木とそれ以外、あるいは機械工学

Yusuke Kato

故郷 in the block

木とそれ以外、あるいは機械工学 0

 何も考えられず、そもそも何も考える必要がない。故に孤独だ。

 仮に、黒髪の少女が「明日は晴れるわ。そして、林檎は溶けて無くなるってわけね」と言っても、決して耳を貸してはいけない。準備を怠ってはいけない。眠たくなる前に、すべてを片付けなければいけないのと同じように。

 目的を尋ねたら、たちまち嘘がばれることを私たちは経験的に理解している。それでも方角を気にせずにはいられないのが人間の性分なのか。あくまでゴールを設定したがり、スタート地点には甚だ無頓着である。

 また、だからと言って、肝心の答えが見つかるわけではない。恒久的に真の正解を探し求める化物。怪物。そんなものに成り果ててしまってはもう遅いだろう。行く手を阻む虎は一頭だけでいい。それだけで十分なのに、初めからそこにあったかのように壁を置きたがるのはなぜか。

 一秒が一分になり、一分が一時間になり、いつの間にか一日が終わっている。

 少女は眠い目を擦りながら、ベッドから起き上がって大きく伸びをした。それから蛇口をひねって、コップに水を注ぐと、一息に飲み干した。それだけでもエネルギーの消費は軽視できないほどであり、私は関節の調整をしながら、将来について考えを巡らせた。もちろん、答えなど出るはずもないのだが、考えないわけにはいかないのだ。

 少女の歩幅は私の歩幅よりも人参の縦の長さほど短い。だから、歩く速度を揃えるために、私は少女よりもゆっくりと足を動かす必要があった。歩幅を狭めるという手段もあるにはあったが、それだと歩行パターンの調整が必要となり、面倒だった。私は面倒ごとが嫌いだ。私に残された時間はあまりに少なく、余計なことに時間を使っている場合ではない。

 少女はいつものベンチに腰を下ろした。

「本棚にある本を全部、一列に並べて、それから順番に読むの。もちろん左から順にね。いいでしょ?」

 少女は左利きだった。それがコンプレックスになっているのかは分からないが、他人と違うことにストレスを感じていることは間違いなかった。「右利きとして生まれたかった」が少女の口癖だったことも事実である。

 公園の中央には樹齢二百年を超える桜の木が植えられていて、一年中、花見を楽しむことができた。だからだろうか。桜が咲いていることに対する感謝の気持ちは次第に薄れ、桜で花見をする人間を見かけることもなくなった。桜の美しさは何も変わっていないのに。桜の木は依然として、そこにあり続けているのに。


 

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