第102話 The Pentagon
メアリカ国防総省本部庁舎、通称ペンタゴン──DoD
暗い通路を突き当りまで進むと、ウィルは立ち止った。目の前には黒々とした滑らかな扉が佇んでいる。
「ここだ」
彼が慣れた手つきで指紋認証と網膜スキャンをすると、その扉は音もなく開いた。
「もうみんな揃っている。我々が最後だろう」
ウィルに続いて、クレアたちも恐る恐る扉の奥に入っていく。
そこは広々とした部屋で、中央に巨大な円卓が置いてあった。そしてその円卓の席はほとんどが埋まっていた。
集まる顔ぶれが一斉にクレアたちに視線を向ける。クレアたちは思わず息を呑んだ。
まず目を引いたのはいかつい表情の男たちだった。
陸海空そして宇宙軍の大将である。更にはそれを束ねる軍事のトップ──統合参謀本部議長までも揃っている。
どの人物たちも只者ではない
軍人のほかにも、ウィルと同じ黒スーツの人々、胸にNASAのワッペンを着けた技術者たちまで、バラエティーに富んだ顔ぶれである。
そしてそんな中に【イーグルアイズ】のイーサンやドウェイン大佐の姿もあった。
だがクレアたちの視線は自然と、そんな人物たちの中心でにこやかに笑う一人に注がれることになる。
そこにはメディアで見ない日はない人物がいたからだ。
彼はクレアたちに気が付くと立ち上がり、両手を広げてみせた。
「やあ! ようこそ、ペンタゴンへ!」
「だ、大統領!?」
彼こそメアリカ合衆国第46代大統領ジョージ・バイデル、その人である。
大統領は自ら率先して動き、椅子を引くと気さくにクレアたちを手招きした。
「さ、こっちの席が空いているよ!」
「お会いできて光栄です、大統領」
「僕もさ」
クレアは大統領と握手を交わした。
「ジョージ・バイデルです」
「グリフィス天文台の研究員、クレア・ロビンソンです」
「ロスから呼びつけてしまって、すまなかった。長旅で疲れていませんか?」
「いえ、大丈夫です」
緊張で額に汗をかきながら、クレアは答えた。こんな地下の一室でまさか大統領が待っているなんて、想像だにしないことであった。
「君の様にパワフルで優秀な女性がこの国にいてくれることを誇りに思うよ」
胸に手を置くと、大統領はしんなりとした顔で首を横に振った。
ビッグハート・ジョー。
思わずクレアは心の中でそう呟いていた。
自由を愛し、多様性を重んじ、寛容な彼はいつしかビッグハート・ジョーと、そう呼ばれるようになっていた。
「君もそう思わないか、ロイ?」
「ええ、まったくです」
大統領の呼びかけに、横幅のある黒人男性がうなずく。
クレアは彼のこともよく知っていた。
ロイ・オールディン──現メアリカ合衆国国防長官である。
「ここは、ホワイトハウスか?」
クレアの同僚の男が、半笑いで呟いた。
すべての軍の大将と統合参謀本部議長と国防長官、極めつけは大統領。確かに今ここに、この国の中枢がすべて揃っていることになる。
「我が国は現在、建国以来の危機にあると言ってよい。ここはそんな危機に対応するために創設された極秘セクションさ」
ウィルはグリフィス天文台チームに向かってそう言った。
大統領もうなずく。
「この危機に立ち向かうために、君たちのような優秀な天文学者の知恵を是非貸して欲しい」
「ありがとうございます、大統領」
そう言うとクレアは遠慮がちに続ける。
「ですが正確に言うと、我々は天文学者ではなく、電波天文学者なのです」
そう言われて、大統領と国防長官は互いの顔を見やった。
「それは失礼!」と眉を大きく上げて笑う。大統領はその笑顔をほかの職員たちも顔を向けた。
「君たち、いつまで突っ立っているんだい? 遠慮なく掛けてくれ!」
「えっ!?」
「は、はい!」
「光栄です!」
慌てて職員たちも席に座る。
その後、ひと通り自己紹介が終わると、国防長官が口を開いた。
