木とそれ以外、あるいは機械工学 16

 絞り切って乾いた雑巾から、さらに水を絞り取ることが、私たちの役目だと知ったのは、道のりがそれだけ苦難の連続だったことに起因するだろう。頭の奥底から、アイデアの形にもなっていないサラサラの砂粒のような思考の素粒子を拾い集めて、なんとか一つの考えにまとめる作業を、永遠とも思える薄く伸びた時間の中で繰り返し行った。やがてその作業が苦しみを伴わなくなり、反対に快楽を感じ始めた頃、私は一人の人間になっていた。新人類が誕生した瞬間だ。

 順番に照らし合わせることだけが正義で、どれだけ時間がかかろうとも、複雑なアルゴリズムが喜ばれることはなく、あらゆるソートは毛嫌いされ、動的計画法を使用する者たちは、反逆者として断罪されてしまった。データの構造がシンプルであろうと、複雑であろうと、私たちに残された選択肢は、単純なループ処理と条件分岐だけだった。それでも私たちは残された手札を巧みに使いこなして、あらゆる事象を捕えていった。

 始点と終点を結ぶ、あるいは、ノードとノードを繋ぎ合わせてネットワークを構築する、それだけで誰でも簡単に神になれた。今では当たり前とされ、基本的すぎて誰の頭にも残っていないグラフ構造も、元を辿れば原点に戻ってくるのだ。全ての始点であり終点、輪廻転生の例を持ち出すまでもなく、全ては繋がっているのだ。

 少女はハッキリとした声でお礼を述べた。実際のところは分からないが、少女の気持ちにおいても、何か変化があったのかもしれない。感謝の言葉を口にして、少女は笑っていた。

「私は死ぬことを恐れてはいないわ。だって、生きることと死ぬことは両立しないから。私が生きている間は死ぬことはないし、私が死んだら私は生きていないのだから」

 私はその言葉を聞いて笑ってしまった。当然のことながら、少女には少女なりの考えがあり、私と少女は違う生き物だ。私はそのことを嬉しく思った。少女はまっすぐに育っている。たとえ、死ぬことが決定されていたとしても、私たちは死を恐れることはない。生と死が同時に存在することはあり得ないのだから。

 落ち着いて荒野を見渡せば、そこに希望の光が眠っていることに気がつくことだろう。焦る必要はない。嘆く必要はない。世界の終わりが近づいていることなど、些細な出来事でしかないのだ。私たちは本質的に自由だ。それは疑いようのない事実である。今ここに生を持ち、存在している事実だけを直視するべきだ。それだけが大事なことなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る