ストームの章・その4 情報収集は大切です
昨日はしこたま飲んだ。
久しぶりに辺境都市サムソンに戻ってきたので、たまには旨いものでも食べようと『鋼の煉瓦亭』で晩御飯を食べていた。
途中からはデクスターと酒場の主であるウェッジスも加わり、飲めや歌えの大宴会モードに突入。
気がつくと酒場のテーブルでうつ伏せになって眠っていたらしい。
「おお、おはよう。朝飯でも食べるかな?」
ウェッジスがそう呟きながら、焼き立ての黒パンと煮込み料理を持ってくる。
「ウォップ。俺は昨日どれだけ飲んだんだ?」
「さて。途中からはよく覚えていないが、取り敢えず金貨1枚分は飲んだ筈。あ、もう支払いは貰っているから心配するな」
とにこやかに告げる。
「ああ、支払いは終わってるのか、誰が支払ったんだ? 」
と、ウェッジは俺を指差す
「本当に覚えておらんのか。途中から金貨一枚取り出して、これで好きなだけ食べて飲ませてくれって」
やれやれと言った表情で呟くウェッジス。
「あっれ? そうだったか? まあいいや」
と朝飯をゆっくりと取ると、俺はそのまま自宅へと戻る。
そしてそのままベットに潜り込んでもう一眠り。
ようやく酒が抜けて起きられたのは昼頃であった。
冷たい井戸水で顔を洗うと、『装備袋』から鍛冶道具一式と鉄とミスリルのインゴットを数本取り出す。
そしてゲームの中で使用していた【ムルキベルの篭手】と【ムルキベルの槌】を装備すると、さっそく刀鍛冶を開始する。
まずは、一番判りやすい日本刀から作ることにした。
作業工程は全てスキルとして知識化しているので問題なし。
材料を作るための『水へし』『
こうなると、次の手順はいよいよ『
――ガギィィィン、ガギィィィィン
鍛冶場に槌の打ち鳴る音が響き渡る。
インゴットを火炉に入れて熱することで柔らかくし、それを平たく打ち延ばして2つに折り重ねる。
それを大体十数回程度行うことで、『
次は『
――ガギィィィィンガギィィィィン
日本刀の特徴でもある『曲がらず、折れず、鋭い斬れ味』を生み出すためには必要な素材である。
炭素量の少ない柔らかい心鉄を、炭素量が高くて硬い皮鉄で包む。
こうして出来た金属を棒状に打ち延ばすことを【
――ガキィィィィンガキィィィィン
こうして整った刀に、最後に刃紋を付けるために【土置き】という技巧を凝らし最後に焼入れして完成である。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
長い水槽から水蒸気が吹き出し、刃がしなる。
これで日本刀の形は完成する。
ちなみにここまで15時間。
鍛錬に掛かる時間は【ムルギベルの篭手と槌】によって短縮される。
この篭手の凄いところは、装備者に対して【耐熱・耐火属性】を付与するのである。つまりどんだけ火炉の火力があっても熱くない。
と思ったが、内部で燃え盛る炎は魔法の炎なのでやっぱり熱い。
が、素延べした金属などが発する輻射熱は感じるものの、火傷するほどには熱くはない。
凡そ1500℃は超えているのにである。
手順としてはここまでなのだが、この【ムルギベルの槌】の凄いところは、打ち出した武具を【
これは一定の能力までは自由に付与できるのだが、突然ランダムに『なにかとんでもない能力』が付与されることもあるらしい。
今回作り上げた刀は初打ちの為、【
【斬属性強化】は切断系威力の上昇、【峰打ち】はどれだけ切っても、命ある者は切れないという優れものである。もっとも、『斬属性』ではなく『打撃属性』に変化するので、痛いといえば痛い。
「あとは刃を研いで柄をこしらえれば完成と‥‥とりあえず置いておくとして」
と仕上げを残すのみとなった日本刀を『装備袋』に収めておいて、残った時間は再びインゴットの精製にあてた。
○ ○ ○ ○ ○
翌日。
本日は前日とはうって変わって、西洋式の鍛冶を行うことにした。
基本的な方法は日本刀と同じ。
