ストームの章・その3 掘って溶かしてみました
サムソン辺境都市の北東門を抜けて、馬車で北へ約6時間。
大型の荷車や運搬馬車が通るため広い道幅に整備された街道の終着点に、『ドゥーサ鉱区』と呼ばれている放棄された鉱山区画がある。
近年になってこの鉱区からの採掘量が激減し、さらに他の鉱区でミスリル鉱が発見されたということもあり、ここは帝国直轄の鉱区からは外されてしまったらしい。
今はサムソンの鍛冶ギルドがこの鉱区の管理許可を帝国より買い取った為、実質的にはサムソン鍛冶ギルドが全ての権利を有している。
もっとも、鍛冶ギルドも自分たちが採掘するのではないらしい。
冒険者や鍛冶師、採掘師などに鉱区を開放し、近くに作られた宿場などから得られる副収入を期待していると思われる。
実際にここを訪れる鍛冶師や採掘師は多く、掘り出した鉱石なども鍛冶ギルドでそこそこの値段で買い取って貰えるため、両者にとって良い関係であるといえよう。
さて。
サムソン辺境都市で、酒場の主人から鍛冶場の付いた一軒家を借りることが出来たストーム。
暫くは生活に必要な物品の購入や掃除などで、とにかく忙しい日々が続いていた。
それもある程度目処が付いたので、いよいよ鍛冶師としての作業を開始‥‥したかったのだが、先立つ材料がない。
火炉の燃料となる純度の高い石炭などは、伝手がないため鍛冶ギルドから購入するしかない。それは金貨2枚で確保した。
だが、火炉で溶かしてインゴットを作るにもまずは鉱石が大量に必要だ。てっとり速く手に入れるのなら自分で採掘するしか無いという事で、ストームは酒場の店主であるウェッジスから聞いた鉱山にあるドゥーザ鉱区へとやってきていた。
そこにある古い鉱山管理施設で、ストームは坑道入坑手続きを行っていた。
「ほいほい、これで大丈夫。確認完了だよ。あとは全て自己責任なので、危険だなと察知したらすぐに逃げてねー」
と鍛冶ギルドから派遣されてきた受付の若いドワーフが、ストームに入坑許可証を手渡す。
「了解しました。それでは」
と告げて、ストームは受け取った入坑許可証を懐にしまい込むと、足早に施設から外に出た。
まずは、此処に長期間滞在するための泊まる場所を確保しなくてはならない。
幸いにもここには鍛冶ギルド直営の宿があった。
取り敢えずは2日ほど滞在したいと受付にいた【ロリエッタ種族】の少年に告げて、部屋を一つ借りることにした。
そこでストームは採掘に特化したクラス【
「しっかし、偏ったクラスしかないよなぁ」
現在のストームがモードチェンジ可能なクラスは、【
他にも幾つかあるのだが、習得制限なのか未習得扱いなのか、まだチェンジすることが出来ない。
「筋肉伝承者?」
ふと気になるクラスがあったので確認する。
【筋肉伝承者】のクラスは、恐らくは素手格闘型のクラスである。
モンクや格闘士といった他の素手格闘型と似たような技を使うことができるのだが、中でも異質なスキルとして【肉体言語】と呼ばれる技がある。
ま、まあ、これはそのうち詳しく調べるとしよう。
そして予め鍛冶ギルドで購入してきた道具を広げると、一通りの手順を頭の中で反芻する。
スコップ、ショベル、ハンマーと杭、ランタンetc‥‥
「よし‥‥それじゃあ行きますか」
全ての準備ができた時、荷物を一式大袋に放り込んで坑道へと向かっていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
幾つかある古い坑道。
まずは手近な入り口に立つと、ストームはスキルを起動する。
「採掘系スキルにあったはずだなぁ。ええっと、【鉱脈探査】で良いのか」
――ブゥーン
