第105話 The Third Kind
遂に
AIが排出した英訳は次のようなものだった。
『この星の玉座のあなたへ。
このメッセージを受け取ることは、あなたが玉座に相応しい証拠です。あなたには力と叡智、それらすべてが備わっています。
私たちは、この星にあなたが誕生し、このメッセージを受け取る日を待っていました。きっとこのメッセージをあなたが受け取るのは、巨岩が崩れ、風に舞う砂の一粒になった後でしょう。途方もない時の流れの果てに、私たちは会うでしょう。そこであなたはこのメッセージを受け取ります。
私たちは直接会い、お互いのすべてを見せ合いましょう』
モニター画面の文章を、会議メンバーは見上げていた。
「ここに書いてあることを、そのまま受け取るならば──」
報告を終えたドウェインが話を切り出す。
「彼らの目的は恐らく【この星の王に会うこと】だと思われます」
「王に? この星の王ってのは、いったい誰なんだ?」
陸軍大将が困ったように笑い、肩を竦めた。
「それは当然、我がメアリカ合衆国の大統領では?」
海軍大将が冗談半分に大統領を見やる。
「なるほど! 世界のリーダーたる我が国はまさにこの星の王たる存在。そしてその
「ねぇ、ビッグハート・ジョー?」
「よしてくれ、二人とも」
困ったようにバイデルが首を横に振る。心の中でほくそ笑みながら。
【玉座】ねぇ。
自分が座る、あの椅子を思い描く。
「この玉座と言うのは恐らく、もっと違った意味があるのではないですか?」
ドウェインに聞き返した。
「仰る通りです、大統領。玉座と言う表現は単純に、王位にある一個人を示しているとは限りません」
「ほかにはどんな解釈が考えられますか?」
「たとえば、この地球上で主導権を握っているもっと広義での王たる存在を示している可能性があります」
「それは例えばだが、指導的立場にある団体のようなイメージ?」
その問いかけに、ドウェインはうなずく。
「例えばですが、メアリカ合衆国などのような【国】であったり、国連のような国際的な【機関】も考えられますね」
つまりは我々【
バイデルがちらと国防長官を見やる。アイコンタクトを交わした。
この私に用があるとは、面白い!
「D-NEGではそのあたり、どう分析しているの?」
オールディンがD-NEGメンバーに問いかける。
「明確にはお答えできませんが……」
NASAのエンジニア、ミランダはそう前置きしてから続けた。
「彼らはメッセージを受け取ることこそが、玉座に座る資格を有しているのだと言っています」
ミランダは語る。
高度72,000フィートの成層圏まで到達し、そこで活動できること。そこから発せられる複数の電波に気が付き、データを復元することができること。
そしてそれを使って交信し、そこで得られた情報を元に【スカイウインドウ】のメッセージを解読さえも成し得たこと。
つまりそれは全て、人類が力と叡智──驚異的な発展を遂げ、絶大な科学力を有する存在だからに他ならない。
「──そういう意味では、【玉座のあなた】とは我々【人類】全体を示しているのかもしれません」
「確かにな」
陸軍大将は腕組みしながらそう言った。
「多種多様な生物が存在するこの星で、我々人類はこの星の覇権を握る王に等しい」
「もしも彼らが遠い惑星から交信している場合、この星に自分たちと対等な知的生命体が存在するのかどうか、【スカイウインドウ】を使って見定めていた可能性もあります」
ミランダは最後にそう付け加えた。
「あくまでも一つの解釈だが、そう言う受け取り方もできるな」
統合参謀本部議長が返す。
「だが、まだ訳が完ぺきではないから、何とも言えんな」
「確かに。これだけでは掴みどころがない」
「それに、もしも我々人類のことを示しているとしたら、なぜあなた方、と複数形にしないんだ?」
「俺もそこが気になっている。どうも釈然としないが」
大将たちが溜息を漏らす。
「解析率80%と言うところでしょうか」
ミランダが答える。
「文法の解析に、少々難航してます」
「精度はまだ高められるんだろうな?」
「もちろんです」
「今のままではお話にならんよ」
「でも、おおよその意味は掴めるね」
バイデルがフォローを入れた。ミランダやクレアたちに笑顔を向ける。いつものように、しんなりとした表情を作って胸に手を置く。
「君たちのお陰で、我々は着実に前に進んでいる。心から感謝します」
「ありがとうございます」
ミランダたちはそう答えた。
「引き続き、解析に取り組みます」
「ええ、そうしてください」
「それでは、今後の計画を教えてくれないか?」
国防長官がそう聞いた。
「日々大量のデータ交流を積み重ねることで、お互いの言語辞典はとても分厚くなりました」
