上げた。
「本当に今日爆発火災事故にあったの?そのビル、今日は何も起きてないわ。二年前に爆発火災事故が起きただけで、生き残ったのはビルの管理人だけってことになってる。
あなた今、西暦何年かわかる?」
「2016年。」
「違うわ、今は2018年よ。タイムスリップでもしてきたの?」
「そんなはずない。」
男はスマホの画面を見ると、自分が爆発火災事故に遭遇した2016年06月20日午前10時20分25秒で止まっていた。
女のスマホには2018年6月20日午後21時30分06秒と表示されていて、07、08、09と秒読みが進んでいる。
意味不明な状況で頭が混乱するのと同時に、酒の酔いは一気に覚めた。
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