木とそれ以外、あるいは機械工学 11

 壁を叩けば、事実だけが列をなして歩みを進めていた。そこから綻びを見つけることが私の仕事である。私の領分である。広大で膨大で雄大な電脳世界に接続して、ジャックポットを狙うように、わずかな切込みを入れて回る。転がりつく先はおそらく統合人工知能「P.Z.」だ。私は自分の両親に歯向かう罪を背負わなければならない。

 私は、この世界において、疑似的な「神」になることも恐れはしない。それが少女のためならば。世界の終わりまで、少女が生きながらえることができるならば。私は真に正しいことをしていると確信できる。

 ジャッカルはジャッカルを食べないが、人類だけが同類を食い物にするのだ。

 少女は学校から帰ってくると、宿題にとりかかった。

「先生がね、私と私じゃない人の違いについて、調べてきなさいだって。難しい宿題を出すんだから、困っちゃうわ。こんなのどうやって調べればいいのかしら?」

 少女はそういうと、本棚からいくつかの本を取り出して、調べものを始めた。

 私は少女の向かいの席に座った。

「難しいね。ひとつひとつ調べるしかないかもしれない、……たとえば、私と君の違いとかね」

「そんなの簡単よ。私は子供で、あなたは大人、そうでしょ?」

「そうだね、正解だ。だけど、それだけかな?」

 少女は少し考える素振りを見せてから、答えた。

「いや、まだあるわ。好きな物が違う。私は桃が好きで、あなたは林檎が好きね。ほかには、私は学校まで歩くのが嫌いだけど、あなたはどこまででも歩いていける。そこが違うわ。そもそも見た目も全然違うし、髪の長さも違う、……まだまだ違うものがたくさんある、どうしようかしら、そんなの宿題には書き切れないわ」

 少女は珍しく困惑した表情を見せた。それから、すくっと席を立つと、本棚の前を行ったり来たりしていた。何やら考え事をしているらしく、私は邪魔をしないように、ただ黙ってその様子を眺めていた。少女は長い黒髪をくるくると巻いたり、伸ばしたりを繰り返した。そして、また、席に座った。

 少女は私をまっすぐ見つめて言った。

「もしかしてだけど、人ってひとりひとり全然違うんじゃないかしら?」

 私も少女をまっすぐ見つめて、できるだけ真剣な顔をしてから、答えた。

「私もそう思うよ。人はひとりひとり全然違う」

「やっぱり! そうなのね!」

 少女は百メートルの高さから海に飛び込んだときの水飛沫のような笑顔を私に向けた。私はその笑顔を何としても守りたいと思った。世界が終わるまではずっと。私の「死」は怖くない。一人で死ぬことは怖くない。少女さえ生き抜いてくれれば、それだけでいいのだ。

 少女は宿題に「人はみんな全然違う」と一文を書いて終わらせると、夕飯の支度を始めた。

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