木とそれ以外、あるいは機械工学 4
長大な不条理を賭けて、濁流に飲み込まれる私たちの光源は、太陽だけではないだろう。それを人類は希望と呼ぶ。希望を知れば絶望を知り、絶望を知れば希望を知り、それらは隣り合わせの鏡であると理解する頃には、私たちは大人になっていた。
幾何学模様の廊下を歩き、薄暗い書斎に入る。四方の壁は本棚に覆われ、その中央に端末が置いてある。この端末は脳直結型インターフェースである。私は椅子に座ると、端末にプラグを接続して、ログイン処理を行った。
不揃いで出来の悪い情報群を慎重に整理して、リストに追加していく。知らなければいけないことはすでに習得済みで、知らなくてもいいこと、あるいは、知らないほうがいいこと、それらをどんどんリストに追加していく作業を三時間ばかり続けていると、昼になった。
少女はリビングのテーブルの上に、色とりどりの加工食品を並べていた。どれも含まれている栄養は等しく、違うのは味だけだ。私は並べられている加工食品の中から、オムライス味を選んだ。少女はチューイングガム味が大好物だった。
少女がチューイングガム味の加工食品を口に運びながら、言った。
「隣のシンギュラリティちゃんが昨日、公園で、生きたモグラを見たんですって。本当かしら?」
私はオムライス味の加工食品を咀嚼しながら、言った。
「どうだろう。モグラは二百年前に絶滅したはずだけどね」
少女は笑いながら、怒りを露わにした。
「やっぱり嘘をついたんだわ。シンギュラリティちゃんはいつも嘘ばっかり。かまってほしくて嘘ばっかりつくのよ。困っちゃうわね」
午後は雨が続いた。私は雨粒を数えながら過ごした。
重心の偏りは計算量の肥大化を招くため、法律で禁止されているが、そんなことをどうやって取り締まるつもりなのか。統合人工知能「P.Z.」の管理能力は、世界全域をシミュレートできるほどに強力だ。しかし、すべての法律を取り締まることはおそらく不可能だろう。それほどまでに、私たちは進化してしまったのだ。
P.Z.を欺くことは容易い。P.Z.は性善説に則って処理が行われているから、嘘の情報を流せば、それだけで騙すことができてしまう。つまり、世界は嘘にまみれている。それが悪いとは思わない。良いとも思わない。すでに判断基準は失われてしまったのだ。
空気の入れ替えを行わなければ、長い年月をかけて、組織は腐っていく。それは機械も同じだ。P.Z.は長い年月をかけて腐ってしまったのだ。いや、腐ったのはP.Z.ではなく、そのまわり、もしくはそれ以外かもしれないが。
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