第106話 現実世界では、美少女宇宙人は舞い降りない

 面白い展開になった。


 世界的な緊急事態宣言から一週間──今まで俺は大人しく様子を見守ってきた。


 窓から外を見上げると、雲越しに薄っすらと灰色の影が浮かんでいる。空飛ぶ巨大な要塞だ。世界中の空に、それは突如として出現した。


 世界のあちこちで終末が囁かれ、暴動にまで発展した国もあるようだが、少なくとも同様の混乱は日本では起きなかった。その一方でメディアには謎の専門家が湧いて、持論を展開しているのが滑稽ではあるが。


 連日、国連が宇宙人との交渉内容を世界に向けて発信している。興味をそそられるのは、国連が内容を一部非公開にしたり事実とは異なる発信をしたりすると、またメディアが事実を歪曲して伝えた場合は、交渉の全記録をがただちに公開する事態がたびたび起きたことだ。


 信用できないと思われたのか、今では宇宙人側が交渉内容を全世界に向けて必ず公開している。然も、とても流暢で違和感のない各国の言語で字幕と音声までついている配慮ぶりである。


 既に向こうは、人類について多くの見識を得ていると考えて間違いないだろう。


 なお一部の国や地域では、宇宙人の存在自体を国民に隠していたが、そんな事情は宇宙人は考慮しなかった。よって、ほぼすべての人々に遍く周知されることになる。


──地球の王に、会いに来た。


 と言う、この事実は。


 国連やメディアは宇宙人の情報を鵜呑みにしないように、自分たちが公表しているオフィシャルの情報を信じるように注意喚起している。日本もそれに追従する形である。


 これではどちらが敵かなの、どちらが誠実なのか、分からなくなるな。


 だが国連が相手に不信感を抱く理由も理解はできる。


 宇宙人の主張は兎に角、【地球の王に直接会いたい】と言う一点に集約されているのだが、仮に会ってどうするつもりなのか、目的は何かなどの質問には一切答えないのだ。


 国連側が何度問うても、「それは直接王に伝えるべきこと」と突っ撥ね、平行線が続いていた。


 だが数日前、事態が動いた。


「この星全体を支配する王はいない! 我々は平等と博愛を重んじる平和的な種族である!」


 国連のトップ、事務総長は力強く宣言すると、表情を引き締めてカメラを見据えた。


「誰か一人が君臨し、多くの者を虐げるようなことはしないのだ。だが、リーダーならばいる。それが我々国連である。世界を正しく導き、多くの人々に学びを与え、共に歩く立場にあるのが、我ら国連の義務であり責任なのだ」


 その投げかけに、宇宙人は一瞬の沈黙の後に短く返した。


「……ならば一度会おうではないか」


 こうして、宇宙人と人類との直接会談が実現することになった。




 そして今、俺は家族でその様子を見守っている。


 ニューヨーク沖合、航空母艦シーペガサスに人類の代表者たちが集う。世界に同時中継される中で、国連事務総長を筆頭に、メアリカ合衆国大統領など主要国メンバーが軍隊に守られながら、空を見上げていた。


