第104話 The Emperor of The Owls

 郊外の道を、一台のキャデラックが進んでいく。


「窓を開けてくれ」


 後部座席で足を組み、バイデルは運転手に言った。


 運転手が無言で窓を開けると、彼はなんの躊躇もなくハンバーガーを外に、捨てた。


「勿体ない」

「フン! うちの犬でもこんな廃棄物は食わんよ」


 バイデルが吐き捨てるようにそう言うと、運転手はやれやれと首を横に振った。


「しかし、チャリティーイベントとはよく考えたじゃないか、オールディン」

「フフフ。貴方こそです、大統領」


 運転席に座る国防長官ロイ・オールディンが鼻から笑い声を漏らす。


「世界の人々と国が血を流す、ですか。あれには思わず吹き出しそうになりましたよ」

「その暑苦しい帽子、いつまで被ってるつもりだ?」


 バイデルが話を逸らす。運転手の服装に身を包んだオールディンにそう返す。


「念のためですよ。それよりも大統領」


 ミラー越しに、今度はオールディンが自分の左胸のバッジをコツコツと指差した。


「おっと……!」


 バイデルは自分の左胸から、ロバのバッジを外す。代わりにポケットから別のバッジを取り出した。頭に王冠を乗せたフクロウのバッジである。


「しかし、天文台のあの女教授……、クレアとか言ったか?」


 バッジを付け直しながらバイデルがこぼす。


「なかなかにイイ女だったな。どうにか抱けんかね、アレ?」

「まったく貴方という人は……」


 カーブを曲がり、キャデラックは坂道を登り始めた。林の中に入っていく。


「彼女、まだ二十代でしょう?」

「だからなんだい?」

「貴方、今何歳です?」

「来年で八十だが、何か?」


 悪びれることなく、お道化たように肩を竦める。


「貴方を支持している"目覚めた"女性たちが、今のを聞いたら発狂しますね」

「フハハハハ!!」


 手を叩いてバイデルは大声で笑った。


「そりゃ傑作だ! 見てみたいもんだね!」

「まったく……。怖いですよぉ、彼女たちは」

「いやいや、確かに。気を付けるよ」


 笑いながら涙を拭う。


「連中にはまだまだ、社会正義と言う美酒に酔いしれたまま踊ってもらわねばならないからね」

「悪酔いですがね」

「乱痴気騒ぎだ」

「着きました」

「うむ」


 森の中に、突如として錆びついた門が出現した。


 キャデラックが止まると、自動で門が開く。奥に進んでいくと、同じような高級車がずらりと並んでいた。


 その後ろには巨大な屋敷が佇んでいる。周囲から完全に死角になった場所だった。


 二人が降りると、大柄の男がゆっくりと近づいてきた。


「遅かったじゃないか!」

「やぁ、兄弟! 久しぶり」


 バイデルは相手と握手し、熱いハグを交わす。


「元気にやってるかい、レオナルド」

「まあね。そっちは忙しそうじゃないか、ジョージ」


 相手はなんと、前大統領レオナルド・ポーカーであった。


 選挙で舌戦を繰り広げた、対極にいるはずの二人だが、随分と親しそうである。


 そしてポーカーの胸にも、いつもの象ではなくフクロウのバッジが光っていた。


「もう全員揃ってる、行こう!」


 ポーカーはバイデルの腰に手を添えると、屋敷の入り口に顎をしゃくってみせた。


 メアリカ合衆国は二大政党制である。そして、二つの政党はそれぞれ動物をシンボルとしていた。


 前大統領ポーカーが属している政党──三ツ星の象。


 現大統領バイデルの所属する政党──四つ星のロバ。


 だが、この国に第三の政党が存在していることは、ほとんど知られていない。


 メアリカを動かす影の政党、それはただのオカルトじみた陰謀論でしかなかった。誰も本気では取り合わないその噂によると、その政党に正式な名前はなく、ただ【評議会】と呼ばれているらしい。


 そしてその【評議会】のシンボルこそが、頭に王の象徴しるしを冠するフクロウであった。


 ポーカーが大広間の扉を開けると、そこには古めかしくも、威厳のあるテーブルがあった。


「諸君、のお出ましだよ?」


 テーブルに座っていた男たちが、総立ちになりバイデルを出迎える。


 そんな男たちの奥、一段高い場所に、伝説のが置かれていた。リンカーン記念堂の白い銅像で有名な、リンカーンの椅子である。


 当然、本物。


 そしてこの椅子こそ紛うことなき、この国の【玉座】に他ならない。


 バイデルはスーツを脱ぐと椅子の背もたれに投げかけた。深く腰掛けて足を組み、無表情のまま頬杖をつく。


 ビッグハート・ジョー。


 表世界の彼の通り名である。だが、ここでは別の名で呼ばれている。フクロウたちの王──皇帝ジョーと。


「座りたまえ」


 彼の一声で、全員が着席する。男たちの顔ぶれを、バイデルは黙って眺めていた。


 今、彼の左右に分かれて座る男たちはこの国の元大統領である。あとはオールディンのように国防長官など歴代の要職経験者から選抜された男たちだった。【評議会】によって選ばれし人間である。


