第2話
玄関前が急に騒つく。出版3社の担当者が着いたのだろう、神山新之介は妻のさきに客室にお茶の用意をするように指示する。
「ごめんくださ〜い」
合田出版の橘良一、鴻池出版の石井翔太と鳴神出版の佐田遼太郎の3人が揃っている。
橘良一は10年以上の付き合いになる。神山が新人賞を取った時からの付き合いだ。石井翔太は神山が売れるようになってきた頃から顔を出すようになってきた。当時の審査員の紹介もあって無下に断れずに、雑誌に短編を時々掲載している。佐田遼太郎は入社2年の若手だ。他の社員より営業成績が悪いらしく、顔を見ると直ぐ愚痴る。俺はそう言うのが嫌いだから、帰れと怒鳴りつけていたら、まだ若いのにあまりに可哀想だと妻のさきが庇う。俺にめったに反抗しないさきが、そこまで言うならと出入りは許した、が、小説はまだ一本も渡していない。最近は上司からも怒鳴られ、実績ない奴は首だと脅かされて、さきに泣きついている。意気地のない奴だ。
俺は今SF的なミステリーを考えていた。そこで面白いことを思いついて3人に宣言した。
「宇宙旅行する中で殺人事件が起きるのだ。7、8人の乗客を設定して、色々複雑な人間関係を用意している。殺人は2回ある。その原稿をひと月先に、半分を最初に提供し、それからは1時間毎に10枚前後の原稿を三者に渡す。その都度、回数を書いた用紙を妻が配って、次の原稿を妻が俺のところに取りに来るときに、君らは妻に犯人と理由を書いて返す。わからなければ、分からないと書く。そうやって最後の原稿を渡す前、俺が客間にいる君たちの前で、最終の解答を貰ったあと、犯人を書いた最終原稿を渡す。
そして、君らの解答の古い順に開封してゆく。で、最初に正解した者のところへ原稿を渡すことにする。本物の原稿にしか俺のサインはないから、コピーで製本しようとしても無駄だし、仮にそんな事をしたら付き合いは終わりなことくらいわかるだろう」
3人とも首を振る。
「先生、僕はまだ一本もいただいてなくて、上司からもやいやい言われて困ってるんです。そんなゲームみたいなことしないで僕に下さい」佐田は今にも泣き出しそうな顔をしている。それは俺の一番嫌いな顔だ。
「もし、同じ回に二人が正解したら、提示価格の高い方に決める」
そう言い残して俺は書斎に戻った。
あとで妻から訊くと、佐田は帰るまで泣いていたそうだ。ふんと思った。それをさきが読み取り「あまり意地悪するんじゃありませんよ」
俺は無視して「橘はどうだ?」
「彼は自信ありげな顔してたわよ」
そうだと思った奴は自信過剰気味の所が昔から鼻につくところだ。
「で、石井は?」
「ん〜不安げな顔してたなあ。自信はなさそうだった」
「それが普通だ。後の二人は可笑しい」
「い〜え、あなたが一番可笑しいです」
そう言って声を出して笑いながら書斎を出て行った。
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