第109話 王の能力①

「どうだ! 身動きさえ取れまいっ!!」


 俺はビックベンに貼り付けにされていた。眼下にはロンドンに似た街並みが広がっている。


「このアカビシ様が作り出す糸は、伸縮力のある特殊な金属で出来ている!」


 俺の手首と足首そして腰には強力な糸が巻き付いていた。蜘蛛型宇宙人、アカビシのものだった。


「どんな物質さえ切断する鋭利さと、どんな強力な力で引き剥がそうと容易に絡めとる粘着力を併せ持つのだ!!」


 ビックベンの頂上に張り付いて、アカビシはそう言った。


「下手に抵抗すると、一瞬で骨まで切断されるぞ!?」

「確かに。俺の【魔力粘糸まりょくねんし】より強力だな」


 俺は感心していた。


「減らず口もそこまでだ」


 アカビシは向かいのビルに飛び移った。近くを流れる河を見下ろす。テムズ河だ。


「出番だぞ、デネゴゴ!!」


 ザバァン!!


 その声で、テムズ河より黒い影が躍り出た。一匹や二匹ではない。何百もの同一種がわらわらと姿を見せる。


「我らは水中の処刑人……、水を操るデネゴゴ部隊だ!」


 リーダーっぽいのが、やけに大きな右腕を俺へと向けた。


 チュン──!!!!


「?」


 ほぼ同時に、耳元で鋭い音が弾ける。見るとビックベンの文字盤に小さな穴が開いていて、表面がトロッと流れ出していた。


 ここから直線距離でおよそ1キロ。発射されてから着弾まで0.3秒ほどだろうか……。そんな発射速度の銃火器は、当然、地球上には存在しない。


「それは、水だ。だが、ただの水じゃない。俺の体液を混ぜた水だ」


 デネゴゴが腕をわずかに横にずらす。俺の額をロックオンした。


「俺の体液は触れたものを分子崩壊させる。覚悟しろ、お前はもう、逃げられない」


 ガチャッ!!


 それを合図に、敵が腕の銃口を一斉に俺へと向けた。


「そんなことをしたら、お前たちの王は俺を喰えなくなるな」

「ハッハッハ、心配には及ばん! ドロドロに溶けたお前を掬い上げ、丁寧に裏ごしし、フレーバーで味と香りをつけてから王にはスムージーとして提供しよう」


 ビックベンの周囲をデネゴゴ部隊が取り囲む。


「さらば、地球の王よ!」


 間髪入れず、一斉射撃が始まった。


 チュドドドド!!


 ドドドドドド!!


 ドドドドドド──!!!!


 ビックベンが上部からまるで雪が解けるように崩れ始める。


 射撃が終わった時、ビックベンは跡形もなく消え去り、大きな水溜りができていた。


「ヒャッハッハ──! こりゃ掬い上げるのも一苦労だなぁ!!」


 高みの見物をしていたアカビシが額を打って笑う。


 す……。


「!!」


 水溜りから腕が伸びて、アカビシは歪んだ表情のまま固まった。更に俺が起き上がると目が飛び出るほどに驚く。


「なっ、貴様どうして!? まさか、避けた……!? いや、確かに命中していたはず! 俺には視えていた、奴は動いていない! 当たり前だ。俺の糸で動きを封じてたんだからな!!」


 俺はゆっくりと立ち上がった。


「やれやれ、また替えの装備がやられたか。いくらあっても足りないな」


 装備は分子崩壊して消え去った。今の俺は上半身裸だ。2,000万℃のマグマで【道化師の鉄仮面】も溶けて、すでに顔は晒されている。


 まあそもそも、【変化へんげ】で顔かたちは変えているから問題ないんだがな。


「立て直すぞ!!」


 デネゴゴ部隊に向かって、アカビシが叫ぶ。


「今度は奴の全身を糸で巻き付ける。お前たちも援護し──!?」


 異変を感じてアカビシが言葉を止める。


「ど、どうした? お前たち、何をしている!?」

「っ!?」

「グ……!」


 数百のデネゴゴ部隊がピクリとも動かない。ただわずかに首だけが動いて、苦し気に藻掻いているようだった。


「う、動け、ない」

「なんだと!?」

「なん、だ、これは。どう、なって……!?」

「周囲の空気を固着させた」


 混乱する奴らに向かって俺は言った。


「く、空気を、固着させただと……!?」

「ああ。今コイツらは首から下が鋼鉄の中に閉じ込められているに等しい」

「鋼鉄だ!? 鋼鉄ごときなら、俺たちはやすやすと破って出られるぞ」

「ハッハッハ! そうなのか?」


 俺は笑った。


「空気を固め、鋼鉄を超える強度にする……。いったい、どんな兵器を使った!? いや、そもそも地球にそんな技術などないはずだ!! ならば、コイツの能力か……。っ! 馬鹿な!! そんな能力、地球人コイツらには備わっていない!! っ!? すべての装備が分子崩壊していながら、奴のパンツだけは、無傷っ!? まさかあれに何か秘密が……!?」