「始めてくれ、オールディン」


 バイデルがパチリと指を鳴らす。


「本日お集まりいただいたのは、例の【スカイウインドウ】の件です」


 ここのところ【評議会】では宇宙の遺物スカイウインドウと宇宙人に関する話題で持ちきりだった。


 因みに、D-NEGが結成される前から、彼らには逐一、すべての情報が周知されている。

 先ほどの会議の様子も筒抜け。クレアたちが共有した情報など、とうの昔に彼らは知っていた。


「先ほどの会議も聞いていたが特段面白みはなかったが?」


 一人がつまらなそうに肩を竦めると、「確かに」と多くの者がうなずいた。


「先ほどの会議では、をすべてを話してはいません」

「と言うと、まだ我々にも回って来ていない情報があるのだね?」

「そうです」


 オールディンがうなずく。


 スマホを操作しテーブルに置く。テーブルの表面が暗転し、モニター画面に切り替わった。


 クレアたちの会議でも表示されていた【スカイウインドウ】の実際の映像と、実測データを基にした3Dモデリングが表示される。


「【スカイウインドウ】の裏面から、あるものが検出されました」

「あるもの?」

「ええ。あったのは、指紋です」

「指紋だって!?」


 男たちが思わず声を上げる。一様に驚いていた。


「てことは、宇宙人のものか!」

「いえ、それが──」


 あくまで冷静に受け答えしていたオールディンが初めて言葉を途切れさせた。


「分析の結果……、人間の指紋で、しかもごく最近つけられたもののようだと」

「最近!?」

「調査していた隊員の誰かが、誤って付けたのではないのかね?」

「その可能性も考え、全隊員の指紋とも照合しましたが不一致でした」


 3Dモデリングされた【スカイウインドウ】が回転し、裏面が映し出される。そこに赤と青の指紋が表示された。


「赤と青は別人の指紋で、二人分が検出されました」


 青い指紋の数は数か所だけだ。赤い指紋は万遍なく付着している。


「御覧の通り、主についているのは赤色の人物の指紋です。指紋の付着状況と【スカイウインドウ】の拉げ具合から、AIが導き出した答えは……、ええと、信じられないことではありますが……」

「なんだね?」

「もったいぶらないで早く教えてくれ!」

「解析の結果、この赤い指紋の人物が元々は紐状の【スカイウインドウ】を抉じ開けたのではないかと推察されます」

「抉じ開けた!?!?」


 一同が再び驚愕する。男たちは思わず立ち上がった。信じられないと両手を高く掲げる者もいる。


「ま、待て待て! 待ってくれ、オールディン君」


 ポーカーが笑いながら話を遮る。


「冗談を言ってはいけないよ? コイツは地球上のどんな物質よりも硬いんだろ? 先ほどの会議でもそう言っていたじゃないか。だからダイヤモンドカッターさえも歯が立たなかった。違うかい?」

「その通りです」

「それを、抉じ開けただって? そんな馬鹿な話がどこにある」


 首を振って、肩を竦める。


 白髪の老人は深刻な表情をして、その顔を玉座のバイデルに向けた。


「何かの間違いじゃないんですか?」

「いいや。今ある情報を分析し、導き出した真実だ」


 息を呑んで皆黙る。


「ところで皆、【スカイフィッシュ】というのを知っているか?」


 静かにバイデルは問いかけた。


「高速で空を飛ぶって言う謎の生物でしょ?」

「いかにもオカルト好きなNERDヲタクたちが考え出した妄想だ」

「そうとは限らない」


 テーブルのモニタが切り替わる。


 世界中の古代遺跡が映し出された。下半身が虫のような人型と棒状の空を飛ぶ物体が描かれた壁画である。


「ここ最近、世界各地の古代遺跡で同様のものが発見されている」

「これは……」

「確かに、【スカイウインドウ】に似てはいますが」


 壁画を見て、彼らは眉をひそめた。


「さすがにこれはただのイタズラでは?」

「YouTuberとか?」

「私はそうは思わない」


 バイデルはそう返した。


「【スカイウインドウ】の正体がスカイフィッシュで、そいつが高速で移動していたのなら、今まで見つからなかったのも納得がいく。そしてそれを止めたのも、或いは、この人物かもしれない」