作るのは西洋武器の基本『ロングソード』である。
前日と違う点は『心鉄』を用いないことと、『鍛造』のときの折り返しが無いこと。
折り返しについては全くない訳ではないが、それほど数多くは折り返さない。
異種の金属を積層鍛造する、『ダマスカス鋼』という木目のような紋様の入った金属を作る技法も現代にはあるが、それをやらない限りは折り返しは不要である。
――ガキィンガキィンガキィン
あとは日本刀とほぼ同じ。
時間にして9時間で完成した。
「一度やってみるとコツが見えてくるか。やっぱ鍛冶師楽しいわ」
とにこやかに呟くストーム。
「よお、調子はどうじゃ?上手くやっているか?」
とウェッジスがやってくる。
「ええ、おかげさまで」
今打ち終えたばかりのロングソードを手に、俺は挨拶を返す。
「ほう、なかなかの出来栄えじゃな。デクスターからお前さんはBクラスの鍛冶師と聞いてのう。すまんがこいつらの研ぎを頼めるか?」
と肩から下げていた袋から2本のナイフを取り出した。
一本は肉切りのブッチャーナイフ、もう一本は料理に使う、俗に言う牛刀というタイプなのだろう。
「あ、構いませんよ」
と『装備袋』から砥石を取り出すと、井戸の近くに作っておいた研ぎ場へと移動する。
そこに置いてある桶に水を張ると、3本の砥石を漬け込んだ。
「砥石か? それも3本も?」
と驚くウェッジス。
「あ、俺の故郷ではこれが当たり前ですよ。ちょっと待っていてくださいね」
と告げてから、いつものように仕事終わりのインゴット精製を開始する。
そののち、研ぎ場へと戻っていくと、桶から砥石を取り出し、まずはブッチャーナイフを研ぎ始める。
――シャァァァッ、シャァァァァッ
一定リズムで、砥石の上に刃を滑らせるストーム。
ある程度研ぎ終えたら、砥石を変えて次の砥石へ。
そして最後に取り出した仕上げ用の砥石で最後の仕上げを終えると、水気を切って横の台に置く。
一本の研ぎ時間はだいたい1時間ほど。
二本あわせて2時間程度は掛かる。
その作業を、ウェッジスはじっと見ていた。
元々はドワーフの鍛冶職人であったウェッジス。
彼の目から見えているストームの作業工程は、全くと行っていいほど無駄がない。
(これでシルバークラスというのなら、この街にいるシルバークラスは廃業ものだぞ。どう見てもAかそれ以上だ‥‥)
そう考えるウエッジス。
(それにあのような砥石は知らない。一本目はこの町でもよく使われている一般的な砥石のようだが、二本目のあの目の細かさは一体なんだ? 最後のに至っては、アレは石なのか?)
と疑問が巻き上がる。
「さてと。ウェッジスさん完成しましたよ‥‥どうしました?」
真剣な表情で作業を見ていたウエッジスに、ストームは問いかける。
「いゃ、ちょっと教えて欲しいのじゃが、その、砥石なのじゃが」
「あ、最初のは
そう告げつつウェッジスに砥石を見せる。
それを受け取って繁々と見てみるが、やはり彼の知っている素材ではない。
「そしてこれが
ゲーム世界で入手した伝説の砥石であるが、まあここもファンタジーの世界なので良しとしておこう。
「いいにくいのか?」
「まあ、信じてもらえるかわかりませんが、それは『竜皮』なんですよ」
「なっ!!」
絶句するウェッジス。
「『竜皮』じゃと?」
「ええ。それは黒竜‥‥ダークドラゴンの皮膚のもっとも厚い部分の皮です。魔法処理してあるもので、それで最後の仕上げをすると『斬属性保護』の加護がつきまして。永続ではありませんが、結構斬れ味は持続しますし、刃こぼれもしにくくなりますよ」
と告げる。
すでに唖然としているウェッジスに、実際に見てもらおうとインゴットを手に取る。
「ほら、これぐらい切れます」
と告げつつ、インゴットの角に刃を立てて、横にスッと引く。
――キン‥‥
と音を立てて、角が落ちた。
「あー。なんでお主のような鍛冶師がシルバーなんじゃろうなぁー」
