顔合わせ

 一


 俺が入部届を提出すると、社会奉仕部の顧問教師である基花緑はじめかろく先生は眉をしかめた。白髪の混じっていない黒々としたオールバックが、いかめしい面立ちを際立たせている。

 昼休みの職員室では、休憩時間を返上して書類仕事に勤しむ教師が散見される。とは言え、半数以上は弁当を食べたり、コーヒーを飲んだりして、ゆったりとしている。基先生もその一人だ。デスク上に置かれたカップからコーヒーの湯気が立ち上り、かぐわしいアロマで心を落ち着かせてくれる。深煎ふかいりだろうか。基先生がカップに口をつける。

「社会奉仕部は物珍しさで入る部活ではない。校外に出る機会が多く、学校の代表としての自覚をもつ必要がある」

「ご指導、ご鞭撻ごんべつのほど、よろしくお願いします」

 俺がにこりと笑うと、基先生は深い溜め息と共に入部届を受理した。積み重なった書類の上に投げ出された印鑑を手にして、日付の下に『基』の印を押す。嘘を憎み、清廉潔白を良しとする厳格な人柄であるがゆえに、先生は自分自身にも厳格だと言われているけれど、デスク上は意外にも散らかっていた。先生にも得手不得手があるのだろう。

越渡こえど君が部長か」

「いえ、部長は遠野さんです」

 二人分の記名がある入部届の備考欄には、


【部長:遠野讓とおのゆずる

【副部長:越渡一彰こえどかずあき


 と記載されている。本来、一名につき一枚の申請用紙なのだけれど、形式的なものなので一枚で複数名分申請しても問題はないらしい。

 基先生は俺の隣へと視線を向けた。遠野さんが彫りの深い顔立ちを緩ませ、溌溂はつらつとした笑みを浮かべる。

「これから三年間、よろしくお願いします」

 社会奉仕部は、先週入学した時点で部員がおらず、廃部寸前の部活だった。遠野さんが入部することで廃部を阻止しようとしたけれど、顧問教師である基先生の意向で、一人だけでは部活として認められなかった。

 そこで、俺は遠野さんに誘われ、社会奉仕部に入部することになった。渋々な気持ちはあったけれど、嫌々ではない。俺にも社会奉仕部にかれる気持ちがあったのだ。

 基先生は観念したのか、緩慢とした動作で入部届をデスクの隅に置いた。

「よろしく」

 威厳のある低い声は、しかし昼休みの静けさの中ですら消え入るほど疲れ切っていた。まるで感情を押し殺したような声だったけれど、俺は基先生が顧問教師としての任を煙たがっているとは思わなかった。

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