採掘師が坑道の入り口もしくは内部で使うスキルで、近くに存在する鉱脈とその種類、距離を調べるスキルである。
「右坑道が銅鉱石、正面と左が鉄鉱石か。お、下層に魔法鉱石? それにごく僅かだがメテオライトもある」
その中で、下層に抜ける左坑道を選んで内部に突入。
目指すはその奥、レアメタルとして分類されている『メテオライト』が眠っている最下層。
そのまま足元を確認しつつ、ゆっくりと先に進む。
「おう、にーちゃんは此処初めてかい、気をつけて掘るんだよ」
「安全第一でな。『囁き鳥』は連れて行かないのか?」
下層へ向かう途中にある採掘現場では、ドワーフたちがせっせと鉱石掘りをしている。
「地図はあるので大丈夫です。と、『囁き鳥』ってなんですか?」
「『囁き鳥』っていうのは、そいつだよ」
と傍らに置いてある鳥籠を指差す。
「こいつは魔物の匂いに敏感でな。それとこういう鉱山なんかでは時たま発掘中にガスが噴出することもあるんだ。こいつはそういうのを察知して鳴いてくれるんだ」
へーっと納得して、とりあえず挨拶を終えると、ストームはそのまま最下層へと降りていく。
掘り出した鉱石を地上へと運び出す
その中をジーッと見渡す。
スキルの効果で、どこを掘れば何が出てくるのかが一発で判る。
「おや、これはこれは。こんな最下層まで人間がくるとは」
と二人のドワーフがこちらに気がついて、振り向きざまに挨拶をしてくる。
「あ、先客ですか。では別のとこにいきますので」
「なあに構わんよ。ここのルールは誰が何処で何を掘っても構わない。人様の掘ったものには手を付けてはいけない、喧嘩は構わないが武器は使うな。これを守っていれば、好きにして構わんぞ」
「それはありがとうございます‥‥」
とドワーフ達の掘っている場所を確認。
(其処は銅鉱石の良ポイントかぁ。先に取られたのは仕方ないが)
ならばと大物狙いで『魔法鉱石』の鉱脈に近づく。
そこには、直径5mはあろう巨大な岩盤が剥き出しになっていた。
「おいおい、兄さん、そこの岩盤は硬すぎて普通のツルハシだと折れてしまうぞ」
ならばと装備袋からとっておきのツルハシを取り出す。
――チャラララッチャラー
「
と取り出したのは、鍛冶神の加護によって作られたツルハシ。
それを両手でしっかりと握りしめると、腰を少し落とした体勢で一気に岩盤に向かって叩き込む!!
――ガギィィィィィン
一撃目は岩盤に少しのヒビを走らせた。
――ガギィィィィン
二撃目には岩盤全体に亀裂が生じた。
――ガギィッドッゴォォォォォォッ
そして三撃目には、岩盤が砕けた。
「ブフォッ!!」
「なんじゃと!!」
ドワーフたちの驚きの声に、ニィっと笑みを返す。
「どゃあ?」
ドヤ顔とはまさにこれ。
慌ててドワーフ達もこちらに近づいてくると、砕けた岩盤をじっと眺める。
「信じられん。そのツルハシ、ちょいと見せて貰えぬか?」
まあ見せる分にはと、それを手渡す。
「‥‥お前さん、これを一体何処で?」
「ふむぅ。この手触り、ほのかに感じる魔力。アダマンタイトに間違いないか?」
そのツルハシ、ゲームの世界では作製する材料の一つにアダマンタイトを用いている。
「ええ。確かに仰っしゃるとおり。さすがはドワーフですね」
「そんな簡単に返事されるとのう。神鉄の一種であるアダマンタイト、それでツルハシを作ったとは」
「一体何処の名工の作なんじゃ?」
と問われるが。
まさか自分が作ったものとは言えないので
「我が家に伝えられているものでしたので、詳しくは判らないですね」
とだけ告げる。
「そうか、いや、いいものを見せて貰った」
「では作業に戻るか。兄さんも頑張れよ」
と告げて自分たちの場所へと戻っていった。
そこからは、体力の続く限り掘りまくっていった。
