第8話

 あれから1時間ごとに奥さんが解答を集めに来て、書斎へ持ってゆき、それまでに作家が書いた原稿を書斎で三部コピーして持ち帰り、俺らに配布する。鴻上出版の石井も鳴神出版の佐田も、表情を見る限り犯人の目星はついていないようだ。

 午後7時の原稿でようやく2件目の殺人が起きた。次あたりに大きなヒントがあるはずだ。作家の神山はそういう作りにこれまでもして来た。長年の経験がここではものをいう。俺はひとりほくそ笑む。

「どうしたんですか?わかったんですか?」佐田が俺の表情をみて、犯人が分かったのではないかと心配で顔を曇らせている。

「佐田、この段階でわかるわけないだろう。おちつけ」流石に石井は落ち着いている。

「そうだよ、待ち遠しくて思わず顔にそれがでたんだろうよ」そう俺は誤魔化した。

 8時になって奥さんがきた。解答を差し出す。10分ほどで原稿がきた。そこには探偵が事情聴取している内容や、リラク室や周りの状況が書かれている。時間トリックがあると感じた。だが、決定的な証拠がまだ書かれていない。まあ、適当に二人を殺害したの犯人の名前と理由を書いてみた。

「あ〜橘さん、犯人書いてる。理由も!」と大きな声。

「こらっ、自分の答えだけ考えろ。うるさい」叱責すると、涙目になっている。情けない奴だ。

 俺は9時の原稿を見て、ここで解答が出せないと。次は最終回で探偵が犯人を暴いてしまう。もう一度初めから読み直した。さっきとは別の犯人にした。犯人は二人別々に考えないと説明ができない。石井も佐田も何かしら解答を書いている。

 10時の原稿がきた。決着かと思ったら、以外に引っ張る。神山が俺たちが悩むのを楽しんでるのかと苛立ちさえ覚えた。

取り敢えず解答を書いて、頭を冷やすと二人に伝えてサウナに入った。しっかり汗をかいた俺はリビングに寄って飲み物を奥さんからもらって客間に戻った。佐田もサウナに行ったと石井が口にする。次は自分がサウナに行くらしい。

11時用の解答を書き直し、トイレに行ったりリビングに行ったり。俺を含め皆落ち着きがなくなってきた。出入りが激しくなった。

 そして、いよいよ最終回と思われる、11時になって、奥さんが解答を集めに来た。皆、緊張の面持ちで封筒を渡す。書斎に向かう奥さんの後ろ姿に祈るような気持ちで手を合わせる。

 キャー奥さんの悲鳴が響いた。

俺たちは慌てて書斎へ向かう。奥さんは椅子の横にいて作家である夫の肩を揺すって、あなた〜と叫んでいる。俺が駆け寄り見ると、胸にナイフのような物が刺さっていてジャンパーがかけられている。首筋に手を当てると脈は感じられないが、まだ暖かい。

「おい!救急車と警察だ!急げ、間に合うかもしれない」叫んだが、胸を覗き込むとナイフが深々と刺さっているようで、かっと見開いた目は死を主張している。

「現場保存だ!」石井が叫ぶ。

俺は奥さんの肩を抱いてリビングに連れてゆく。

佐田は驚きと恐怖で身動き出来ずに、わなわなと震えている。


 10分もしないうちにサイレン音が近づく、音が消えてから数分後に警察と救急隊員とが同時にインターホンを鳴らしてきた。

石井が書斎に案内する。救急隊員が被害者を覗いて、目と首筋を確認して首を振る。鑑識さんも同様にして首を振る。救急隊員は辞去した。

警察が皆んなを客間に集めて、警察手帳を開いて見せる。警部丘頭桃子と書かれていた。もう一人は佐藤明刑事だ。

鑑識さんが現場検証している間、一人一人質問を受けた。



 丘頭警部はリビングに一人ずつ呼ぶ。初めは被害者の妻。目頭を押さえながら被害者の妻がくる。

「神山さきさんですね」頷く夫人。

「この集まりはどういう事ですか?」

「はい、主人は作家で推理小説を書いてます。今日は、3社の担当の方を集め、今書いている最中のミステリー小説の犯人を早く当てた者に原稿を渡すと言い始めたんです。そんなこと、今までは無かったんですが。それでお昼の12時に百枚くらい渡して、その後は1時間毎に十枚前後の原稿を、私が間に入って出版社さんに渡していました。で、書斎に原稿を取りに行く前に3人から犯人を書いた紙を封筒に入れて受け取り、それを書斎のテーブルに積み上げていました。それで、11時の時に書斎に行ったら、主人が・・」そこまで言って涙で声を詰まらせる。

「と言うことは、午後の10時までは生きていたと言うことですね?」

「はい、原稿をもらいましたから、まだ、書いていました」

「それ以降午後11時迄の間に殺害されたと言う事になりますね」

「そうなると思います」

 丘頭警部は鑑識から言われ死亡推定時間の10時20分頃から10時50分のアリバイを全員に確認する。

 妻はずっとリビングにいて丁度事件が起きた頃、橘氏がサウナから汗を拭き拭きリビングに来て、飲み物が欲しいと言われ、スポーツドリンクを渡し時間少し前までお喋りをしていたらしい。橘氏はトイレに寄ってから客間に戻ったと証言した。

 佐田氏は10時半前からサウナに入り、出たのは10時40分を過ぎた頃、やはりリビングで妻から飲み物をもらって話をしたようだ。その時に橘氏もいたと証言した。そしてトイレに寄ってから客間に戻った。その時には石井氏はいなかったのでサウナに行ったと思ったそうだ。

 石井氏は10時20分頃にトイレに行った以外は10時40分ころ佐田氏からサウナを出たと聞いたのでサウナへ行ったと証言した。

夫々微妙だが、橘氏は奥さんとも佐田氏とも会話しており、被疑者から除いて良いのではと警部は思った。

 奥さんは12時に一回目の原稿を大量に配布した後は1時間毎に10枚前後の原稿を書斎ででコピーしてから3人に配ったと証言。橘さんとはリビングで10時半前頃にサウナ

から汗だくで出てきて飲み物をあげて少しお喋りして、11時前にトイレに寄って客間に戻りますと言って別れたと証言した。橘氏と同じことを言った。


 警部は、被害者に抵抗した跡がほとんどないこと、刺したナイフの上にジャンパーを掛けていて、返り血がジャンパーについている。と言うことは、ジャンパーを広げてナイフを上から持って刺した事になるが、そんなうまい具合に返り血を浴びないように広げられるか疑問だった。

少なくとも、被害者が抵抗すれば、10分で刺殺し椅子に座らせてジャンパーを掛けるのは無理だろうと思った。それに叫ぶだろうし、部屋中散乱するのが普通だ。

不審な点が多い殺人事件だと思った。

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