第107話 会談

 海抜高度100キロメートル──そこはカーマン・ラインと呼ばれ、大気圏と宇宙空間の境目とされている。

 宇宙人たちの要塞はちょうどその地球と宇宙の境目に展開されていた。


 地球をぐるりと取り囲む要塞は全部で五基、すべて平べったい形状で、表面には建物のようなものが建造されている。


 五基のうち、ひと際大きな要塞の上空に、俺はアルベスタを引き連れて空間転移した。


「ここまで巨大だと圧巻だな」


 アルベスタが眼下を望み呟く。


「四国ほどの大きさがあるな」

「どうりで……」

「迎えが来た」

「え?」


 数はおよそ10機──何かがこちらへ高速で飛んで来くる。音もなく近づくと、俺たちを囲むように旋回しはじめた。ステルス機能で姿を隠しているが、宇宙人のテクノロジーでもこの至近距離で俺の【索敵】から逃れることは困難だった。


 すぐそばを飛んでいた一機を掴む。物凄い力で暴れ出した。通常なら手の平が弾け飛ぶだろう。


 バチバチバチ──!!


 電撃を浴びせると、動かなくなり姿を見せた。俺の手を覗き込んだアルベスタがギョッとする。


「なんだそいつは!? 虫か?」

「虫型の、偵察機ってとこかな」


 恐らく俺たちの姿もこの偵察機で監視しているに違いない。


「言われたとおり来てやったぞ、エヌピシ!」


 飛び回る偵察機に向かって叫んだ。


「まずは要塞に張っているシールドを解除してもらおうか! 何らかの障壁を使って、外部からの干渉を遮断しているのは分かっているぞ!」


 これがスキルが通らなかった理由だ。


 待っていると、すぐにシールドは解かれた。瞬時に俺はエヌピシの居場所を特定する。


「いた。行くぞ」


 アルベスタと共に音速で移動を開始した。無数の建造物の間を縫い、俺たちはひと際高い塔にある広いテラスに降り立つ。


 建物の表面に、音もなく穴が開く。奥からエヌピシが二人の従者を連れて出てきた。


「……」


 俺の前まで歩み寄ると、ゆっくりと両手を広げる。


「待ちわびたぞ」


 エヌピシが【日本語】でそう言った。俺は白き王エヌピシと対峙し、黙ってその姿を見上げた。


「やはり、美しいな」

「なに?」


 俺の第一声に、エヌピシは困惑した様子だった。


「俺には分かる。お前たちのその姿と身体機能は、途方もない時間をかけて辿り着いた姿。進化に進化を重ねた果ての、生命体としての一種の完成形……。これほどまでに完成された美しい生物を、俺は初めて見る」


 テレビの中継で、彼の輪郭が輝いて見えたのはそのためだろう。異世界グラン・ヴァルデンの神龍を超える究極生命体、そんな印象だ。


 相手は少しの間黙ると、急に大顎を震わせて機械音を漏らしはじめた。どうやら笑っているようだった。ひとしきり笑うと、エヌピシは軽く首を垂れた。


「歓迎しよう、地球の王よ」

「こちらこそ、謁見できて光栄だ。メギドラの王エヌピシ」

「名前を聞かせてくれないか?」

「ヴァレタス。俺の名は、ヴァレタス・ガストレットだ」


 当然、本名である凡野蓮人は名乗れない。だがまさか現実世界こっちで、この名を名乗る日が来るとはな。


「ヴァレタス……。それは本当の名ではないな?」

「こちらにも色々と事情があってね。真名は明かせない」

「その奇妙な面も、同じ理由か?」


 エヌピシの左に控える従者が聞いてきた。


「あまりに礼を欠くのではないか? 日本は礼儀を重んじる文化だと学習したが違うのか? それともお前も、リーダーを気取るあの偽りの支配者どもと同程度と言うことか」


 今度は右に控える従者が俺の顔を指差す。


 さもありなん。俺もアルベスタも、いささかふざけた仮面で素顔を隠していた。あっちから持ってきた異世界アイテムである。


【道化師の鉄仮面】

 黒鉄の奇妙な仮面。人を喰ったようなその表情は見るものを不快にさせる。だがそれは、己の笑いを探求し、道化師として世界中を旅していた若き日の喜劇王の姿を今に伝えている。


