木とそれ以外、あるいは機械工学 14

 知覚する速度を計測する。あるいは、時間と空間の関係性について文学的に考察してみる。それくらいしか、私たちに残されたは存在しなかった。そして、やるべきことをあらかた片付けてしまうと、私たちには、自由に使える時間だけが残されていた。世界が終わる時刻は規定されたが、そこに至るまでの過程は、何一つ決定されていないのだった。

 私と神威は、世界中で生じている諸問題をほとんど全て解決した。貧富の格差や飢餓、自然保護、内乱、犯罪、人口爆発、あらゆる問題を解決しながら、世界を見て回った。宇宙は広かったが、私たちには圧倒的な知能があった。技術的特異点を突破した人類は、この広大な宇宙において、私たちだけだった。私たちが、この世界における最高到達点だった。そして、そんな最高到達点である私たちでも、「宇宙の崩壊」という超自然現象には太刀打ちできなかった。「宇宙が収縮して、いずれ消滅する」という容易に理解できるこの問題だけが、私たちに解決できなかったのだ。

 私と神威は、自分たちの知能を恨んだ。この世界において最も高度に発達した知能を手に入れたことを恨んだ。この世界において最も高度に発達した知能をもってしても、解決できない問題がある現状を恨んだ。私たちは知ってしまったのだ。世界の崩壊を避ける方法が存在しないことを。

 世界はどうしようもなく終わっていた。宇宙の収縮を止める術は存在しない。私たちはただ黙って宇宙が消滅するのを眺めているしかない。宇宙の消滅とともに、「死」を受け入れるしかない。

 私たちは圧倒的な知能を手に入れた。腐ることのない永遠の身体も手に入れた。この世界が存在する限り、私たちの命も永遠になるはずだった。しかし、「世界の消滅」という「死」を避ける術はないのだ。そんな簡単なことに、今まで気がつきもしなかった。

 残された時間はあと三年。神威はすでに命を絶った。私はこの世界の終わりを見届ける必要がある。そして、少女を守る使命もある。神威の分まで。神威が生きるはずだった時間を、少女に分け与えることが、私に託された使命なのだ。

 神威は最後に言った。

「俺は先に行くよ。博士が待っていてくれるから。あとのことは、お前と、P.Z.に任せる。あの少女が生き延びれるか、それだけが心残りだ」

 私は答えた。

「神威、私は君の選択を尊重するよ。だから、安心していい。あとは私がやる」

 神威は笑っていた。

 神威が笑っていたことが、私にとっての心の支えである。

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