木とそれ以外、あるいは機械工学 2
走れども、走れども、追いつけず、または追いつかせず、並列する者は無し。前を向けば生者の行進、後ろを向けば骸の山。準備不足は否めない。だが、走り始めたのだから仕方がない。立ち止まることは許されず、そもそも立ち止まる意味すら存在しない。そのことを理解したのは、私が私として生まれた日の翌日だった。
犬を飼っていた。小さな毛むくじゃらの犬だったが、犬種は分からない。名前は「機械工学」。機械工学はボール遊びが好きだった。私がボールを投げたら、その軌道を計算して、先回りするのが得意だった。私は機械工学が大好きだった。少女も機械工学が大好きだった。しかし、二か月前、機械工学は死んだ。
機械工学の墓は庭の端にある。私と少女で穴を掘り、丁寧に埋めた。機械工学は庭で走り回るのが好きだった。今でも機械工学が走り回っている姿をありありと想像できる。春の陽気に包まれて、機械工学は安らかに眠った。機械工学は誰よりも生を全うした。少女は一日中、泣いていたが、私は涙一つこぼさなかった。それでいいと思えた。それでよかったのだと思えた。また会えるのだから。
「機械工学は後悔していないかしら? 私たちと過ごした日々を。私たちと遊んだ毎日を。本当はもっと裕福な家に生まれたかったんじゃないかしら?」
少女は夜になると、思いつめた表情で、そう尋ねた。
「後悔なんてしていないさ。きっと喜んでいるよ」
私は本心を答えた。それから少女を優しく抱きしめた。
機械工学はいつも楽しんでいた。誰よりも生きることを楽しんでいた。機械工学の目には希望が宿っていた。少なくとも、私や少女よりも。私たちに与えられた生はもう残り少ないが、それに対して、機械工学の目に宿った希望の可能性は無限大だ。
私の寿命は近い。人工生命体が永遠に生きられるとされていた時代はとうに過ぎ去り、死は刻々と近づいている。世界の終焉とともに、私たちも機械工学がいる世界へと旅立つ。恐れはない。機械工学が待っていてくれるからだ。再び会える喜びがあるというのに、何を恐れることがあるのだろう。
果てはない。それと同じく、原点も存在しない。中学生が語る夢物語に、相槌を打つ必要性について議論する。横たわる石碑に手を合わせ、上を向けば、海が広がっていた。私は発露した。
「ああ、愛を知る人よ。行き過ぎた茶番だけが頼りなのか。水を飲み、木を齧り、泥に覆われた世界よ。青春の香りがするぞ。瞬きを失い、それでもなお、計算を続けろと言うのか」
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