目をつぶり腕を組んでそう呟くウェッジス。
「ま、まあいいじゃないですか。それよりもどうぞ」
と先日買っておいた皮布で包丁を巻くと、それをウェッジスに手渡した。
「あ、済まなかったのう。代金はいかほどで?」
「ここを借りるときの約束ですからいらないよ。ウェッジスさんの包丁は全てタダで構いません。それで聞きたいことがあるのだけれど」
と話を振るストーム。
「ふむ。なにか仕事絡みなのか?」
と問いかけられて、ストームは静かに頷く。
「まあ、店で話でもするか」
ということで、一路二人は『鋼の煉瓦亭』へと向かっていった。
――ジーーーーッ
と、この二人のやり取りをずっと物陰から見ていた少女が一人。
「あ、あの鍛冶師は私の店の脅威になるわ。なんとしても排除しないといけませんわ」
とハンカチを握りしめつつその場から駆け足で何処かへと消えていった。
実に、嵐の予感である。
○ ○ ○ ○ ○
『鋼の煉瓦亭』へと向かう時。
ストームはウェッジスにちょっと寄り道をしたいと告げて鍛冶ギルトに向かった
そこで保留していた所属について話をしてきた。
帝国工房所属ではなく、フリーでやると。
幸いなことにウェッジスの鍛冶場を借りることが出来たのと、鍛冶ギルドにも登録しているウェッジス本人も一緒にいたおかげで、話はスムーズに終わったのである。
ついでに商人ギルドの登録も行ったほうがいいと言われたので、そのまま商人ギルドにも立ち寄り、登録を済ませたのである。
こちらもシルバーカード、Bクラスの商人として認められた。
商人ギルドのランクは他とはちょっと違い、ランクによってできる商売の方法が違うらしい。
Bクラスは各都市に最大5店舗まで支店を持つことが許されるという。
1店舗につき年間で金貨15枚の税金を納めなくてはならないらしいが、支店を作らない個人店舗だけならば年間の税金は金貨5枚で済むという。
鍛冶師が自宅で鍛冶場を持って営業する場合は個人店舗として扱われると聞いて、とりあえずは先に税金の金貨5枚を納めることにした。
「はい、これで問題ありません。こちらが今年度分の納税の証明割符です」
と木製の割符を手渡される。
「ありがとうございます」
「それで、鍛冶工房の名前はなんという名前にしますか?」
と問いかけられて。
しばし考える。
俺は無心に考えていたらしいが、周囲の人々からは訳の分からないポーズを取っていたように見えたのだろう。
フロントダブルバイセップスからのフロントラットスプレッドへと繋ぐ。
ここからさらにサイドチェストに繋いでいったときに、閃いた。
「店舗‥‥名前‥‥渋い‥‥そうですね。では『サイドチェスト鍛冶工房』としましょう」
そこで初めて、自分が無意識のうちにポージングをしていることに気がついた。
もっとも普段着なので、筋肉の【筋量】や【自慢の切れのよさ】は見せることができなかったのが悔やまれる。
「り、了解しました‥‥では登録しましたので、こちらが営業許可証です」
と動揺している受付から、俺は2つめの割符も受け取る。
そのまま登録を終えたので、一路ようやく『鋼の煉瓦亭』へとたどり着いた。
すでに夜。
酒場には近所の酔っぱらいや冒険者でごった返していた。
「店長!! オーダーがたまり始めています」
厨房担当の店員が、ウェッジスを見た瞬間に叫んでいる。
「おう、気合い入れて頑張れ。ストーム済まないがちょっと待っててくれ」
「じゃあエールを頼む。飲みながら待ってるさ」
と言うことで、俺もしばしエールを飲みつつのんびりと一休み。
装備袋から仕上げ前のロングソードを取り出すと、まずはゆっくりと調べ始める。
(こいつに付けた加護は【頑丈】だけだから、壊れにくくて耐久性のあるロングソードには仕上がっている筈だよなぁ)
とブツブツと呟いている。
「おや、鍛冶師さんかい。随分といいロングソードだねぇ」
と近くに座っていた冒険者パーティーのリーダーらしき女性がそう話しかけてくる。
