第103話 D-NEG
「我々の言語を宇宙人に教えるなど、敵に情報を与える愚かな行為だ」
陸軍大将は腕を組んだまま難しい顔をしてそう言った。
「現に無断でインターネットにアクセスしているわけだからな……。軍の機密だって、抜かれかねない」
海軍大将も応じるように言葉を続ける。
それを皮切りに、喧々諤々と議論が交わされた。
そんな男たちの舌戦を、クレアは少々辟易して眺めていた。
「必要とあらば、核の使用も視野に入れるべき事態だ!!」
熱くなった大将の一人が机を拳で叩く。
その強い言葉に、一瞬皆が沈黙する。
「お言葉ですが……」
そう言ったのはイーサンである。
「なぜ、皆さんは彼らを敵だと断定するんです?」
「
陸軍大将はすぐに反論した。
「むやみに敵視するのも違うのでは? それに相手は我々よりも遥かに技術レベルが高いんです」
「何が言いたいんだ、坊主?」
陸軍大将が凄む。
「敵は我々より一万年先を言っている」
そう返したのはドウェイン大佐であった。
「その気ならば、文化的交流を省き、いきなり侵攻してきたって不思議ではない。でもこの一万年の間、そんな事態には至っていない」
「今のところは、な?」
「コンタクトの意図が何にせよ、言葉を交わさなければそれも分からない。それに、私は【スカイウインドウ】が核ミサイル程度で破壊できるとは思えませんね」
ドウェインの言葉に、再び人々は沈黙した。
そんな中、統合参謀本部議長が静かに口を開く。
「彼らは我々と交信を試みている。その事実は、分かった……」
議長は顔の前で手を組み、厳しい顔で虚空を睨みつけていた。
「問題なのはその目的だ。少なくとも私には単なる文化交流が目的とは思えないがね」
「そこが一番問題でしょうね。平和的な交流に向けて努力せねば」
国防長官が応じる。その顔を、大統領へと向けた。
「どうします、大統領?」
その場の全員が大統領の判断を待つ。
「いろいろと謎は多い。もうはっきりと宇宙人と明言するが、彼ら宇宙人は、いったいどこからメッセージを送っているのか」
言葉を選ぶように、大統領は語りはじめた。
「実はすでに、この地球のどこかに潜んでいるのか。それとも広大な宇宙を旅し、一万年ぶりに地球へと立ち寄ったのか……」
そこまで言うと、その顔を皆に向ける。
「彼らの正体はSF映画のように地球を狙う侵略者なのか、それとも我々メアリカ合衆国の国民のように自由と博愛の精神に満ちた者たちなのかもね」
グリフィス天文台チームの一人が、それを聞いて声を出して笑った。
誰も笑っていないのに気が付いて「しっ、失礼しました! てっきりブラックジョークかと……」と咳払いする。
大統領は困った顔をして微笑み返した。
「謎は多い。だが、はっきりしていることもある。対話をはじめなければ、いつまでも謎は謎のままだと言うことだ」
そう言うと、クレアを見て力強くうなずく。
「彼らの求めに応じ、交信を開始しよう」
「だ、大統領!?」
「良いのですか!?」
慎重派の軍人たちが声を上げる。
「楽観視しすぎではないでしょうか!?」
「敵意のある侵略者だった場合はどうするのです!?」
「私が何もしないといつ言ったかな?」
軍人たちに向かって、大統領は一切怯むことなく答えた。
「君たちの懸念する通り、姿の見えない相手を根拠なく信用するなど愚かなことだ。そこで交流を重ねる一方、君たちにも仕事を与えよう」
「な、なんです?」
「交流を重ねて情報を得られるのは、なにも相手だけじゃない。今後、彼らの正体も徐々に明らかになるだろう。【スカイウインドウ】のテクノロジーもまだまだ解析する余地がある」
大統領は統合参謀本部議長と四大将を見やった。
「それらの情報を集約し、君たちは君たちで、軍事シナリオを作成して欲しい」
「大統領!」
軍人たちが前のめりになる。心なしか嬉しそうであった。
そんな彼らを見て、大統領はうなずいた。
「もしもの備えは必要だからね。仮に相手が侵略者ならば、我々メアリカ合衆国には地球を守る義務がある」
「その通りです!」