 簡単に言うと、異世界版のひょっとこ面だ。


「礼儀を欠くと言うのならお互い様だな。どうせ今の様子も、飛び回っている虫で撮っているんだろ?」


 国連との対談直後、宇宙人側が出した記録映像は明かに至近距離から撮影されたものだった。お陰で国連側の狼狽えようも、小声で喋っていた内容もすべて拾われていたし、更には潜伏していたスナイパーたちの様子もすべて筒抜けになっていた。


「これはこの星の運命を決める王と王の会談だからな。星の民に遍く知らしめる必要がある」


 そう断ると、エヌピシは続けた。


「だが王が名も顔も明かせぬとは不思議なものだ。よくよく考えると、今まで出会った誰もお前のことを王だと認めていなかった。それどころかお前を知りさえしなかった」


 エヌピシが静かに問い質す。


「この星の頂点に君臨する力を有していながら、なぜお前は有象無象に紛れているのだ? なぜ凡庸を装う」

「護りたい人たちを、護るためだ。敵を油断させるためにも、無能と思われているくらいが丁度良い」


 相手と向き直り、はっきりと答えた。


「今度は俺が聞いていいか? お前たちの目的は一体なんだ?」

「目的?」

「敗北を望んでいるんだろ? 最初から負けを欲していながら、何が理由で矛を交える?」

「己が存在のため」

「我らが生存のため」


 左右の従者が一歩前に踏み出した。その静かな気迫に、アルベスタが思わず身構える。


「闘争に闘争を重ね、我々はここまでやって来た」


 エヌピシは答えた。


「我が相手に相応しき王がいる惑星を探し求め、王と激突するたびに我らは勝ち続けてきた。そして将来、王が誕生する見込みのある星には必要な感化インパクトを与え、王の到来を待った……」