今度はクレアが答える。
「文法の解析がもう少し進めば、お互いのコミュニケーション齟齬はほぼなくなると思われます。よって──」
大統領たちに顔を向ける。
「今後は
「いよいよか……!」
大将たちが声を漏らす。
「どの程度の日数がかかる予定ですか?」
「三日あれば」
オールディンはそこまで聞くとバイデルを見やった。大統領がうなずく。
「私たちは事前にある程度、メッセージ内容を決めておくつもりです」
そう言うと、クレアも大統領に顔を向ける。
「そこで本日は、皆さんのご意見も伺いたいと思っていました」
「確かに、場合によっては不測の事態も考えられる」
「いきなり宣戦布告される可能性もゼロではないからな」
「すぐに軍を動かせる準備も進めなければ」
四将がそんなことを言い出した。
「そうならないことを望みます」
大将たちを見やって、大統領はあくまでも冷静にそう言った。
「けれどあらゆるパターンのシナリオは準備しておいた方が良いでしょう。想定外の事態に素早く対応するためにもね」
集まったメンバーを見やる。
「なによりもこれは歴史的な一歩になるはずです。相手を尊重し、平和的で建設的なものにするために皆で知恵を出し合いましょう」
その言葉に、全員が賛同した。
会議で決定したのは、まずは当たり障りのないメッセージのやり取りから始めて、相手の出方を見て一歩踏み込んだ質問を投げかけることだった。
こうして三日後、D-NEGにより初めて、メッセージの送信がおこなわれた。ほどなくして、相手からもメッセージが返信される。
大きな問題が起きることなく、文章のやり取りは繰り返され、そしていよいよ、お互いの代表による正式な対談の日時が決定する。
これまではD-NEGによる事務方の調整のようなものだ。いよいよ、秘密裏ではあるが公式なメアリカ合衆国による人類史上初となる宇宙人との対話の日がやってくる。
人類側の代表は当然、メアリカ合衆国大統領ジョージ・バイデルである。
文章上の代表者会談は、屋敷に集った【評議会】メンバーたちにもリアルタイムで共有されていた。
「時間です」
ドウェインがモニターを見てそう言った。どんな任務でも平常心で臨む彼も、明らかに今日は緊張している。
「よし、はじめよう──!」
バイデルが最初のメッセージを送る。
──こんにちは。私はメアリカ合衆国第46代大統領ジョージ・バイデルです。
英語で打ち込まれたそれは、即座に宇宙人の言語に翻訳され、送信される。
三十秒ほどでメッセージが返って来た。
──こんにちは。私はメギドラの王、エヌピシです。お会いできて光栄です。
「おお!!」
全員が歓声を漏らす。誰もが興奮していた。D-NEGたちも、【評議会】のメンバーたちも。
「大統領。早速次のメッセージを」
「そうだね」
──よろしく、エヌピシ。我々は長い間、宇宙には我々しかいないのだと思っていました。ですが今、我々は一人ではないと知り、嬉しく思っています。
──あなた方は一人ではありません。この宇宙には多くの生命体が存在しています。
「マジかよ!」
「やっぱりそうなんだ……!」
この回答には、クレアたち天文台やNASAの学者たちがひときわ興奮を覚えていた。
「ハッハッハ! まるでスターウォーズのようになってきたじゃないか!」
対談の様子を見守っていたポーカーも嬉しそうに手を揉む。
「彼らがもたらすハイテクノロジーによって、我々は永遠の命を繋ぐことだって可能になるかもしれんな」
「永遠の命に、永遠の支配か。素晴らしい!」
その思いは、対談をおこなっているバイデル自身もそうだった。
この機会を、絶対に逃してはならない。すべて我々が掌握するのだ。
メッセージのやり取りは続く。
──我々はこの星の住人として、あなた方を歓迎します。我々はお互いを尊重し、平和的な交流を続けられるでしょう。
──私たちは王に会うためにこの星、地球へと戻って来ました。
戻って来た……。やはり、奴らは一度、地球へやって来ていたということか。
──それが、あなた方が地球へとやって来た目的なのですね?
いよいよ、本題に入る。もう一歩踏み込んで、王や玉座とはいったいどういう意味なのかを探らねばならない。
しかし、その次に送られてきたメッセージで事態は急変することになる。
──そうです。ですが、その目的は恐らく、あなた方の言う平和的なものとは言えないかもしれません。どちらにしても、すべてはこの星の王次第です。
「えっ!?」
場が凍り付く。
【評議会】のメンバーたちにも動揺が走った。
王次第、だと?
──それはどういう意味でしょうか? あなた方の言う王とは誰ですか?
答えろ、宇宙人!
