違和感のかたまり

 六


 七時間目の終鈴しゅうれいが鳴る。かばんに教材を仕舞い、肩に掛けたところで、俺は遠野さんに手招きされた。

「ちょっと来てくれ」

 昇降口までついて行くと、遠野さんは掲示板へと指を差した。右上に縦書きで『三ツ谷新聞』と銘打めいうたれ、大きく『二〇〇八年度 部活動紹介』という見出しがつけられている。これが新聞部制作の校内新聞か。上部に『三ツ谷高校 三ツ谷新聞 第一号』と古めかしい字体で書かれている。A3サイズの用紙が均等に四分割され、四つの部活動が写真付きで紹介されている。今回は茶道部、天文部、手芸部、科学部をピックアップしている。仮入部が少ない部活動を先行しているのだろう。

「仕事が早いですね。昼休み中に貼ったのでしょうか」

「恐らくな。だが、おかしくないかい?」

 何が、とは思わなかった。今朝、佐倉さんと話した内容が思い返される。

「社会奉仕部がっていませんね」

「ああ。明言こそしていなかったが、佐倉さんは校内新聞の第一号に社会奉仕部が掲載されると思わせる口ぶりをしていた」

「第二号と勘違いしていただけではないでしょうか。佐倉さんは写真を提供しただけで、新聞部ではありませんから」

「そうならいいんだが」

 遠野さんは納得いかない様子で、しかし食い下がる気配もなく、部室がある光葉寮みつばりょうへと向かった。


 社会奉仕部の部室にノックが飛び込んだ。部室に入って数分と経たないうちのことだ。遠野さんが過去の活動日誌を棚の中に収納し、来訪者に応じる。

「佐倉さんか」

 その名を聞き、俺の意識もパソコンのモニターから入り口へと向けられた。胸騒ぎがする。校内新聞にらない社会奉仕部。佐倉さんの話との食い違い。無関係で済むわけがない。

「ごめん! 写真無くなっちゃったから、もう一回撮らせて!」

 両手を合わせ、佐倉さんが懇願こんがんする。遠野さんは目を丸くし、俺の方を向いた。どういうことかといているのだろう。くべき相手を間違えている。

「言葉どおりの意味ではないでしょうか」

 俺が水を向けると、佐倉さんは足元に視線を彷徨さまよわせた。ばつが悪そうに首筋をいている。

「パソコンにデータをコピーしたと思ったんだけど、うまくできてなかったみたいでさ」

朝霧あさぎり先輩が撮った写真も紛失したのでしょうか」

「そっちは……残ってる。だけど、あれはお手本を見せてくれただけで、写真は一年生が撮ったものを使うのが習わしなんだよ。本当にごめん!」

「先輩はご一緒ではないのですね」

「先輩は忙しくて。今日は他の子と一緒に写真を撮りに行ってるの。先輩いないと不安だよね。本当にごめん!」

 佐倉さんが謝罪を繰り返す。その表情には後ろ暗い感情がにじんでいる。

 遠野さんは肩をすくめ、ゆるゆると首を横に振った。

「無くしちまったもんはしょうがない。紹介してもらう立場だし、文句はないさ。撮るならはじめ先生を呼んでこなきゃな」

「そのことなんだけど、さっき呼んでみたら、忙しくて時間がとれないって。だから、二人だけで撮っていい?」

「先生も社会奉仕部の一員だ。け者にしちゃ可哀想だろう?」

 傷付くような人でもないと思うけれど。これは新入部員の紹介がメインだし。

 奇遇にも佐倉さんも同意見だったようだ。俺と同じ考えを口にし、

「もし先生が不服そうにしていたら、あとで合成しておくよ」

 と締めくくった。

 合成のほうが可哀想じゃない?

 遠野さんが渋面じゅうめんを浮かべつつも了承すると、佐倉さんは先日と同じデジカメで俺たちを撮影し、

「ありがとう! 今度こそ無くならないようにするね!」

 と言って、部室を去っていった。

 二人きりになると、遠野さんは俺の方に顔を向けた。小首を傾げ、腕組みする。

越渡こえど君、どういうことだろう?」

 

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