「それでこそ、我らが大統領です!」
「それから【イーグルアイズ】諸君」
「「はい」」
ドウェインとイーサンを見やる。
「今後も諸君には【スカイウインドウ】の監視をお願いしたい。まずは至急、【スカイウインドウ】から出ている電波を遮断してほしい。発信される電波は我々だけが受信できるように、態勢を整えてくれ」
「了解しました!」
「お言葉ですが、大統領」
横に座るイーサンがそう言ったので、ドウェインはギョッとして彼を見やった。
「お前、今日何度目の”お言葉”だ? いい加減にしろ!」
小声で窘める。だが、イーサンは大統領を真っ直ぐ見て続けた。
「国民にはこの事実は伝えないのでしょうか?」
「世界の人々にもです」
クレアが言葉を付け足す。
「こんなアメージングな事実、世界中の人々と分かち合うべきです。特に科学者とは。世界中の科学者が協力すれば、より多くのことが分かります」
「地球全体の危機管理から見ても、少なくとも同盟国とは情報を共有すべきではないでしょうか?」
「うん……」
神妙な顔つきになり、大統領は二人を見つめた。
「我々にはまだ情報が足りない。圧倒的にね? 一万年以上前から我々が宇宙人に監視されていたなど知ったら、世界中がパニックになるだろう。それに……」
手を左右に広げる。
「世界に知れ渡ったら、各国が今の我々のように危機感を募らせ対処法を議論し始めることになる。その時、一国たりとも我が国に核を撃ち込まないと保証できますか?」
「っ!!」
「そ、それは……」
大統領は静かにうなずいた。
「無用な混乱を生じさせ人々や国が血を流さないために、相手の正体が明らかになるまでの間、この事実はこのメンバーだけに留めておいた方が良いと、そう思うが、どうかな?」
「そう、ですね」
「分かりました、大統領」
「理解してくれて、ありがとう」
そう言うと彼はほかのメンバーたちを見やる。
「君たちはどうだい?」
誰も反論する者はいなかった。どうやら、あらかた方針は決まったようだ。
大統領は深い溜息を吐くと、腕時計に目を落とす。
「疲れたね。おっと、もうこんな時間か?」
大きく背伸びをして皆に笑いかけた。
「ちょっと休もうじゃないか! 働きづめは身体に毒だよ?」
大統領の言葉で会議はお開きとなった。
「みんな、お腹は空いてない? もう夕食の時間だよ」
グリフィス天文台チームが互いの顔を見やる。
「確かに腹、減ったな。どうする?」
「私、このあたりの店、よく知らないわ」
「そうだな。ちょっと調べてから行くか?」
「俺が何か買って来よう」
クレアたちに向かって、ウィルがそう言った。
「よし! それじゃあ、美味いハンバーガーでも頼もうか!」
「えっ!?」
クレアは意外に思って思わず声を上げた。
「皆はどこが好き? キングバーガー? それともブーギーズ? ファイア・ガイズも良いよね?」
それはどれも巷にある手頃なハンバーガーショップである。
「大統領がハンバーガーだって? 庶民的だな」
「当たり前だろ、メアリカの大統領なんだぜ?」
「な、ファイア・ガイズってなんだ? それもバーガー屋か?」
「知らないの? 割と新しくできた若者に人気のショップよ」
「へぇ」
「大統領の口からファイア・ガイズの名前が出るなんて、意外よね」
なんとも庶民的で流行にも敏感な大統領の一面を、クレアたちは垣間見た。
「ところで、俺たちのチーム名ってなんなんだ?」
夕食を待っている間、誰かの一言でそんな話になった。
「しばらく一緒にやってくんだ。呼称は必要だろ?」
「それ、アベンジャーズとかそういうこと言ってる?」
「アベンジャーズって、何に対しての
「だから、喩えだって」
「そっちには何かチーム名はあるの?」
グリフィス天文台の男性職員がNASAのワッペンを付けた女性に問う。
「わたしたちは特に」と彼女は肩を竦めた。
「そっちにはあったな。確か……」
次にイーサンたちを見やって聞く。
「【イーグルアイズ】です」とイーサンが答える。
「まとめて【イーグルアイズ】でいいんじゃないか?」
