社会奉仕部の復活

 四


 はじめ先生の陰から姿を現した女子二人のうち、一人は俺と同じ一年生で、もう一人は三年生だった。何故わかるかと言うと、セーラー服のスカーフは学年ごとに色が異なるからだ。一年が紺、二年が赤、三年が緑となっている。ちなみに、男子は襟元えりもとにローマ数字の徽章きしょうが着けられている。

「うぃっす。ども、写真部の朝霧氷緒里あさぎりひおりです。で、こっちが」

「写真部の佐倉灯涼さくらともりです。A組」

「うちは三年D組っす」

 朝霧先輩は敬礼しつつ、白い歯を見せた。背丈は俺と同じくらいだろうか。女子の中では高い部類に入るだろう。少し屈み気味となり、おさげの髪が揺れる。

「今回は新聞部の依頼を受けて、各部の集合写真を撮りに来ました」

 佐倉さんは先輩に負けず劣らず愛想の良い笑みを浮かべた。目が大きく、声がよく通る。首から下げたデジタルカメラを顔の横まで持ってくると、顔の小ささがよくわかった。

「新聞部ですか。そういや、毎年各部の新顔を校内新聞に載せて、掲示板に張り出すとか言ってたな」

 須田さん情報だろうか。俺は聞いてない。少し悲しい。

 佐倉さんがこくりとうなずき、セミロングの髪を揺らす。

「そうそう! 写真部恒例の初ミッションってわけ!」

「各部となると、忙しくなりそうですね。写真部は何人入部したのでしょうか」

 俺の問いに、佐倉さんは、

「二人! 仮入部は三人いたかな」

 と即答した。反射神経がとても良い。

「本当は五月から順番にやっていくんだけど、新聞部の都合もあるから、できるところから先行してやってるんだ」

 四月末までは仮入部期間だ。気になる部活動を体験し、五月に入ってから本命に入るというのが定石じょうせきとなる。俺たちや佐倉さんのように、仮入部を飛ばして本入部する人もいるけれど、文化部に関して言えば、多くの人が五月で本入部を決める。だから、新入部員の紹介記事のためには、五月から写真を撮影するのが適切なのだろう。

 とは言え、三ツ谷高校の部活動は種類が非常に多い。運動部もさることながら、文化部も負けていない。五月からでは計画が遅れてしまうことを懸念しているのかもしれない。

「そうは言っても、俺たち以外にも入部希望者がいたら、撮り直しになっちまうぜ?」

「まあそうなんだけどね」

 佐倉さんがちらりと基先生に目配せする。先生は機械のように平坦な口調で、

「うちはもう誰も入らないだろう」

 と言った。

 他に入部希望者がいなかった場合に備えて、予防線を張っているのだろうか。口が裂けてもそんな疑問は口に出せなかったけれど、心なしか基先生ににらまれているような気がした。


「それじゃあ、お願いするよ」

 遠野さんの言葉に呼応し、朝霧先輩が基先生の背中を押し始める。

花緑かろく先生、並んで並んでー」

「よしなさい」

「押すな押すなも好きのうち~。あ、今笑った?」

「見間違いだ」

「そうかな〜?」

 愉快な先輩だなあ。隣室の賑やかさが一瞬でき消された。

 遠野さんを中心にして、左隣に俺が、右隣に基先生が立つ。背後は壁。照明をつけると、夕陽も気にならなくなる。

「記念すべき社会奉仕部の復活だ。最高の一枚を頼む」

「任せといて!」

 俺たちの正面で佐倉さんがデジタルカメラを構える。隣で朝霧先輩が何事かアドバイスしている。真剣な表情だ。カメラの位置を微調整していた佐倉さんの動きがぴたっと止まる。

「Three, two, one, Smile!」

 英語?

 カシャリ、と音が鳴る。フラッシュの眩しさには耐えられたけれど、硬い表情になってしまったかもしれない。一方、隣で遠野さんは吹き出していた。笑いを誘う高等テクニックだったのかもしれない。

「みんないい顔してるよ!」

 続けて二枚、佐倉さんに撮られ、朝霧先輩と交代して更に三枚撮影された。先輩はオーソドックスに『はい、チーズ!』だった。

「ありがとうございました!」

 佐倉さんと朝霧先輩は丁寧にお辞儀し、部室を去っていった。それにならおうとする基先生を遠野さんが呼び止める。

「先生、社会奉仕部の活動内容を確認しました。まずは、何から」

「力み過ぎだ」

 基先生は遠野さんに流し目を向け、

「初日から張り切るようなやつは潰れていく。水泳部だったなら、わかるだろう」

 と言い残して去っていった。

 部室に沈黙が流れる。遠野さんはこの程度の叱咤しったに落ち込むような性格ではないから、気まずくはなかったけれど、どうしたものかと考える。

「感じ悪い言い方ですね」

「ツンデレなのさ」

 ツンデレ。ツンツンとしたいわゆるとげのある態度をとっていた人が、徐々にデレデレとした好意を見せる性質のことを言う。または、照れ隠しとしてツンツンとした態度をとるけれど、実際はデレデレとしているという意味もあるようだ。少し前にインターネットで流行っていた気がする。

「遠野さんはポジティブですね」

「そうかい? 俺が水泳部だったことを知っていたんだ。少しは興味をもってくれているんだろう」

 そういわれると、先ほどの台詞も、部員が潰れないよう気にかけてくれたととらえられる。

「意外と面倒見がいいんですね」

「まあ、年齢的には親世代だからな。心配にもなるんだろう」

 我が子を気にかける親と、過干渉をけむたがる子供。なるほど、言い得て妙だ。先生としては、教え子に道を踏み外してもらいたくないのだろう。

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