「止めたっ!?」

「人間が、あれを!?」

「スーパーマンでもやって来たって言うんですか?」

「その可能性もなくはないな」


 バイデルは笑った。


宇宙そとからやって来たのか、元からこの星にいたのかも定かではない。元からそういった能力を保持していたのか、或いは何らかの理由で後天的に超能力を得たのかも……」


 笑顔を引っ込め、真顔に戻す。


「いずれせよ、この人物は危険だ。どうにかして見つけ出し、我々のコントロール下に置く必要がある」


 バイデルの言葉に、彼らは冷静さを取り戻し深くうなずいた。


「宇宙人と彼らの技術もそうです」

「我々【評議会】がすべて掌握できるように、イニシアチブを取らねばなりません」

「その通りだ」


 バイデルがゆっくりと立ち上がる。


「すべては我ら【評議会】いや──」


 その組織に正式な名前はなく、単に【評議会】と呼ばれているらしい。


 それは真実ではない。一切、表に出ていない彼らの本当の名は……。


「我ら【メアリカ合衆国の秩序メアリカン・オーダー】のために」

「【メアリカ合衆国の秩序メアリカン・オーダー】のために!」


 会議は終わり、メンバーたちは思い思いに雑談を始めた。


 バイデルから見て左翼に座るのは、ロバの政党に所属していた者たち。右翼に座るは、象の政党に所属していた者たちである。


「どうしました?」


 玉座から自分たちを眺めるバイデルに、オールディンが問いかける。


「ここに座るといつも思うんだ。我が国、否、世界中の民衆の誰もがこの真理に気付かない不思議に」

「不思議、とは?」


 不意の発言に、男たちが顔を見合わせる。多くの者の顔にクエスチョンマークが浮かんでいた。


「真理ってなんのことだい、ジョージ?」


 ポーカーは笑いながら肩を竦め、メンバーを代表して問い返した。


「鳥は片方の翼では飛べない。この分かり切った真理に、誰も気付かないのがこの世界だ。どんなに"目覚めた"連中だろうとな」


 真っ直ぐに男たちを見て静かに言った。


 その一言で、彼らもバイデルが何を言っているのか察する。


「簡単なことです、皇帝」


 白髪の老人は静かにそう言った。


「民衆は、愚かだ。ただ、それだけのことです」

「そうだな」


 バイデルは彼にうなずき返した。


「これから我々はこの世界を一度壊す。その大いなる地均しによってすべてをフラットに戻したのち、新しい秩序を我々の手で創り上げるのだ。建国以来の我々の目的──メアリカによる世界の【オールコントロール】のために」

「宇宙人の技術を独占できれば、もう二度と世界のどんな国、どんな組織も我々に追いつくことは出来ないでしょう」


 白髪の老人はにやりと笑った。


「ところでアナタ、随分顔色が良さそうじゃないか」


 真正面の男がそんな老人に聞く。


「わかるかい? 最近、若い臓器が手に入ってね」


 老人は嬉しそうに自分の腹を撫でた。男が訳知り顔でうなずく。


「例の手術ですか。いい具合なの?」

「見ての通りさ! 君もどうかね?」

「私は、そこまで生に執着はないですよ」

「嘘を吐きたまえ! この場にそんな人間はおらんよ。まだ若いから、実感がないだけだよ」


 その後、彼らはそれぞれの近況報告に花を咲かせた。




 数日後、クレアたちD-NEGは送られてくる電波を復元し、それに対するデータの送信を繰り返していた。


 そして今、新しく復元した画像を前に、クレアは首を傾げていた。


「どうしたの?」と同僚が聞いてくる。


 NASAのエンジニアで名前はミランダ。クレアが最初に仲良くなったメンバーの一人である。


「これを見て」


 衛星画像のようだが、その中心は弓なりに湾曲した半島だった。


「これって、どういう意味なんでしょうね」

「この星の名前が知りたいんじゃない? 【Earth】って回答すれば?」

「ええ、かもしれないけれど……」

「何か気になるの?」

「ひょっとしてこれって、【Japan】なのでは?」


 ミランダは画像を見つめ、難しい顔をした。


「これって、Japanなの? へぇ~、アナタ詳しいのね」


 ふざけたように笑うミランダ──日本にさして関心の無い、ごく一般的なメアリカ人の反応を見せる。


 クレアは肩を竦めた。


「なら向こうは、【Japan】の名前、国の名前が知りたいのかもね」

「ええ。けれど、そしたら国旗を送ってくるのが普通だと思うんだけどね」

「確かにね。ほかに同じような衛星画像は?」

「いいえ、これだけよ。しかも定期的に」


 日本の衛星画像はこれが最初ではなかったのだ。


 そこまで言うと、クレアは顎に指を置いた。


「思うのだけれど、もしかしたら【Japaneseニホンゴ】での回答を求めているんじゃ──」

「えぇ!? まさかぁ!」

「それはないだろう!」


 ミランダだけでなく、近くで聞いていた同僚が、一斉に笑い出した。


「けれど」


 クレアにはほかにも思い当たることがあった。


「ほかにも、日本関連の画像が多いのよ。日本特有の習慣だったり、食べ物だったり……」

「たまたまだよ」


 聞いていた男性がどこか馬鹿にしたように笑う。


「なぜ宇宙人があんな極東の島に拘るんだい?」


 パンパンと手を叩いた。


「さ、寝ぼけたこと言っていないで仕事だ、仕事! 解析しなきゃならないデータはたくさんあるんだからな!」


 釈然としないまま、クレアは仕事に戻った。

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