とにかく一心不乱に、掘れる限り掘り続ける。
横で作業していたドワーフたちが驚愕の表情を見せていたが、そんなことはお構いなしに。
この採掘現場にたどり着いてから、恐らく8時間は経過している。
掘り出した鉱石は、大小合わせて10tトラック1台の山盛り程度。
ドワーフたちにとっては朝飯前なのかもしれないが、一人でこれだけ掘り出すと流石につらい。
「ふう、しかし随分と掘ったものよのう」
「外に運び出すとなると一苦労じゃろう」
とドワーフ達が呟いているが。
「まあ、こちらにはこういうものもありますので」
と大袋をバックパックから取り出すと、それを床に置いて口を開く。
『内部空間拡張』の加護を持っているこの大袋ならば、鉱石をいくらでも持ち帰り可能ということだ。
「ほほう。マジックアイテムか。どれ、ちょいと見せてくれんか?」
またしても興味を持つドワーフ。
「ちょっと待ってて下さいねっと‥‥」
ショベルで鉱石を次々と大袋の口に放り込んでいく。
「どれ、ちょいと手伝ってやろう。3人いればまだ早いぞ」
とショベルを手にドワーフたちもやってくる。
「助かります。流石に一人ではきついですから」
3人がかりでなんとか鉱石を全て大袋に入れる。
その後で一休みしているときに、ドワーフに大袋を見せた。
「ふむふむ。古代魔法の加護かなにかじゃな。あ、安心せい、盗んだりはせん。このバックはお主にしか使えないように何か細工が施されているようじゃからな」
と髭を撫でながら告げる。
「あ、わかりますか、ドワーフさん」
「ワシはヴェストリ、こいつはフラールという。ほれ」
と鍛冶ギルドカードを見せてくれる。
「ご、ゴールデン!!」
見せてもらった鍛冶ギルドカードは金色のプレート。Aクラスの鍛冶師だった。
フラールという名前の人は銀色なので俺と同じBクラス。
「いや、いいものを見せて貰った。ありがとうよ」
と告げると、そのまま自分たちの場所に戻っていって、しゃがみこんで作業を続けていた。
「それではありがとうございました。お礼と言っては何ですが、さっきまで俺が掘っていた場所、掘り返しても構いませんので、まだ鉱石出そうですよ」
「そうか、ではお言葉に甘えるとしよう。気をつけてな」
そのまま一礼をして地上へと向かう。
「ふぅ。なかなかキツイ。それに疲れた‥‥」
宿に戻ると、俺はそのまま何も食べずに熟睡してしまった。
初めての採掘が、これほどまでに疲れるとは思わなかった。
スキルが強くて便利であっても、ステータスが非常に高くても、疲れるものは疲れるのだ。
翌朝。
寝過ごしてしまった俺は軽く朝食を取ると、そのまま一度風呂に入った。
ここの宿は個別に風呂がついているのがいい。
今度自分の家にも作ってみたい。
「水道とか湯沸かし器って一体どうなっているんだろう」
と考えてみたが、この世界にはまだまだ俺の知らないことが山のようにあるのは感じられた。
そして一休みすると午後からはまた坑道へと向かう。
目的地は最下層だが、昨日とは別の場所を選んでそこへと向かっていく。
そしてまた日付が変わるぐらいまで掘り続けると、また宿へと戻る。
途中で宿泊日数の延長を申し込んで、俺は実質七日間ここに滞在して鉱石を掘りまくったのである。
○ ○ ○ ○ ○
ドゥーサ鉱区を出発した翌日。
俺は一週間ぶりにサムソン辺境都市へと戻ってきた。
そのまままっすぐ自宅へと戻ると、とりあえずは一休み。
「ふぅ、ようやくたどり着いた」
一息入れて庭にある井戸から水を汲み出すと、それを前かがみになって頭に被る。
――ザバァッ
冷たい水で疲れを癒やし、そのまま鍛冶場へと移動。
さっそく火炉に予め購入しておいた石炭を放り込むと、火炉に手をかざして魔力を注ぐ。
