第4話福神漬け

鉄砲漬けは、細かく刻んでから、お茶漬けで食べるとうまかった。

五日ほどで食べ終えて、なんだかひと仕事を終えたような気分がした。


 バイトの帰り道。

今日はいつもより荷物が多くあって、持ち上げて運送車に積み込む作業が延々と続いた。


腰を屈めては、重いダンボール箱を持ち上げる動作を、幾度となく繰り返したせいか、少し腰が痛んだ。


「明日は、筋肉痛かもなあ」

そんなことを考えながら、歩いていた。


 夕食に買ってきたのは、有名カレーチェーン店のビーフカレー。ライスは抜きで、カレーだけ頼んで、トッピング用にイカリングフライを追加した。


 最初は店内で食べて帰ろうと思っていたのだけれど、あいにく満席。待ち時間が三十分とか、行列ができていた。

それなら、テイクアウトにして、家でゆっくり食べた方が良いと思ったのだった。


 カレー屋を出た途端、目に飛び込んできたのは、例の老婆の姿。


ここ二週間ほどは出会うことがなかったので、あれはリアルな夢だったのかもしれないと、思い込もうとしていた。


夢、じゃなかったな。


勇一は、薄ら笑いを浮かべている老婆を見たとたん、体が固まって、つい立ち止まってしまった。


 ここはスルーして通りすぎるところだろう…… と、自分で自分をあきれながらも、彼女が差しだしているビニール袋を拒めない。


「二百円」


勇一は、しぶしぶ漬物の袋を受け取って、お金を支払った。


「がんばれ」


歩き出した勇一の背後から、しわがれた声が追ってきた。



 家に着いた時、買ってきたカレーはまだ温かかった。

冷蔵庫から食べかけのレタスを出して洗い、四分の一ほどを手で千切ってガラスの器に入れた。

そして、いつものように冷凍ご飯を電子レンジへ。


 まてよ、勇一は漬物を持った手を、目の前でぶらぶら揺らしながら考えた。


今日の漬物は福神漬けのようだ。

ダイコン、ナス、レンコン、キュウリ、シソの実などの刻んだ野菜を醤油ベースの調味液に漬けたもので、赤に近いオレンジ色に着色されていた。


 このまま器に入れたら、たぶん飛びかかってくる。

勇一は戸棚からシール容器を出してフタを開けた。


 福神漬けを入れたら、すぐにフタをしてしまおうという計画だった。

密閉容器に閉じ込められれば、さすがに攻撃してくることはないだろう。


 それでも念のため、防御用の鍋蓋と包丁を用意してから、福神漬けの袋を持った。


「行くぞ!」


 袋を逆さにして、一気に容器に流し込んだので、まわりに汁がはねて飛び散ったが、福神漬けは 無事に容器におさまり、勇一は素早くフタを閉めた。


 ふう……


 しばらく警戒しながら見ていたけれど、福神漬けはおとなしく、シール容器の中に密閉されて、動き出す気配はなかった。


 ただ、このままでは、今夜はカレーに添えて食べることはできなそうだった。


 ピー ピー ピー と、電子レンジの温め終了の音がした。ご飯が温められた合図だ。


 勇一は福神漬けの容器をテーブルの端に乗せたまま、背を向けてご飯を取りに行った。


 カレーがあるとご飯が進む。いつも夕食は、一膳しか食べないのだが、今夜は特別に二膳分解凍してあった。


 大きめの皿にご飯を盛りつけ、カレーをかけた。

ツンとスパイスの香りが部屋に漂い、勇一のお腹が鳴った。腹が減りすぎて痛みさえ感じてきていた。


「さて、食おう」

勇一がスプーンでカレーをすくおうとした瞬間、バンと大きな音がして、シール容器のフタがはじけた。


「おおおおお!  何だ!」


 彼が目を離していた間に、シール容器の中身が膨らんで、フタが抑えきれなくなっていたのだ。


 床に落としてたまるか、食べられなくなるじゃないか。

四方に飛び散った福神漬けを、勇一はカレーの盛られた皿をせわしく動かして、キャッチした。


皿には、黄色いカレーが隠れる程に、赤い福神漬けが山盛りになっていた。


勇一はしばらく皿を眺めていたが、福神漬けがおとなしくして動き出さないのを確認して、食卓に戻った。


「ま、不味くはないか……」


勇一は、福神漬け山盛りのカレーを、掻き込むのだった。


<レベルアップしました!>

頭のなかに機械的なアナウンスがした……


 あの老婆の不気味な笑い声が、聞こえたような気がした。

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