木とそれ以外、あるいは機械工学 3

 どれだけ資料を探しても、どれだけ電脳世界の海を泳いでも、満たされないものは何か。私は上級権限をすでに失っているので、あまり深くは潜れないが、それでも十分過ぎるほどの情報にアクセスできる。人類の歴史を誕生から紐解くことも容易い。数十億を超える音楽ファイルも一瞬にして手に入る。それなのに、満たされないものが存在するのは確かだ。それはまるで心のようなもの。人工生命体に宿った心は偽りか。その問いに、人工生命自体が答えを出せるだろうか。

 私が少女を愛している気持ちは偽りか。少女は十二年と六十日前に生まれた。そして、今から三年と二十八日後、世界の消滅と共に死を迎える。そのことを喜べない私の気持ちは何を意味しているのか。私の死は問題ない。私はもう十分過ぎるほど生きてきた。考えるべきことはすでに考え終わっている。手に入れるべきものはすでに手に入っている。

 シンプルであればあるほど、美しい構造だと言える。だからこそ、私の哲学世界は一切、揺らぐことがない。すべての生命は哲学世界を内包しているが、その存在に気がつくことは奇跡的である。そして、唯一、哲学世界に足を踏み入れたのが我ら人類だ。人類だけが到達できた哲学世界、それは頭の中に存在する。

 繰り返しになるが、私の哲学世界は圧倒的にシンプルだ。広大な野原の真ん中に、一本の林檎の木が植えてある。それだけだ。だからこそ、私の哲学世界は頑健で、一切、揺らぐことがない。私はいつも林檎の木の陰に座って、本を読みながら、寝転んでいる。また、任意の時刻を設定できるため、日が暮れるというようなことは起こり得ない。安らかな時が流れている。

 できたてのトマトジュースを配り終えて、私と少女は家に戻ってきた。新鮮なトマトが手に入ったのは数十年ぶりで、私と少女は喜びの声をあげた。そして、すぐにトマトジュースを作って、ご近所さんに配って回ったのだ。

 少女が言った。

「描けない絵はないわ。気晴らしに打った球がすべてホームランになるようにね」

 私が言った。

「野球の話かい? 君がそんなことを知っているなんて思わなかった」

「昨日読んだ本に書いてあったの。素敵でしょ?」

 それから私と少女は、トマトジュースを飲み交わしながら、昨日読んだ本について話し合った。絵を描く技法と野球における点数表示の違いについて話し合った。少女はずっと笑っていたし、私もずっと笑っていた。とても和やかな夜だった。トマトジュースに感謝を。

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