――ゴゥゥゥゥゥッ
と内部で魔法の炎が巻き起こる。
まずはその上部にある
この魔法の火炉は、坩堝に鉱石を入れるとそこで不純物をある程度燃焼し、溶製した金属を作り出す。
次々と鉱石を放り込むと、時折坩堝を確認する。
溶けた金属が一定量になると、それを取り出し型に流し込んでインゴットを作り上げる。
これをひたすら繰り返す。
途中、城外から戻ってきた冒険者たちが近くを通っていくが、そんなことはお構いなし。
夕方まで、ひたすらこの作業を続けていくと、かなりのインゴットを作り出すことが出来た。
アイアンインゴット48本
カッパーインゴット21本
ミスリルインゴット11本
「上等。これだけあればある程度のものは作れる」
アイアンインゴットが予想よりも多い。
それに、これはまだほんの一部、まだ大袋には大量の鉱石が収まっている。
それはそのうち時間のあるときに使おうと思い、インゴットを大袋に放り込もうとした時。
「あー、すまんがちょいといいかな?」
と板金鎧に身を包んだ騎士がやってきた。
「はあ、構いませんよ」
「私は都市巡回騎士のスティーブという。君はここで武器屋を営んでいるのか?」
「いえ、ただの鍛冶師です。商売ではありません」
どうやらここで鍛冶場をやっているのを、巡回中の騎士が見つけたのであろう。
こちらを品定めするような高圧的な態度で、じっと見てくる。
「ふむ、鍛冶ギルドのカードは?」
「それはこちらに。どうぞ」
とシルバープレートを取り出して提示する。
「ほほう、シルバープレートでしたか。これは申し訳ない」
と、突然態度が変わった。
威圧的な表情が笑顔に代わり、謝罪を申し入れてきた。
「営業の手続きはまだですか。でしたら早めに登録したほうが良さそうですぞ」
と告げる騎士に対して。
「えっと、どういう事ですか?」
「 商人ギルドに営業許可を受けていない鍛冶師がいるという密告があってね。それで我輩が巡回ついでに見に来たのである。この街ではCクラス以下の鍛冶師は商人ギルドにも登録が義務付けられている。しかし君はBクラスなので問題はないですぞ」
どうやら、何処かの鍛冶師が密告したらしい。
自分よりも腕のいい鍛冶師を見つけたら潰しに来るとはとんでもないとストームは思ったが、まあそんなのは相手していてもつまらないという結論に達した。
「では気をつけてな。何かあったら騎士団の詰め所にきたまえ」
と告げて鍛冶場を後にした。
「ふむふむ。なかなかつまらない事をしてくる奴がいるものだ」
と思いつつ、全てのインゴットをバックにしまい込む。
そして家の中に入ると、ウィンドゥを開いた。
「マッチュはこれに気づいているのかなぁ‥‥」
と【
身に着けているのは普段着と日本刀、懐に小銭入れのみ。
盗まれぬように貴重品は一切外には置かない。
一つ一つのコマンドをじっくりと調べ尽くしたストームならではの裏技である。
「さてと。どうせどっかで此方を調べているか見ているだろうからなぁ」
と、今度は【モードチェンジ】画面を開き、【侍】と【筋肉伝承者】、【生産者】のクラスをリンクさせる。
リンクすることの出来るクラスは全部で3つまで。
スキルの使用制限はあるものの、リンクしたクラスのスキルはある程度使えるようになる。
これも勉強家のストームならではの裏技。
「ベースを【筋肉伝承者】にして、サブを【侍】と【生産者】でいこう。状況でベースとサブを入れ替えるようにすれば、ある程度は対応可能だ」
一通りのチェックを終えると、戸締まりをしっかりとして、この家の大家の経営する酒場『鋼のレンガ亭』へと向かっていった。
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