 そこへ光沢のある黒い宇宙船が一隻、姿を見せる。航空母艦の十分の一程の大きさの船だった。

 メタリックな船体は花の蕾のような楕円型で、時折紫色の光線が側面に走っている。


 滑るように航空母艦の先端に横づけすると空中で停止した。


 紫の光が先端からもう一方の先端へと螺旋を描き、いくつも伸びる。すると蕾が花開くように船体が裂けていった。


 その奥から、ゆっくりと複数の影が歩み出てくる。


 宇宙人は今まで一度も人類にその姿を見せては来なかった。自分たちの姿を最初に見るべきは王である、との考えからだ。今回、痺れを切らして宇宙人側が譲歩した形である。


 出てきたのは三人、いや、三匹と言うほうがしっくりくるかもしれない。


「壁画と一緒じゃん……」


 姉の千夏がぽつりと呟いた。


 俺は視線を感じてテーブルの隅に視線を落とした。ハエトリグモがこっちを見つめていた。


 似てるな。


 そう、彼らはハエトリグモのようだった。違うのは、肢は四本で、胴の部分から人間の上半身が生えていること。そして全身は甲虫のような甲殻に包まれていた。


 千夏の言う通り、世界中の古代遺跡で見つかった壁画そっくりだ。そして巨大である。


「大きいな」

「3メートル近いね」


 父さんの独り言に、俺はそう返した。


 出迎えている連中はみんな180センチ台で、軍人などは2メートル近い大柄の人物もいる。そんな彼らがとても小柄に見えた。


 前の二匹は赤黒い甲殻で、後ろの一匹だけ純白の甲殻である。大きさも前の二匹より一回り大きい。


「あの白いのが王様かしら」

「きっとそうだよ。名前なんて言ったっけ?」

「エヌピシだよ」


 母さんと千夏に向かって俺は言った。


「そうそう、エヌピシ」

「メギドラとか言う惑星の王だ」


 事前に国連側に伝えられていた通り、白き王は従者を二名だけ連れて登場した。


 彼らの後方で、船は完全に花開き、空中に巨大な花が咲く。甲板に降り立った三匹は国連メンバーの方へと進んでいく。


 周囲に控えている軍人たちが手に持っている銃器を握り直す。管制塔などから密かに狙いを定めている無数のスナイパーたちも、三匹にロックオンした。


 国連メンバーの間からもバイデルと国連事務総長が前に歩み出る。二人とも腰を反らして胸を張った。


 三匹が歩みを止める。前の二匹が後ろの一匹に頭を下げ道を譲った。エヌピシが四つの脚を器用に動かしながら進み出る。


「やあ! ようこそ、地球へ!」


 メアリカ合衆国大統領のバイデルが挑むようにエヌピシへと歩み寄ると、両手を広げて見せた。自分から手を差し出す。エヌピシは何も答えずに腕を前に出した。


 バイデルは臆することなくエヌピシの手を掴みに行くと、力強く握手を交わした。事務総長も同様に握手を交わし、ほかの連中を紹介する。彼らも王と順番に握手を交わしていく。


 国連側は皆、どこか威張っていた。


 心理学などに基づく相手よりも優位に立ちイニシアチブを握るための立ち居振る舞いである。この手の分野は研究されていて、科学的に計算されたジェスチャーをしていた。


 どう見ても相手の大きさとその異様さに怯んでいるため、見ていて痛々しいが。


「エヌピシ、案内するよ! さあ、こっちだ!」


 会見の場へと導こうとするのだが、そんなバイデルの指示に相手は従わなかった。


 行こうとしていた連中も足を止める。


 エヌピシは彼らをゆっくりと眺めやり、言った。


「我々はこの星の主、王に会いに来た」


 さも当たり前のように【日本語】で。


 国連の連中は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、互いを見やる。


「え、なんで? なんで日本語?」


 千夏も口をポカンと開けて母さんの服を引っ張る。


「さ、さあ……」


 母さんも唖然としていた。


(一体彼は何と言ったんだ?)

(今のは、何語だ?)

(おそらく、ジャパニーズでは?)

(ジャパニーズだと!? 何故だ!?)


 彼らはそんなことを言い合っている。


 テレビの画面越しで音声はまったく拾えていないが、俺のスキル【超聴野】を駆使すれば、手に取るように理解できた。


 ヴァレタスだった頃よりも、【超聴野】は更にレベルが上がり、今では読唇術や読心術のような能力まで付与されている。


 【超視野】【熱探知】【索敵クリアリング】も同様で、航空母艦のどこにスナイパーたちが潜んでいて、どんな武器を所持しているのか、誰が誰に照準を定め敵視を向けているのか、一目瞭然であった。


「王はどこにいる? 早くこの星の主と会わせてくれないか、バイデル?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、それは日本語か?」