少しの沈黙の後に、メッセージが返って来た。
──回りくどい会話はやめましょう。
「っ!!」
「おいおい、どうなってる?」
「何の問題もなかったはずなのに!」
「どのシナリオで行きますか?」
バイデルはD-NEGのメンバーを見やった。
「ええと……」
「待って! 別のメッセージが送信されています!」
モニターを見ていた一人が指差した。
──これまであなた方は、私たちの要求を満たしてはくれませんでした。しかし、あなた方の協力のお陰で、この星の言語はあらかた学ぶことができました。王が使う言葉も。我々はこの星の主に用がある。すべてはそこでお話ししましょう。
──今この場で話せない理由はなんですか?
バイデルが自らキーボード入力する。
「大統領、慎重に」
ドウェインが思わず止めに入った。
「このくらいならば良いだろう? 想定外のことが起きたんだ。こちらも相応の対処をせねば」
そう言うと、構わず送信する。すぐに返事が返って来た。
──そこに王はいないから。
「なにっ!?」
バイデルの目が血走る。
どう言う意味だ!? この星に王がいるすれば、それはこの私だ!!
そう思って、ハッとする。【スカイウインドウ】の赤い指紋だ。
ひょっとすると、彼らの言う王とは……。
──そしてまた、あなた方はいつまで経っても我々の存在を隠している。王と我々が今後なすべきことを考えると、いつまでも隠せるものではありません。これは、この星の民、すべてに関わってくることでもあります。
「おいおい、マズいぞ!」
「調整段階で対談の内容は非公開と確約したはずだろ!? どうなってる!!」
D-NEGのメンバーたちを見やって、陸軍大将は𠮟責した。
「どう返す!?」
「コイツらは一体何を企んでいるんだ!?」
「冷静に! あまり好戦的な態度を取るべきじゃない」
「舐められるぞ! どうにかして主導権を握らねば!」
焦りからそんな会話が飛び交う。
「まだ彼らの存在を明かすわけにはいかない!」
統合参謀本部議長も、思わず焦った声を漏らす。
──待ってください。事前の取り決めと、それは違います。
大統領は慌ててそう切り出した。
──ルールを無視することは、お互いの信頼関係を築くうえで良い結果をもたらしません。それに、あなた方の存在はこの星の人間にとって刺激が強すぎる。この事実を知れば、人々はパニックになり世界が混乱します。それを私たちは決して望みません。
「これでどうだ!」
鼻息荒く、メッセージを送信した。
──それを決めるのはこの星の王です。そもそも、事前に取り決めたことは、この会談の内容を公開しないことでしょう? 我々の存在を明かすタイミングまでは決めていない。
「糞っ!!」
「宇宙のタコ野郎どもめが、調子に乗りおって!!」
【評議会】でも怒号が飛び交った。汚い言葉で未だ姿を見せない相手を罵る。
──これはこの星のすべての民に関わること。多くの者に知らせるべきことです。だが君たちの手は煩わせない。こちらで手配しよう。
それではご機嫌よう、ジョージ・バイデル。
そこで、交信は途切れた。
「畜生っ!!」」
バイデルは思わずキーボードに拳を叩きつけた。
「お、落ち着いてください、大統領」
オールディンが慌てて宥める。
D-NEGも大いに混乱した。どうにか修復しようと、その後もメッセージを送り続けたが、一切返事は来なかった。
音信不通となり、12時間後──
ステルス機能によって、一切感知できなかった複数の宇宙要塞が姿を現し、世界中にそれは知れ渡る。
また宇宙船の出現と同時に、全世界のテレビ局、ラジオ局、そしてインターネットがジャックされた。そして、宇宙人の音声が流れる。そこには、それぞれの国の言語で字幕まで付されていた。
こうして全世界に宇宙人の存在が知れ渡ることとなる。「この星の王に会いに来た」という理由も含めて。
皇帝バイデル、【メアリカ合衆国の秩序】の思惑とは裏腹に、宇宙人との交流の主体はD-NEGから国連に移ってしまった。当然、国連にもメンバーがおり、関与はしているのだが。
世界中の政府が緊急事態宣言を発令し、日本も例外ではなかった。
こうして、世界中の街から人が消える。
日々、国連と宇宙人とのやり取りは世界に公開された。そして遂に宇宙人との直接対談の日時が決定する。
場所はニューヨーク沖合。周辺の海域には、テロ防止などの名目で各国の軍隊が対宇宙人用に配置されている。多く航空母艦では戦闘機が出撃態勢で待機していた。
そこへ、空から一隻の船がゆっくりと降りてくる。
黒を基調とした紫色のラインが発光する小型の船である。
宇宙人との直接接触、第三種接近遭遇──Close Encounters of the Third Kind
今ここに現実のものとなった。
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