木とそれ以外、あるいは機械工学 1

 落ち着いて観測を続けてみれば、宇宙の端が徐々に近づいていることに気がつく。つまり、私たちの世界は縮小を続けているのだ。世界の大きさは有限であり、いずれはゼロに等しくなるだろう。消滅。無。私たちにとってはそれが「死」だ。

 どんな状況であろうとも、音楽は胸を高鳴らせてくれる。窮屈な家に閉じこもって、やることと言えば、音楽を聴くことぐらいなのだ。かつて存在した国の、かつて流行っていた音楽を、私たちは朝から晩まで聴き続けた。少女は歌い、ときに踊った。私はそんな少女を眺めることが、音楽と同じくらい大好きだった。

 文字の連なりはやがて意味を持ち、歌になる。人間の口から言葉が漏れて、それが他者の鼓膜を揺らし、情報伝達を可能とする。私たちにも創造する力はあるだろうか。音楽を生み出す能力があるだろうか。

 本当のことだけを少女に話した。それが最も正しい道筋であると私は理解していた。少女がいかにして生まれたか。少女の両親はどのような人間だったか。そして、少女の人生はすでに決定していることを話した。私は決定論者ではない。しかし、少女の人生はどうしようもなく決定されていた。覆しようがなかった。私にはどうしようもなかったのだ。

 少女はいつも笑っていたが、その時ばかりは真面目な顔をして、私の話を聞いていた。そして、私の話が終わると、少女は再び笑った。いつもの少女に戻っていた。

「コーヒーと宇宙の違いって何だと思う?」と少女が言った。

「……さあ、何だろう」と私は答えた。

「私は味が違うと思うわ。コーヒーは苦くて酸味があるでしょ。宇宙はもっと甘いのよ、きっと。どうすれば宇宙の味を確かめられるのかしら?」少女は本棚の前で探し物をしていた。どうやら、宇宙の味について記載がある文献を探しているらしい。

「実際に宇宙に行ってみるのが早そうだけど、残念ながらロケットはいつも満杯だ」と私は窓の外を眺めながら言った。遠くに、今にも発射しそうなロケットが見える。宇宙の外に逃げ延びようと考えている人間はいまだに多い。存在するかも分からない「宇宙の外側」。その姿を観測できた者はいない。だからこそ、皆は目指すのだろう。

 同じことの繰り返し。歴史は繰り返される。謎は謎のままにして、分からなければ、分からないままにすればいい。分からないと言えばいい。叫ぶことだけが正しいのだと教えてくれたのは、やはりあの旅人だった。説明はいらない。欲しいのは謎、それのみ。数え切れない謎を用意すればいい。

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