木とそれ以外、あるいは機械工学 13
分かたれた指紋が再び一つになる可能性はほぼゼロに等しく、そのためか、私たちは何の理由もなく指先を大事にしまっていた。また、絆創膏を常時携帯して、万が一の指先の怪我に備えることを第一に考えていた。しかし、指紋が認証システムの脆弱性と認められ、指紋認証の廃止が決定すると、人々は待ち針で、次から次に、自分の指を串刺しにしていった。
世界の果てを巡る冒険が、人々の間でブームになっていた頃、ひとりの男が「この星は球体の形をしており、つまり、今この場所こそが、世界の始点であり、終点である」と述べて、人々の顰蹙を買った。その男が、なぜそんなことを言ったのかは分からないが、その虚実が、人々のやすらぎを奪ったことは事実である。また、世界の果てを巡る冒険のブームが去ってから十年後、別の男が「この世界は平面の形をしていて、つまり、ずっと東へ向かえば、いずれ世界の果てに辿り着くだろう」と述べたが、誰一人として相手にすることはなかった。
新品の靴は固くて履きづらく、履きなれた靴は汚くて履きづらい。そのため、その間を縫って現れた靴を履くことが、ベストであり、ベターでもあることが、カルマン氏の研究によって明らかにされている。このことが示しているのは、何事も中庸が大事であり、偏りはなるべく避けたほうがよいだろうということである。
少女は左利きだった。
「シンギュラリティちゃんに新しい呼吸法を教えてもらったの。この呼吸法をマスターすれば、もう息切れすることもないんだって」
少女はそう言って、苦しそうに、息を吸ったり、吐いたりしていた。その姿が妙に可愛らしく、私は黙って、しばらくの間、その様子を眺めていた。そして、少女はそれから一時間後には、その呼吸法を習得していた。
「本当だわ! もう息切れしないわ! すごい! すごい!」
少女は嬉しそうに、飛んだり、跳ねたりしていたが、たしかに、息が切れる素振りを見せなかった。
私は感心した。
「すごいね。私も真似してみようかな」
「いいわよ、私が教えてあげる。それに、明日、シンギュラリティちゃんにお礼を言わなくちゃ。こんなにすごい呼吸法を教えてくれたんだから!」
それから、私は少女に、新しい呼吸法を教わった。それは、どうにも理にはかなっていなかったが、なぜか息が切れることはなくなった。まるで肺の底から、次から次に酸素が漏れ出てくるような感触があった。
私は疑問を口にした。
「この呼吸法はどういう原理なのだろう?」
少女は笑って答えた。
「原理なんてないわ。世界に果てがないのと同じようにね」
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