木とそれ以外、あるいは機械工学 7

 上級管理レベルを突破して、管理者権限を手に入れる。言うは易く行うは難し。統合人工知能「P.Z.」を騙すのは簡単な話だが、管理者権限の奪取は不可能に近い。いくつもの暗号化を攻略しても、その後に待っているのは、統合認証システム「青門v2」である。かつて存在した日本という国が、すべての国力を集結して作り上げたこの認証システムは、正規の管理者以外を絶対的に排除する。いくら宇宙が広いとはいっても、不正に「青門v2」の認証をかいくぐれる生物はおそらく存在しないだろう。

 途中下車をして、海が見える町に降り立った日のことを鮮明に覚えている。その町で少女は生まれた。海が見える町で生まれたことは、少女にとって、良い記憶となっていることだろう。しかし、少女はその町の話をしない。あれだけ活発な少女が、あの町に行きたいとは決して言わなかった。

 少女は野球ゲームでホームランを打つと、自動販売機でアイスを買って、食べた。厳密に言えば、バニラアイス味の加工食品を買って、食べた。仕方がないので、私も同じものを買って、食べた。

 私はベンチに座ると、少女に尋ねた。

「野球のルールはもう覚えたのかい?」

 少女はバニラアイス味の加工食品を一口かじると、答えた。

「ひとつのチームは九人。ピッチャーは、キャッチャーに向かってボールを投げる。バッターはそのボールを打つ。ボールが、内野を超えて、外野を超えて、グラウンド外までいけば、ホームラン。あってるでしょ?」

「すごいね。もうそこまで覚えたのか」

「私、覚えることは好きなの。勉強は嫌いだけどね」

 少女は一冊の本を抱えていた。その本のタイトルは『優雅で感傷的な日本野球』(高橋源一郎著)だった。どうやら、その本で、野球のことを覚えたらしい。その試みはとても素晴らしいことのように思えた。

 私たちはバニラアイス味の加工食品を食べ終わると、再び野球ゲームで遊んだ。九回が終わるころには、日が暮れていた。結果は私の勝ちだったが、最後まで接戦が続いていた。

 少女は悔しそうな表情で、言った。

「もう一度やりましょう。今度は私が勝つから」

 私は苦笑しながら答えた。

「もう一度やるのはいいけど、今日はもう遅い。また今度にしよう」

 それから、私と少女は家路についた。少女はよほど悔しかったのか、家に着くまで、口をきいてくれなかった。私は苦笑するしかなかった。

「今度は私が勝つから。本当よ。そのためだったら勉強したっていいわ」

 少女は負けず嫌いだった。

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