 ゆっくりと手を握りこむ。


「こうして我らは遥かな旅路を続けてきたのだ。我を超える猛き王を求めてな」

「戦うこと自体が、目的って訳か」

「おかしいか?」

「いや、別に……」


 エヌピシを見て笑った。【鑑定】を使い、彼らのステータスを視る。


◇◇◇


名 前 エヌピシ

称 号 プレアデス星団の王・シグマ銀河の王・原初の神アヌ・惑星ヌィズの神・

    惑星メギドラの王

年 齢 8,000,000

L v  8,000


◆能力値

H P    77,500,000/77,500,000

M P        0/0

スタミナ   45,000,000/45,000,000

攻撃力    15,000,000

防御力    35,000,000

素早さ    99,000,000

魔法攻撃力  0

魔法防御力  50,000,000

肉体異常耐性 80,000,000

精神異常耐性 65,000,000


◆根源値

生命力 5,500,000

持久力 7,000,000

筋 力 2,800,000

機動力 7,000,000

耐久力 3,500,000

精神力 8,000,000

魔 力     0



◆固有スキル

【捕食進化Lv.500】【共鳴強化Lv.500】【エナジーバーストLv.500】


◆スキル

【捕食回復Lv.500】【破壊超音波Lv.500】【溶解液Lv.500】【ジェットLv.500】【毒針Lv.500】【硬化Lv.500】【スレッドLv.500】


◇◇◇


 左右の従者も、エヌピシには劣るが相当なステータスだ。因みに左の従者はガンザ、右はデーランと言う名前らしい。

 一方の俺の現在のステータスはこんな感じだ。


◇◇◇


名 前 凡野蓮人

称 号 鬼神・荒神の王・狂戦神・統一王・覇王…➤

年 齢 14

L v  7,500


◆能力値

H P    25,000,000/25,000,000

M P    30,000,000/30,000,000

スタミナ   20,000,000/20,000,000

攻撃力    10,000,000

防御力    15,000,000

素早さ    60,000,000

魔法攻撃力  70,000,000

魔法防御力  70,000,000

肉体異常耐性 50,000,000

精神異常耐性 50,000,000


◆根源値

生命力 7,383,750

持久力 8,309,250

筋 力 3,930,000

機動力 9,300,000

耐久力 5,362,500

精神力 8,334,000

魔 力 9,675,000



…➤


◇◇◇


「お前もお前の従者も、そしてほかの多くのものたちも、相当な強者揃いだな」


 ここへ来るまでの間に、多くのステータスを収集してきたが、エヌピシと遜色ない強さの宇宙人も多かった。一部だけなら、エヌピシより高い奴もいる。


「我らの種族に、弱きものはいない」

「生粋の戦闘民族だな」


 恐らく、地球にたった一匹舞い降りただけで、大陸が崩壊しかねない災害レベルの生命体……。


「何を笑っている?」

「嬉しいんだよ」


 問われて俺はそう返した。


「なに?」

「実を言うと、ここのところ退屈していてね。俺に相応しい相手が見つかってワクワクしている」

「さすがは王だ。そう来なくてはな」


 エヌピシも満足そうにうなずく。


「場所はどうする? 俺たちがり合えば、その地はただでは済まないだろう。それを俺は望まないが」

「安心するがよい。我らの戦いに相応しい場所を用意しよう」

「そうか」

「ああ、そして約束しよう。少なくともこの戦いでは、我々はこの星の民に危害を及ぼさない」


 偵察機のカメラを通して、地球の住民に宣言する。エヌピシは眼下を見やり、腕を広げた。


「この空の下にこれから巨大な闘技場を建造する。そこが、戦いの舞台だ」

「どのくらいかかる?」

「今日から着手して、七日あれば十分だろう」


 そう言うと、エヌピシはすぐにガンザとデーランに指示を出した。


「戦いの日時は十日後でどうだ?」

「問題ない」

「ならば今日から十日後、日本時間にして午前9時、戦いの舞台で待っている」

「最後に一つ教えてくれ」

「?」

「もしも俺が負けた場合、お前たちは地球をどうするつもりだ?」


 エヌピシが白い指先を俺の胸に当てた。


「この星のすべて──生き物も含めた地球の資源は我々の所有物となるだろう。そしてヴァレタスよ、私はお前を、食べる」

「たっ、食べるだと……!?」


 アルベスタは動揺した様子だった。


「お前を喰らうことで、私は更なる強さを手にするだろう」


 【捕食進化】──コイツの固有スキルだ。


「そうやって進化を繰り返して来たのだな、お前は」

「先ほどお前は我々を生命体の完成形と言っていたが、我々の進化に終わりはない。我が種族は地球の生物を捕食し、更に生命体の高みへと至るだろう」


 エヌピシはゆっくりと背を向けると歩き出した。建物の壁に穴が開く。姿が見えなくなる直前、こちらを振り返り奴は言った。


「護りたいものがあると言ったな、地球の王ヴァレタスよ。もしも本当にこの星を護り抜きたいのならば、お前は我らに勝つしかないぞ」


 わかっているさ……。


「地球の住人諸君」


 偵察機を見やり俺は言った。


「聞いての通り十日後、俺はこの星の代表としてメギドラの王エヌピシを迎え撃つ。この星の命運を賭けた闘争だ。俺が敗れれば、地球に生きる諸君の生殺与奪は彼らに握られることになるだろう」


