木とそれ以外、あるいは機械工学 18

 瞬発力だけを頼りに宣戦布告をしてみても、返ってくるのは柔軟な消波ブロックと八咫烏の集団だけだ。神秘的な選択やカラカラに乾いた砂漠などは、準備を必要としないし、壁打ちの法則も適応されない。だからといって、わずかな灯の隣に、マッチの火を置いてみても事態は何も進展しないだろう。

 書きたいことと書きたくないこと、書いてもいいことと書かなくてもいいこと、絶対に書かなくてはいけないことと絶対に書いてはいけないこと、そういったことを考え始めてから百年ばかりの間は、細心の注意を払っていたが、今となっては何でもよかった。どちらにしろ答えは存在せず、答えに近づくことさえ叶わないのだ。

 時計の針の動きを目で追ってしまう。時間という目で見えないものを可視化するために、人間は大きな代償を払った。連続性は失われ、離散的な思考のみが残されてしまった。時と時の間にある時の存在を、私たちは考えることができない。その存在を知る人間さえ、同時に失ってしまったのだ。

 人類は進化したのか、それとも退化しているのか。それらは現在の位置から客観視することはできない。遠い未来から過去を振り返ったときにようやく判断できる。私たちは進化したのか、退化したのか。私たちは知りたいことほど、知ることができない。

 すでに世界は失われてしまった。この世界に永遠が実在しないことは証明されてしまった。人類の生は短く、あとは死が残るのみ。そしてそれは人類だけではなく、宇宙もまた同じだ。宇宙の生は短く、あとは死が残るのみ。宇宙さえも永遠ではない。この世界さえも永遠ではない。

 走り出した兎を眺める。それもまたよし。死は平等に訪れる。

 少女は川の近くで丸い石を拾った。その石の名前は「分解能」だった。分解能は遠くの山の上流のほうからはるばるやってきた。ピクニックだった。そして、当然のことながら分解能もいずれ死ぬ。分解能の頭上にも平等に死はやってくる。分解能はそのことを理解していた。分解能は死について考える哲学者だった。

 少女は言った。

「お石さん、今日という日はなんて名前か知ってる?」

 分解能は答えた。

「今日は今日だ。あるいは、お嬢さんと出会った日と名付けてもいい」

 少女は笑った。

 分解能も笑った。

 少女もいずれ死ぬ。分解能もいずれ死ぬ。もしかしたら同時に死ぬかもしれない。全く別の日に死ぬかもしれない。それでも少女と分解能は笑うのだった。笑うことで生を果たすのだった。生きるとは笑うことだと知っているのだ。

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