ブラウン系の長い髪を後ろで縛り、頭にはテンガロンハットのような帽子を被っている。
そして窮屈そうなレザージャケットからは、はちきれそうな巨乳が何かを訴えかけている。。
その姿は、じつにけしからん。
「ああ。ついさっき商人ギルドに登録したばかりですけれどな。よろしかったらご贔屓のほどお願いしますということで」
と木製のジョッキを軽く上げて挨拶してから、鍛冶ギルドのカードを取り出して見せた。
「ふぅん、シルバークラスの鍛冶師ねぇ。この街じゃあシルバークラスはそれほど珍しくないから、まあ競争率は激しいけれど頑張りなさいね」
と返してくれた。
「了解、いい情報ありがとさんよ。俺は『サイドチェスト鍛冶工房』のストームだ」
「あたしはクリスティナっていうんだ、クリスで構わないよ。うちのチーム名は『
とクイッと顎でテーブルを示すクリス。
「わざわざありがとうございます。ではもし何かありましたら」
「そうだねぇ。それじゃあ頑張ってね、ウェイトレスさーん、うちの払いでここにエールと焼いた腸詰めもってきてね」
とウィンクしてテーブルに戻っていくクリス。
「おや。これはラッキー」
そのままテーブルの横にロングソードを置いて、かるく晩酌を開始するストーム。
しばらくしてウェッジスがテーブルにやってきたので、早速話を始める。
「で、大切な話とは?」
「武器と防具の相場を教えてほしいのですが。この先は必要な事ですから」
単刀直入に、武器と防具の相場を問いかける。
「ああ、えーっとなぁ‥‥」
と髭を撫でつつ、色々と思い出しながら話を始めるウエッジス。
ロングソードだと、質によって差が出るがだいたい金貨10枚から15枚
ショートソードで同じく金貨5枚から1枚。
レザーアーマーは取り扱わないが、金貨1枚から様々らしく、プレートアーマーにいたっては金貨50枚以上するものもあるらしい。
「随分とばらつきがあるのですねぇ」
「まあ、いまのは大体の基準だ。帝国鍛冶工匠で取り扱っている品々だと今の値段で落ち着いているが、街の個人でやっている鍛冶工房だとそれよりも安いことの方が多い」
「街の工房の方が?」
「ああ、そのかわり質は何処もかしこもにたりよったり。等級で説明すればC、よくてBってとこだろう」
大体の武具は帝国鍛冶工匠でその品質によってランク分けされているらしい。
最高等級はS,以下A,B,Cと下がっていく。
見習い鍛冶師の作る質素な武器がE,ちょっと慣れてきた鍛冶師でD。この街に流通している武具が量産品と呼ばれているC等級であると説明された。
「帝国鍛冶工匠の武具は平均がB。但し高い。その辺りで値段を付けてみるといいだろう」
と告げつつ、ある程度の目安の価格を書いた羊皮紙を俺に手渡してくれた。
「そこでだ、このロングソード、品質は如何に?」
ウェッジスに問いかける。
「鑑定してないからなんとも言えないが、お前のところの技術で仕上げをしてA。これは試打ちなのだろう? それでも俺はAを付けるね」
商人スキルは持ち合わせていないので、凡そそれぐらいなのだろうと納得する。
「ふぅん‥‥」
「金貨で大体‥‥50から60。まあそんなものだろう?」
ちょっとちょっと。
「さっきロングソードだと、金貨10から15枚って」
「それは数打ち量産品の話だ。AとBでは値段の差が5倍ぐらい付くことはよくある。これはAの中でも良品、それも騎士団長クラスの者に使われてもおかしくない仕上がりと思うが?」
と笑いつつ呟くウェッジス。
はいはい、流石は元鍛冶師ですこと。
「そうなのかぁ。ウェッジスの言うことだから間違いはないか」
「そうそう。さて、それじゃあ呑むか!!」
ということで、今宵もまた飲み会に突入した。
俺は酒豪のドワーフって怖いと、身を以て実感した。
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