ドウェインはクレアたちやNASAとDoDチームに向かって両手を広げた。
「ようこそ、【イーグルアイズ】へ。歓迎しよう」
次の瞬間、全員が顔を顰めた。ブーイングである。
「やめてよ、【イーグルアイズ】なんて」
「ダサいわ」
「子どもの頃のヒーローごっこでもそんな名前は付けなかったよ」
「おいおい、本物のヒーローに向かって随分だな」
ドウェインは肩を竦めてみせた。
「組織名が必要なら」
そう言うと、クレアは大統領に顔を向けた。
「大統領に決めてもらいましょう」
「ああ、そりゃいい。名案だ!」
「え? 僕が?」
黙ってコーヒーを飲んでいた大統領は驚いた様子だった。
「あなたの命名ならば、みんな納得します」
「その通りです、大統領」
「このチームのトップになる訳だしな」
「う~ん、こう言うのは苦手なんだけどね……」
苦笑いして首を横に振る。
「ただ君たちの言う通り、このことはいずれは公になるだろう」
大統領はクレアとイーサンを見てそう言った。
「その時のためにも、組織の呼称は必要か……」
天井を仰ぎ、少しの間考える。
「D-NEG……」
やがて、ぽつりと言った。
「え? ディーネグ?」
「ああ。ここにいる諸君は──EagleEyesに、DoD。NASAに
「なるほど、D-NEGですか」
「いいですね」
どうやら彼らの組織名は
やがて、大量のハンバーガーが到着した。
「やっと来たか。待ちかねたよ」
「出来立てです」
ウィルがそう返す。
「さ、食べようじゃないか!」
目の前のハンバーガーに手を伸ばしたその時、大統領の肩に手が置かれた。
「残念ですが、大統領。次の予定が」
「ロイ……」
国防長官を見上げ、大統領が顔を顰める。
「そりゃないだろう? メアリカ人に対して、出来立てのハンバーガーを前に立ち去れと言うのかい?」
「もう移動しないと。次の集会に遅刻してしまいますので」
「それ、何とかキャンセルできない?」
そう問われると国務長官は眉を寄せて肩を竦めた。
「チャリティーイベントです。子どもたちが待ってます」
「そうか。仕方ないな」
大統領は諦めたように笑い、立ち上がる。
「やれやれ、どうやら失礼しなければならないらしい」
「お忙しいんですね」
「ハハハ」
「我々に構わず行ってください。子どもたち、きっと喜びますよ」
「間違いないな!」
「すまないね」
大統領は国防長官と円卓を離れたが、すぐに踵を返す。
「っと! ただし、これは貰っていくよ? 大好物なんだ」
オーガニックバーガーを一つ手に取り、クレアにウィンクしてみせた。
左胸のバッジを整える。四つ星のロバのデザインのラペルピンだった。
四つ星のロバ──それは大統領の属する政党のシンボルである。
大統領のジョージと国防長官のオールディンの二人が部屋を後にする。次いで、統合参謀本部議長や四将たちも退室していった。
緊張感の漂っていた場の空気が一気に和らぐ。
「あ~、緊張した!」
誰かが溜息交じりにそう言った。
「ふふ、わたしもよ」
「俺、大統領に会うの初めてだったぜ」
「テレビで見るより素敵な人だったわね」
「しかし──」
首を横に振りながら、一人が溜息を漏らす。テーブルに目を落としたまま、ヒソヒソ声で続ける。
「胸に象のバッジを着けてたどっかの大統領のせいで、俺たちの国は滅茶苦茶になっちまったし、世界中の笑い者なっちまったけど」
そこまで言うと、皆をちらりと盗み見た。
特に誰も何も言わないが、皆、彼の言葉を肯定しているようだった。
前大統領、ポーカー大統領の政党シンボルは三ツ星の象──彼が大統領をしていた時代に、メアリカ合衆国では分断が進んだと、そう謂われていた。
「彼のお陰で、この国も持ち直しそうだ」
「まったくだな。世界に誇れる我らがビッグハート・ジョーだな」
出来立ての美味しいハンバーガーを頬張りながら、彼らはそんな話題に花を咲かせた。
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