願いごと
七
遠野さんは興味本位で場をかき乱すような真似はしない。小学校の頃から好奇心旺盛ではあったけれど、極力自分の頭で考えるし、質問することはあっても、答えの導出を強要したりしない。
遠野さんの言動には必ず意味がある。何か過ちを犯した場合には、同じ過ちを繰り返さないように原因を追究する。不自然なものから何者かの思惑が感じられたなら、その無念を晴らすために意図を突き止める。
今回の件にしても、遠野さんが俺に撮影した写真が無くなった理由、いわゆる経緯を
「写真が無くなったのはわかる。
だが、と遠野さんは声を大にする。
「
遠野さんは熱が入り過ぎたことを自覚したのか、声の調子を落とし、
「
と締めくくった。
結局のところ、遠野さんは学校同好会の隠れ
「情報を整理しましょうか」
俺が着座を促すと、遠野さんは長机前のパイプ椅子に腰を下ろした。俺は向かい合うようにパソコンデスクの椅子に座る。座り心地はこちらのほうが良い。
「佐倉さんはデジタルカメラのデータがパソコンにうまくコピーできなかったと言いました」
「そんなこと、あり得るのかい?」
「あり得ます。ですが、パソコン側にうまく取り込めなかったとしても、コピーならデジカメ側にデータが残るはずです。しかも、一枚ならまだしも、全て無くなってしまったというのは不自然ですね」
佐倉さんは写真を三枚撮っていた。出来栄えが悪かったものをパソコンへの取り込み前に削除していたとしたら、むしろより慎重に取り込み作業を行うと考えられる。
「それに、今朝の話では、校内新聞の第一号に社会奉仕部が掲載されると暗に
「確かにね。昼休みに貼ったってことは、今朝の時点では既に完成していたということだ。俺たちと同じように、あとは顧問と広報委員会の承認印をもらうだけだったと見ていいだろう」
だが、と遠野さんは前のめりになって、膝に肘をつく。
「紙面いっぱいに部活が紹介されていたぜ? 社会奉仕部は第二号に掲載予定だったんじゃないか?」
「第二号の掲載分で社会奉仕部の穴を埋めたのではないでしょうか。紙面は均等に四分割されていましたし、パソコンに精通した新聞部であればものの数分で行えます」
「なるほどね。だが、やっぱり第二号の掲載と勘違いしていたという線は
同じクラスの須田君。新聞部に所属している。部室は、俺たちと同じく
言うが早いか、遠野さんは部室から出て行った。数分後、戻ってきた遠野さんはパイプ椅子に座り、
「第一号の予定だったらしいぜ」
と言った。
「だが、社会奉仕部が載っていない理由は知らないみたいだ。須田君も首を傾げていたよ。先週、先輩が作ったデータには載っていたはずなのに、って。周りの先輩方に
佐倉さんと同じ説明だ。ならば、写真部の先輩方は佐倉さんと結託して、事実を
「掲載予定の記事が別の部活で差し替えられちまうってのは、一体どういう了見だと思う?」
「いくつか考えられるものがあります」
俺は遠野さんへ見せるように、右手の指を一本ずつ立ててゆく。
「その一、部活動紹介の優先度に変化があった。社会奉仕部よりも優先すべき部活動があった場合ですね。
その二、致命的な誤字、脱字が発覚した。あるいは、文言そのものに問題が発見された。例えば、危険思想を
その三、諸事情により写真データが使えなくなった。紙面に載せるには不適切だと判断された場合ですね」
遠野さんはうんうんと
「この中から、事実に沿った要因を選びます。佐倉さんの発言に不自然な点が目立つ以上、写真データに問題があったと考えるべきでしょう」
「紙面に載せられないものが写った、とか?」
「百物語ですか」
全ての物語を語り終えた時、本物の怪談が現れる。しかし、写真撮影の日、俺たちは百物語を話題にしたけれど、物語を
「オカルト以外にもあるだろう? 例えば、水着姿の生徒が写っちまったとか」