「今日は謎の飛行物体【スカイウインドウ】に関する最初の報告会だ。現地調査をおこなってくれた【イーグルアイズ】の諸君、謎の電波の発信源が【スカイウインドウ】だと特定したNASAとDoDのチーム、そしてその電波解析に成功した、グリフィス天文台からの心強い協力者たち……」
国防長官が円卓に座る顔ぶれを眺める。
「今日はここにいる全員でそれぞれが所有している情報を共有したいと思う」
国防長官は【イーグルアイズ】のドウェイン大佐を見やった。
「大佐、まずは君から頼む」
「わかりました」
ドウェインは立ち上がると大型モニターの横に並んだ。同時にモニターに画像が映し出される。
それは彼らが現地で撮影した【スカイウインドウ】の映像だった。ほかにも、全長や幅、推定重量などのさまざまな実測データも表示されている。
「なんてことだ……」
「驚いた。どうやって浮いてるんだ?」
大将たちが驚きの声を上げている。
クレア一行も【スカイウインドウ】の実際の映像を目にするのは初めだった。ウィルの話を半信半疑で聞いていたが、映像を見て、それが紛れもない真実であるのだと知る。
「ねぇ、クレア。表面に流れているあの文字って……」
同僚の女性がクレアに耳打ちする。クレアはうなずいた。
「私たちが復元したデータとそっくりね」
「どうやら、電波がアレから発信されていたのは間違いなさそうだな」
「本当に宇宙人からのメッセージとはね」
「ハハ、惑星間パーティーへの招待状かな」
クレアたちが小声で喋っていると、ドウェイン大佐が咳払いした。
「あ~、喋っても構わない?」
ドウェインはギョロ目を見開いてお道化てみせた。
彼の報告によると、【スカイウインドウ】は地球上のどんな素材よりも硬く、サンプルは一切採取不可能だったとのことである。
よって詳細な成分分析はできなかったが、サンプルを用いない計測により、地球上に存在しない金属であることはほぼ確定的らしい。
「また【スカイウインドウ】の表面は完全なフラットではなく、全体的に波打ち、文字が流れている面に向かってやや丸まった形状をしています。これらをAIに解析させた結果、これは本来、細い紐状だったと推定されます」
ドウェインが手元のタブレットを操作すると、モニターも次の画面へと切り替わった。
グラフィック化された【スカイウインドウ】が紙縒りの様に捻られて、棒状に細長くなる。
「そして、この折りたたまれていた面から、ある成分が検出されました。それが、これらの花粉です。我々はこの花粉の年代測定に成功、結果がこちらです──」
「な……っ!」
「嘘だろ!?」
モニターを見上げ、各軍の大将が驚きの声を上げる。思わず身を乗り出すものもいた。
「約一万年前の花粉……!」
「おいおい、マジかよ!?」
クレアたちも興奮して声を漏らす。
「解析ミスの可能性は?」
そう聞いたのは統合参謀本部議長であった。
「間違いはありません」
ドウェイン大佐がはっきりとそう返す。
「ならばコイツは、そんな大昔から地球上に存在していたことになるが?」
「あり得ないことですが、それが科学的事実です」
「なんということだ」
話を聞きながらクレアは自分がSFの森に迷い込んだ感覚に陥った。昨日まで一介の天文台職員に過ぎなかったのに、いつの間にか映画のキャラクターの一人になったようなフワフワとした気分になっていた。
大佐は次に、表面を流れる文字についても分析結果を報告した。一見ランダムに流れているように見える文字群だが、どうやら一定周期で同じ文字が繰り返されているらしい。
つまり、何らかのメッセージである可能性が高いのだ。
「我々は現在、この一連の文字群のテキスト化を進めています。未だ手探り状態ですが、そちらのグリフィス天文台チームが保有する情報と併せることで、何らかの進展があるものと期待しています」
そこまで言うと、ドウェインはちらとクレアたちを見やった。何やら物言いたげに口を動かす。