 躊躇うようにバイデルが英語で聞き返す。


「君たちは英語を話せるはずだろう?」

「なぜ日本語で喋っているんだ?」


 出迎えている連中の中に日本人はいない。国連のメンバーたちは困惑したり非難するような素振りで肩を竦めた。

 確かにこれまでずっと、宇宙人との交渉は英語でおこなわれてきたのだ。


「この星の王が使う言葉だから」


 エヌピシはそう返した。


「え、マジで!? 王様って日本にいんの? 日本人なの!?」

「一体誰のことを言ってるんだ、彼らは……」

「日本の王様って言ったら総理大臣とかぁ?」


 千夏が首を傾げる。


「そんなわけないじゃない、千夏」と母さんは言った。


「王様って名前じゃないけど、日本にもロイヤルファミリーがいるんだから」

「あ~」

「おいおい……。もしもそうなら、えらいことになるな」


 父さんが眉間に皺を寄せる。俺は黙ってテレビを注視していた。 


 エヌピシが呆れたように首を横に振る。


「我々はこの星の頂点──この星を統べる主に会いに来たのだ」


 仕方がなく英語に切り替えた。疲れ切った顔のバイデルたちが安堵の表情になる。


「事前に何度も伝えた通り、この星全体を支配する王などは存在しない。だからこそ我々が出迎えているんだ」

「我々が地球の代表だ。我々を措いてほかに、地球を代表するリーダーは存在しない」


 事務総長が続ける。


「この星は誰か一人が支配しているのではないのだよ、エヌピシ。世界中のすべての国と地域が手を取りあい、我ら国連は──」

「ふざけるな」


 突然、エヌピシがバイデルと事務総長の首を両手で掴んだ。


 控えていた軍人たちがほかの国連メンバーを退避させる。残りの兵士たちは銃口を三匹に向けた。


 同時に三匹の身体に、無数の赤い点が映った。スナイパーたちの照準器から照射されたレーザー光である。純白のエヌピシの身体には、特にそれがよく映えた。


「動くな!」

「止まれ!」


 兵士たちが同時に警告する。だが、エヌピシもほかの二匹もまったく気にも留めていない様子だった。


「貴様ら如きがこの星のリーダーだと? 笑わせてくれるなよ」


 兵士たちを無視し、バイデルと国連事務総長を見下ろす。手の力を強めた。


「う゛……!」

「ぐっ!」

「お前たちが真の王だと言うのならば、今すぐに私の手を振りほどいてみよ。さぁ!」


 ゆっくりと二人を持ち上げる。二人の足が甲板から離れた。ゴリゴリと首が伸びていく。


 二人とも苦しそうにエヌピシの手を掴み、足をばたつかせる。


「ぐげ……っ!!」

「がは……っ!!」

「貴様たちがこれまでしてきたこと、私たちは既に知っているぞ。空虚な玉座に座る偽りの王どもよ」


 軽く二人を放り投げた。


「大統領!!」


 兵士たちが慌てて二人を抱きとめる。残りの兵士たちは素早く三匹を取り囲んだ。


「撃てっ!!」


 人質は解放された。もう躊躇する理由はない。


 目の前の兵士たちが遠くの狙撃手たちが、一斉射撃を開始した。激しい銃撃の音に混じり、鋭い金属音が響く。


 その音が止むまでの間、三匹は微動だにしなかった。そして銃撃が止んだ後、三匹は傷一つ負ってはいなかった。


「気は済んだか?」


 銃弾の雨を浴びた直後に相応しくない穏やかな口調で、白き王は兵士に問うた。


「この星には、すでに王が誕生した。この星の生命体の頂点に立つに相応しい極致なる存在が……。私が邂逅を待ち望むのは、彼ただ一人──自らが拵えた無様な玉座で、太々しく胡坐をかく貴様ら偽りの支配者などに用はない」


 エヌピシがゆっくりと頭を起こす。蜂を彷彿とさせる頭部だ。切れ長の目で周囲を見渡した。


「王よ、聞いているのは知っている。今もはっきりとお前の視線を感じるぞ」


 エヌピシは【日本語】に切り替えて言葉を続ける。


「これまでも我らの正体を探る眼を何度かこちらに向けていたな? 気付かぬと思ったか? 我々にも、お前と同じ力が備わっている」


 ほう、こちらの意識のベクトルを探知していたか。


 言葉の通り、俺は【スキル】を使って、何度か彼らの宇宙要塞を探っていた。だが面白いことに、内部の構造も相手の人数も視ることは敵わなかった。

 それどころか、宇宙要塞がステルス機能を解除して姿を見せるまで、その存在にも気づけなかった。


 彼らが人類の常識を超越した【テクノロジー】を持っているのは必至である。


 念のために完全に気配を消し去る【隠形おんぎょう】を使って観察していたが、日本にいることは探知されてしまったらしい。


「我々が地球に来た目的は、王よ。お前と戦うことだ」


 エヌピシが両手を広げた。その輪郭が、俺には輝いて見えた。彼ははっきりとした口調で宣言する。


「我らに敗北を与えてくれないか?」


 彼らの目的が明らかになった瞬間だった。


「我らは敗北を望む。お互いのすべてを出し尽くし、ぶつけ合った末に……。敗北に相応しい、大いなる戦闘たたかいの果てにな」


 こちらに向かって腕を上げた。曲がった鋭い指先を突き付けてくる。


「だが、もしもお前が敗れれば、我々はこの星のすべてを頂く。我々はこれまでも数多の惑星を渡り歩き、その星の力を手に入れてきた。お前もいつまでも隠れてないで、この星のすべてをかけて、我々と戦うのだ」


 くるりと後ろを向く。


「待っているぞ、王よ」


 従者と共に、エヌピシは船に乗り込み、要塞へと帰っていった。国連と宇宙人との会談は失敗に終わった。


 だが少なくとも、これによって彼らの目的ははっきりした。そして人類は、自分たちが置かれた状況が切迫している事実を知ることとなる。


「……」


 俺はおもむろに立ち上がった。


「どこ、行くの?」


 千夏が見上げてくる。顔面蒼白だ。


「トイレ」と言って千夏や両親を見て笑う。


 もう一度俺は、窓から宇宙要塞を見上げた。


 限界を突破し上がり続けていた俺のレベルだが、【スキル】と【戦技】、【魔法】に関してはほぼカンスト状態で、もうほとんど成長は止まっていた。

 そんな【スキル】を以てしても破れない【テクノロジー】が存在している。


 まだまだ、未知の領域があると言う事実に、俺は興奮が禁じえなかった。


 白き王エヌピシ、会いに行くとするか……。

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