遠野さんが背後の窓に目を向ける。活動初日、遠野さんが複雑な感情を絡ませた視線でプールサイドを見下ろしていた様子が思い返される。
俺はゆっくりと首を横に振り、
「ここは三階です。佐倉さんの身長もそれほど高くありませんし、角度的に写りませんよ」
と答えた。
「確かにな。写っちまったとして、隠すほどのことじゃないな」
遠野さんがむうと
「それなら、目を
「気遣いですか。佐倉さんならともかく、新聞部の方がわざわざ黙秘するでしょうか」
「そうか。写真にNGを食らったのは佐倉さんじゃなくて新聞部か」
新聞部が顧問らから承認印をもらう際、写真データに不備が発見されたという推測は、佐倉さんの言動をもとに立てられたものだ。ならば当然、社会奉仕部の写真の撮り直しは、新聞部から佐倉さんへと依頼されているはずだ。
「新聞部ともあろう方々が、身だしなみが整っていないことを秘密にするでしょうか」
「あり得ないな。公明正大を
「余程不利益になる写真ということでしょう。しかも、撮り直しに
「誰にも言えない理由、ね。クレームがつくか、信条に反するか、はたまた犯罪に関わっているか」
俺はこくりと
「あるいは誰かに使用を
と付け加えた。
遠野さんは首を傾げる。
「誰か?」
「ええ。誰も気にしない写真なのに、ある特定の人物にだけ好ましくない内容であれば、差し止められる可能性はあるでしょう」
遠野さんは腕組みしながら天を仰いだ。首筋まで日によく焼けている。
「差し止めったって、掲載前の写真を見られるのは新聞部と写真部、あとは顧問と広報委員会くらいだろう? よくわからんな。
「まだわかりません。ですが、情報は出揃っていると思います」
あとは整頓するだけだ。まず、佐倉さんは俺たちに言えない理由があって、写真の撮り直しを頼んだ。これは彼女の言動の不自然さから明らかだ。
次に、新聞部の人間も理由を
最後に、先ほど撮り直しを受けた写真と前回の写真の違いは何だろうか。状況的には、朝霧先輩が同伴していない。写真的には基先生が写っていない。
「一つずつ可能性を
「いや、あり得ないだろう。今日はみんな出席していた。あの中に犯罪者はいない。それにだ。アリバイを確認するだけなら掲載に問題はないだろう」
「そうですね。では、あの写真が周囲の反感を買うか、という問題ですが」
「ないな。社会奉仕部の復活を
「そうですね。では、あの写真が新聞部の信条に反するかどうか」
「掲載しないことのほうが、公明正大に反するだろう」
「では、残る可能性は誰かから差し止められているということですね」
「となるともう、考えられるのは一人だけだな」
時計の針が五時半を指す。窓の外が徐々に薄暗くなってきた。もうそろそろ室内灯を
遠野さんが席を立つ。入り口へと向かうその背中へと、俺は着座のまま声をかける。
「教えてくれないと思いますよ」
遠野さんが振り返る。その顔からは発言の理由を求める意思が感じられた。
「差し止めるくらいですから」
「越渡君にはもう、わかっているんだろう?」
俺は
「俺はあの写真を楽しみにしていたんだ。佐倉さんも言っていただろう? みんないい顔してるって。ここから社会奉仕部が始まるって時に、
気持ちはわかる。俺も遠野さんに出鼻を挫かれた人間だ。後悔はしていないけれど、心にもやもやが残っている感覚はある。
「だから、ですよ」
遠野さんが目を
「いい顔をしているからこそ、見せることができないんです」
遠野さんが俺に身体を向ける。彼に頼まれなくても、俺のやることは決まっている。俺だって、出鼻を挫かれるのは嫌なんだ。
「許可を頂くなら、相応の状況を整えましょう」
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