同好会の活動

 三


「ところで、『学校同好会』では何をするのでしょうか」

 学校同好会。それは遠野さんが廃部寸前の社会奉仕部を隠れみのにして設立した、学校非公認の同好会だ。遠野さんは、放課後の教室でたまに居残る時のような、偶然的でありながら必然的な楽しさを追い求めている。

 棚の中にファイルを戻し、遠野さんが愉快そうに口の端を上げる。

「さてね。目的としちゃ、こうして部室に集まってしゃべっているだけで十分なんだ。だから、社会奉仕部の活動に取り組んでいれば、おのずと達成されるはずさ」

 社会奉仕部の活動に学校同好会の活動が内包されている、ということか。隠れ蓑とはよく言ったもので、部活動であれば何でも良かったのだろう。だからこそ、遠野さんは社会奉仕部の存続を願う想いに応じたのかもしれない。

「とは言え、二人きりだと越渡こえど君が来なかった時、俺が寂しくなっちまう」

 遠野さんが入り口側の壁を見つめる。隣の部屋からにぎやかな声が聞こえてくる。新人歓迎の祝いだろうか。二人きりの部屋にはいささか騒々しい。

「逆もしかりですね」

「いんや、俺は毎日ここに来るよ。部長だし、会長でもあるからね」

「俺もなるべく来ますよ」

「なら問題解決だな」

 うんうんと遠野さんがうなずく。そんな単純な問題ではないと思うけれど。お喋りすると言っても、毎日四時半から二時間あまり一緒にいれば、すぐに話題は尽きるだろう。その点を指摘すると、遠野さんは人差し指をぴんと立てた。

「三ツ谷高校七不思議」

やぶから棒に何でしょうか」

 首を捻る俺に対し、遠野さんは得意満面となる。

「学校の怪談さ。こういった噂話うわさばなしたぐいでも、話の種にはなるだろう?」

「一日一個で一週間分ですね」

 遠野さんは俺の指摘に気分を害した様子を見せず、むしろ、より一層うきうきとした様子で、

「三ツ谷高校百物語」

 と言った。一日一個で百日分。

「オカルト研ですね」

「信じなきゃただの与太話よたばなしさ。新聞部が喜びそうなネタではあるがね」

 遠野さんが肩をすくめる。オカルト研究部の部員がいれば、憤怒しかねない台詞だ。

 遠野さんは長机の近くにあるパイプ椅子へと腰を下ろし、俺と向き合った。パソコンデスクの椅子は高く調節されており、俺がわずかに見下ろす形になる。

「与太話その一。はじめ先生は笑わない」

「それは百物語でしょうか」

「七不思議のほうさ。怪談と呼ぶのは失礼過ぎる」

「不思議と呼ぶのもどうかと」

 そもそも七不思議というものは学校独自のものであって、人に依存するものではない。『三ツ谷高校与太話三選』と題したほうが納得できそうなものだ。

「基先生はこの学校に来て長いらしいからな。聞いた話じゃ、ここの出身らしいぜ?」

「そうなんですか。耳聡みみざといですね」

「なに、知り合いが多いのさ」

「顔が広くてうらやましいです」

「須田君から教えてもらった」

 意外と狭かった。同じクラスの新聞部員だ。俺もよく話すけれど、教えてくれなかったなあ。

「この調子だと、一日に百不思議くらいいけますね」

「おいおい越渡君。そこに謎があるのなら、解明せずにはいられんだろう?」

「いられますが」

 きっと遠野さんは解明せずにはいられないのだろう。小首を傾げ、

「基先生がかたくなに笑顔を見せない理由は、一体何だろう?」

 と言った。

 話を振られないように、俺は先手を打つ。

「感情が乏しいだけではないでしょうか。俺も家だとあまり笑いませんよ」

「越渡君……話なら聞くぜ?」

 同情されてしまった。そんな目で見ないでほしい。誰だってそんなものだと思う。遠野さんは自宅でも学校と変わらないような気がするけれど。

「だが、基先生はこの学校に長くいるんだ。一人や二人、見たことがあるはずだろう? なのに、こうして七不思議に数えられちまうってことは、先生が意図的に無表情を決め込んでいるってことだ」

「恥ずかしがり屋なだけではないでしょうか」

「自分が笑ってるところを見られると恥ずかしいって? ははは、先生にそんな可愛い一面があったら、それこそオカルトだな!」

 めちゃくちゃ失礼じゃん。

「盛り上がっているところすまないな」

 重く背中にのしかかるような、低い声が響く。遠野さんが振り返った先には、基先生本人がいかめしい顔をして立っていた。遠野さんが目を丸くする一方で、俺に驚きはなかった。俺の位置からだと部屋の入り口がよく見える。先生が部屋に入ってくるところもちゃんと見ていたのだ。丁度、俺が話している最中だったか。不幸にも、俺たちの会話に隣室の騒々しさも相まって、先生の足音はき消されていた。『ああマズいな』と思ったけれど、手遅れだとして俺は腹をくくった。

 遠野さんは、しかしすぐさま笑みを浮かべ、立ち上がり様に会釈えしゃくする。俺もそれにならい、立ち上がる。

「お疲れさまです。改めて、よろしくお願いします」

「よろしく」

 基先生は何か物言いたげだったけれど、背後から二人の女子生徒がひょっこりと顔を出すと、深く息を吐き出し、二人を紹介するように身体を横にずらした。

「お客人だ」

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