 よく喋るな……。


「【魔法】だよ」

「マ、マホウ……?」

「今、コイツらに掛けているのは【風魔法術式】っていう風属性の魔法だな」


 そう説明しても、アカビシは混乱したまま理解できていない様子だった。


 それを横目に、俺はデネゴゴに向き直る。


「分子崩壊攻撃──肌が少しピリピリしたが、もう超越した」

「……づっ!?」

「ありがとう。お前たちのお陰で、俺はまた強くなれたよ」


 腕を上げ、デネゴゴの頭部に向ける。


「さらばだ。【風魔法術式】──【裂空】」


 ダルマ落としの要領で、デネゴゴたちの周囲の空気を左右にずらしていく。それに伴って奴らの身体も地面と平行に右に左に裂かれていった。


「……!!」

「ぐ! げ!?」


 首だけがビクビクと痙攣しながら、一瞬にして奴らは輪切りになった。


「後はお前だ、アカビシ」

「くっ!!」


 アカビシは明かに焦っていた。俺が空中に浮かび上がると糸を飛ばして来る。


「これでも喰らえ!!」


 いくつもの糸が放射状に飛んでくる。


 ギュィィィン──!!


 俺に張り付くと回転を始めた。


「俺様の糸をナノ技術で強化した破砕糸だ!! 回転するミクロの刃がお前を切り刻む!! これで俺はどんな相手をも細切れにしてきた!!」

「ふん」


 適当に掴んで引き千切る。


「!?!?」


 一本摘まんで手の平に乗せた。


 やはり興味深いな。この技術、この構造、【魔力粘糸】を強化するのに使えそうだ。


 俺は【アイテムボックス】へ糸を収納した。顔を上げるとアカビシが消えている。


「逃げたか……」


 猛スピードで遠ざかっていく。俺は上空へと舞い上がりこれまでのエリアを見やった。


「だいたいここが中間地点だな。残すところ、あと半分か」


 背後に視線を感じて振り返る。


「エヌピシか……。もう少し待っていろ。すぐに行く」


 俺は先に進んだ。




 次に降り立ったのは砂漠エリアだった。周囲にピラミッドが点在している。


「待て。地球の王よ」

「?」


 砂煙の奥から影が近付いてくる。


「我が名はガマシロモ。このエリアの指揮官だ」


 現れたのは二足歩行のカマキリのようだった。無駄のないシャープな体躯は、その全身が金属光沢のある漆黒で、身体のつなぎ目に沿って緑色のラインが発光している。


「ヴァレタス・ガストレットだ」

「よくぞここまで辿り着いた。王ヴァレタスよ」

「……お前、強いな」

「わかるか?」


 ガマシロモは大顎を震わせて静かに笑った。


「ここから先──我らが王へと到る道はメギドラ族の中でも、戦闘に特化した最強中の最強部隊が相手となる。今まで通りにはいかないぞ」


 その言葉と同時に、周囲のピラミッドの表面に穴が開いて、次から次へと敵が出てきた。ピラミッドの頂点もパカリと開くと、無数の敵が噴き出して、空へと舞い上がっていく。


 瞬く間に、多種多様な昆虫型宇宙人が大地と空を覆い尽くした。その数、およそ十万。


 だが、どいつもこれまでの敵と見た目が違っている。ガマシロモと似た系統、いや王エヌピシと同系統の進化を遂げているように思われた。


 そして明らかにこれまでの敵と【ステータス】が違う。


 ガマシロモの言う通り、ここからが本番のようだ。


「ヒャッハー☆ 残念だったなぁ、辺境の王よ!」


 砂の中に身を潜めていたアカビシが姿を見せる。


「デネゴゴ部隊を瞬殺したくらいでいい気になるな!? 彼らは一人一人が俺たちの何十倍も強い戦闘エリートなのだっ! お前はこのエリアから一歩も動けずに終わりだぁ!!」


 アカビシが両手を広げて天を仰ぐ。勝ちを確信したようだ。


「勝負だ」


 ガマシロモの両腕から収納されていた武器が伸びあがった。緑色に発光する大振りの刀のような武器だ。


 自然体に構える。その立ち姿はどことなく侍を彷彿とさせた。


 だが俺に向かって踏み込もうとした瞬間、ピクリと痙攣し、動きを止める。


「なんだ?」


 ほかの奴らも様子が変だ。


「ギュォオォオォ────ンンッッッ!!!!」


 遠くから声が聞こえてきた。


「エヌピシか……」


 怒りの咆哮とも取れるその声に乗って、エネルギー波が押し寄せる。


「我が王よ、やはり彼はそれほどの相手なのですね」


 空を見上げてガマシロモは静かに言った。


 俺を取り囲む無数の敵が身体を震わせはじめる。エネルギー波を受けて、彼らの全身からオーラのようなものが迸った。


「王の能力ちからによって、俺たちの力は跳ね上がった」

「そうらしいな」


 敵のステータスにバフがかかり数値が上昇していく。


 間違いなくこれはエヌピシの固有スキルのひとつ──【共鳴強化】。これが、王の能力ちからってわけか。


「全力でぶつかって来い、地球の王ヴァレタスよ!」


 ガマシロモが刀を構える。同時に、周囲を取り囲む敵も俺を襲わんとして迫って来た。


「ああ、そうさせてもらおう。さすがにこの数を相手にするのはきついからな。日が暮れてしまう……」


 俺は左手を右の手首へと伸ばした。

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