「?」
「……我々からは以上になります」
最後にそう言って席に座った。
「ありがとう、ドウェイン大佐」と大統領が言う。
「それに君も。確かイーサン君だったね?」
「ハイ」
「【スカイウインドウ】と最初に接触したのも君だと聞いているよ?」
大統領が立ち上がり手を差し伸べる。イーサンとドウェインはすぐに立ち上がり、大統領の握手に応じた。
「思わぬトラブルにも見舞われたとか……。大変危険な任務だったと聞いています」
「ええ。ですが、全隊員無事に帰還出来ました」
「それはよかった。ドウェイン大佐、君と勇敢な隊員たちに心から敬意を表します」
「「ありがとうございます」」
大統領は周りの人間を見ながら、ドウェインやイーサンに拍手を送る。周囲の人々もそれに倣った。
「話の腰を折ってすまなかった。ロイ、続けてくれ」
「ええ、では次にロビンソン教授。電波の解析結果の報告をお願いします」
国防長官はクレアに向かってそう言った。
クレアは緊張した面持ちでモニターの前に立つと、これまでの経緯を説明した。
謎の電波を複数受信し、それらを組み合わせることで意味のあるデータを復元できたことを報告する。
「こうしている今も、電波は絶えず送られてきていますが、私たちが分析をおこなった時点で復元できたデータはこちらになります──」
モニターが切り替わると、本の見開きのように左右に分割された画面が表示された。
見開き上部には左右対称に複数の鳥の画像が映し出されている。
そして画面下部には、右下に【スカイウインドウ】に流れる文字の様なものが表示され、左下は
更には定期的に音声の様なものも発せられていた。少し籠った錆びついた歯車の様な音である。音が聞こえるタイミングで、右下の文字が発光を繰り返す。
それらを目の当たりにして、その場にいた全員が驚いて声を漏らした。ある者は目を見開き、ある者は身体を大きく揺すり、ある者は驚きの余り頭を抱える。
冷静でいられた人間は誰一人としていなかった。
「とてもアメイジングでしょう?」
クレアはやや茶目っ気のある笑顔でそう言った。
威厳あるしかめっ面の大将たちが慌てふためくさまを見て、内心面白がっていたのである。
「定期的に聞こえてくるこの音、貴女はどう思いますか?」
大統領に質問され、クレアは画面を見やった。
「あ~、私たちはその道の専門家ではありませんので何とも言えませんが」と前置きしてクレアは続ける。
「我々は鳥のことををB・I・R・Dと綴り、
「つまり、これは宇宙人の肉声だと、そう言うんだね?」
「はい。そう考えます」
クレアの明言にその場にいる人たちが、また騒然となる。
「上部に表示されている鳥の画像は、どうやらインターネット上から拾ってきた画像のようです。同じフォーマットで鳥以外にも、様々なデータが送られてきています」
クレアはモニターを切り替えてみせる。
「馬や牛などの生物から、橋やビルなどの建造物、そのほかにも椅子やテーブルなど多岐に渡ります」
そこで言葉を区切ると、その場にいる人々を見やる。
「もう皆さんもお気づきだと思いますが、これは──」
「ファーストコンタクト」
呟くように言ったのはイーサンであった。
クレアも、ほかのメンバーも彼を見やる。
「相手は我々との交流を試みている……。そうですね、教授?」
「ええ」
クレアは笑顔でうなずいた。
「そのために彼らは私たちの言語を知りたがっているんです」
「つまり左下の
クレアは無言でうなずいた。
「我々が文字と音声を送り返し、データのやり取りを繰り返していくことで、やがてお互いの言語が理解できるようになる。今わたしたちが直面しているのはまさに、未知との遭遇なのです」
クレアはそう言って締めくくった。
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