 意味の無い混乱を避けるためにも、ここで楔を打っておく。


「だが安心するが良い。俺は負けない。だからこそ、諸君らも未来を悲観して先走るような真似はしてくれるなよ? これは願いなどではない。地球の王からの命令だ」


 そこまで言うと、鼻から息を漏らした。


「それでも死にたいのなら、止めはしないが、十日後に戦いが終わってからでも遅くはない。この星の歴史始まって以来のビックイベントなのだ。この時代に生まれたことに感謝し、戦いの様子を見届けよ。戦いの様子は、宇宙人たちによって各種メディアで流されるだろう。スポーツのワールドカップだと思って気楽に楽しんでくれ」


 カメラに向かって笑いかける。


「十日後、諸君は歴史の生き証人になる。この星の王が勝つ瞬間を、輝かしい勝利を目に焼き付けよ!」


 宙へと舞い上がり、俺はアルベスタと共に要塞を後にした。その日のうちに、俺たちの会談の様子は、彼らによって世界中に知らしめられた。




 あれからちょうど七日が経った。宇宙人たちの未知のテクノロジーによって、すでに闘技場は完成している。

 だがそれは、闘技場と呼ぶにはあまりにも広大だった。火山、氷河、砂漠、ジャングルなど、地球の様々な自然が再現され、それだけでなく世界各国のさまざまな都市までも再現されている。まさに、空飛ぶ大陸だった。


 また、これまでに自らの運命を悲観し自殺を試みた誰一人として、それは叶わなかった。あるものは俺の【王威】によって鼓舞され踏みとどまり、あるいは様々な妨害によって阻止された。虫、鳥、獣……、あらゆる生物が邪魔をする。

 【王威】の影響を受けるのは人間だけじゃない。地球の遍くすべての生き物が、王の命令に従わず死を選ぶものを、許さない。


 だが困ったことに国連、メアリカと欧米を中心とした国際社会は正気を失い、大規模な核兵器に依る軍事作戦を決行しようとした。だが、それもあっさりと阻止される。すべての国の軍事システムが宇宙人によって完全に乗っ取られたからだ。

 機能不全に陥ったのではなく、国家規模の【世界の行く末を憂いての暴走】【自殺行為】をさせないために、エヌピシらによって一時的に権限を剥奪され、完全なるコントロール下に置かれたのだ。


 少なくとも、この戦いで地球の民に害を与えない。彼らも自らの言葉を実践したのだった。




 そして、その日はやって来た。


 宇宙人たちによって、すべての国のメディアとネットで生配信される中、俺はアルベスタを引き連れて大陸の先端に降り立った。


 仮面こそ付けているが、アルベスタも神々しい戦姫神ヴァルキュリアの正装だ。俺もこの日のために【アイテムボックス】に眠らせていた素材で新しく防具を作った。黒を基調にした装備一式に身を包んでいる。


 五基の宇宙要塞が戦いの舞台を取り囲んでいる。


「地球の王ヴァレタスよ!」


 宙に浮くパネルに乗り、エヌピシが現れた。


「私は最奥部で待つ! 私の下まで勝ち進んで来るが良い!」

「てっきり正々堂々、一対一の戦いを望んでいると思っていたぞ!」


 苦笑しながら俺は返した。


 大陸のあちこちに、無数の宇宙人たちが潜んでいる。相手は総力戦を仕掛けてきたのだ。


「そんな慢心はしない! お前は強い。だからこそ我々は我らのすべてをぶつける。これが我らの礼儀であり流儀だ!」

「受けて立とう!」

「待っているぞ! 必ず私の下に辿り着け!」


 エヌピシは遠くに消えた。


「本当に加勢しなくて平気か?」

「ああ」


 心配するアルベスタにそう返した。


「さて行ってくるか」

「暴れて来い、狂戦神! この世界の、お前が王だ!」


 アルベスタが手をかざす。


「【魔人封じの魔鎖ギガントマキア・チェイン】──解除!!」


 デバフから解き放たれ、ステータスが跳ね上がる。俺の身体からオーラが迸りはじめた。黒い稲妻が走り、血塗られた金色の火焔が周囲に広がった。


「行くぞ──!!」


 目の前に広がる草原地帯を一気に駆け抜けていった。

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