記録2 ワンコイン調査『これ、ある種の高度な惚気だったわね』

「え? 貴女が担当の探偵さん!?」


 依頼人がちびっ子探偵を見て驚くのは、ここ中島探偵事務所ではお決まりのやり取りとなりつつある。夫婦連れの依頼人は格安の依頼料に引かれてやって来た。ちなみに事務所の女所長はのど自慢大会の為にカラオケで練習中で出社すらしていない。


 依頼内容は浮気調査。

 自分が調査される事、にも関わらず何故か自分まで探偵事務所に連れてこられている事に驚いてる旦那を意に介さず公乃は口を開く。


「うん。旦那さんは浮気してない。以上」


「「え?」」


「それだけ?」「そうよ」

「ほ、ほら浮気なんてしてないって言ったじゃないか」

「納得できるわけないでしょ!? 探偵さん、何か根拠とか理由はないの?」


 公乃が断言した根拠は直感——「そんな気がしたから」に過ぎない。だから依頼料が税込五百円ワンコインなのである。


「これ以上は別料金」

「いくら!?」

「根拠や理由なら税込千円ツーコイン。証拠とかちゃんとした調査依頼なら税込五千円テンコイン〜の要相談ね」

「はい、千五百円スリーコイン! この人が浮気をしてない根拠を教えてちょうだい!」

「毎度あり。仁和、頼むわね」


 公乃は奥さんから代金を受け取ると仁和を手招きして入れ替わるように依頼人達の正面に座らせた。


「あ、貴女が教えてくれるんじゃないの?」

「根拠とかそういうのは仁和——こっちの子が担当なの」

「はい。旦那さんがすれ違う美人に目移りする素振りを見せるのは……」

「見せるのは?」

「奥さん、貴女にヤキモチを焼いて欲しいからですよ」

「「え!?」」


 まさかの理由に戸惑う妻と内心を言い当てられて驚く夫。心情的に奥さんの味方な仁和の口はまだ止まらない。


「奥さん、ヤキモチ焼くときの頬を膨らませるがあるそうですね」

「え、ええ。言われてみれば確かに」

「旦那さん、その表情が堪らなく好きみたいで態々好みでもない女性に目移りしている振りをしているんですよ」

「へ〜」「あ、あのもうその辺で……」


 旦那が恥ずかしがろうが既に料金を貰っている以上、仁和のターンはまだまだ続く。


「帰ったら旦那さんの机にある赤いノートを読むと良いですよ。時折奥さんへの抑えきれない愛をポエムにしてしたためてるので」

「も、もうやめ——」

「来年お子さんが大学に行って家を出たら貴女と二人で過ごせるのが楽しみで仕方なくて色々とサプライズを計画してるみたいです」


 頬に手を当て照れる妻、顔を真っ赤にして沈む旦那。今尚心を読んでいる仁和の追撃はまだ終わっていなかった。


「あら〜『照れてるお前はなんて可愛いんだ』と旦那さんは考えていますよ」

「な、何故分かっ……」

「まぁ、仁和が目の前に座っても目移りしなかった時点でお察しよね」


 仁和は普段の野暮ったい格好ではなく、公乃がコーディネートした非常に男受けしやすそうな服を着ていた。が、旦那は事務所に入って来た時も仁和が目の前に座った時でさえ仁和の方に興味を示していない。


「確かに。うん満足したわ、ありがとう」


 旦那の様子を見て納得した奥さんは二人に礼を言うと足早に事務所を去っていった。旦那を一人置いて。


「ねぇ、羞恥で動けないかしらないけど奥さん帰ったわよ。いいの?」

「ぅ……はい。えっと、何が?」


「奥さん、ポエム読む気よ?」

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