第100話 Close Encounters of the First Kind

===メアリカ合衆国 高度国家機密情報ファイル:スカイウインドウ===


レポート01:第一種接近遭遇までの経緯──────


2023.01.25 HST(ハワイ標準時)21時52分11秒

ハワイ ベッカム空軍基地のレーダーがメアリカ本土へ向けて音速飛行する未確認飛行物体アンノウン一機を確認。その後、一瞬にしてレーダーから消失。


2023.01.26 PST(西海岸標準時)24時13分35秒

カリフォルニア州 サンディエゴ沖に停泊中の航空母艦シーペガサスより、F-22ラプター三機がスクランブル発進。


同日 24時58分59秒

ロサンゼルス沖380マイル、高度72,000フィート付近にて、目視により正体不明の緑色発光体を確認。

なおF-22の限界高度を超えており、至近距離での確認は困難。


同日 11時15分

謎の発光体【スカイウインドウ】の大統領命令による撃墜を決定。


同日 14時46分22秒

【スカイウインドウ】撃墜作戦開始。

巡航ミサイル十発を命中させるも目標の撃墜には至らず、作戦失敗を確認。


2023.01.28 11時54分17秒

巡航ミサイルによる三度目の撃墜作戦開始。しかし、目標の破壊及び撃墜は確認できず。作戦は失敗と判断。

これにより撃墜作戦は一時凍結。高レベル監視体制へと移行。


2023.01.28 19時00分

メアリカ合衆国空軍及び宇宙軍の選抜メンバーを招集。【スカイウインドウ】の監視及び調査を目的とした合同チームを編成。


2023.01.29 10時00分

宇宙軍が開発、試験運用中の成層圏巡洋飛行船ザマァワンを実戦配備。

空軍・宇宙軍の合同チーム【イーグルアイズ】による第一回目の調査飛行を開始。


なお、この調査飛行を以って、未確認飛行物体及び地球外生命体との接触レベル【第一種接近遭遇】とする。


──────


TWO HOURS LATER...


「本機はあと五分で現地に到着する!」


 筋肉の鎧を身に纏いしスキンヘッドが、隊員たちに向かって鋭い眼光を飛ばした。


 ドウェイン・ジェンセン、精鋭部隊をまとめる指揮官の漢である。


「各自、装備の最終点検を怠るな!」


 左右に並んで座っている隊員たちを見て、ドウェインは命じた。


 その言葉で、隊員たちもテキパキと動き出す。座ったまま、装備品のチェックを始める。


「クククッ! ワクワクするなぁ」


 隊員の一人が、にやけながら独り言を言った。


「こんなに早く、夢にまで見た接近レベル第一種──ファーストコンタクトに立ち会えるなんてよ!」

「第一種? なんだい、そりゃ?」


 独り言に言葉を返され、男が横を向く。


 そこには砂色の金髪に灰色を帯びた青い瞳の青年が座っていた。


「地球外生命体や未確認飛行物体と接触した際の段階のことさ」


 男がそう返すと、青年は「へぇ」と眉を大きく上げて笑う。まったくもって、爽やかなハンサム・ガイであった。


「第一種ってのは文字通り、その第一段階。極めて至近距離でUFOなどを目撃することを言うんだ」


 対面に座る女性隊員と目が合い、男は不意に彼女へウインクを飛ばした。


「肌が触れ合うほどの距離でね」と言って、彼女に向かい手をモミモミさせる。


 女性隊員は呆れたように首を横に振って笑った。


 男が青年に視線を戻すと、彼も苦笑しているようだった。


「まさに、未知との遭遇ってわけだ」

「まあな」


 男が肩を竦める。


「【スカイウインドウ】が本当に宇宙人に関連するものなら、今日の活動がおそらく本当の意味で、人類最初の接近遭遇になるだろう。"SF映画"なんかじゃなくってな」


 男は両手でVサインを作ると、ハンドサインでにぎにぎとやってみせた。


「正式名Close Encounters of the First Kind──第一種接近遭遇。俺たちは歴史の生き証人になるってことさ」

「なるほどね」


 青年がうなずく。


「ところで、第一種ってことは、第二種や三種ってのもあるの?」

「ああ、勿論! 第二種接近遭遇は、UFOや宇宙人によって人や生き物、電子機器などが物理的な影響を与えられること。そして第三種が──」

「おい、イーサン!」

「!?」


 急に声を掛けられて、男はそこで言葉を途切れさせた。だが、実際に名を呼ばれたのは彼ではなかった。


「ハイ、大佐!」


 青年は背筋を伸ばし、やや慌てて真面目な表情を作った。


「学生気分が抜けないのか?」

「違います、大佐!」

「そうか。だが、講義の時間はそのへんで終わりにしておけよ?」


 ドウェインが呆れたように片方の眉を上げてみせる。


 隊員たちがそれを聞いてクスクスと笑った。


 指揮官は腕時計で時間を確認すると、両手を腰に回した。


「さて、そろそろ現着時刻だ」


 静かにそう言うと、彼も表情を引き締める。


「皆知っての通り、空に開いた窓──【スカイウインドウ】は三十発以上のミサイルを浴びせても破壊も撃墜も出来ない化け物だ。その正体も作られた目的も、すべては謎に包まれている。だがな、たった一つ、はっきりとしていることがあるぞ──」


 そこで言葉を区切ると、隊員たちの顔をゆっくりと眺めた。


標的ヤツは空軍と宇宙軍が防衛する我らが祖国の領空を侵犯し、この現在も我らの庭にのうのうと居座っているという事実だ。相手がアンノウンである以上、この一点において、我々は標的ヤツを敵と見做さねばならない!!」


 隊員たちの表情から笑顔が消えた。祖国を守る、兵士の顔へと変わる。


 それは、男も青年も同様であった。


「そこで今回の任務ではまず、標的の汚染レベルの調査から入る。その後、各班に分かれ実測、記録撮影、サンプル採取などの作業に移る。俺たちの庭に許可なく入っておきながら、仮面をつけたまま正体を隠す不届き者を丸裸にしてやれ!!」

「「「はいっ!!」」」


 隊員たちが一斉に応じる。


「なお、汚染レベルによっては、防護服を着用した過酷な任務になるだろう!! 総員、気を引き締めて自らの職務を全うせよ!!」

「「「はいっ!!」」」

「以上だ!! 準備開始!!」

「「「はいっ!!」」」


 隊員たちが一斉に立ち上がる。男と青年も、それに従った。


「俺は普段、宇宙軍の情報部門で解析を担当してる。アダム・ジョー・ウィリアムズだ」


 男は青年に向かってそう言った。短髪の黒人である。青年に握手を求めた。


「アダム・ジョーだね、よろしく!」


 青年が手を取って握手を交わす。


「AJでいいよ」

「OK! よろしく、AJ!」

「ああ、よろしくな」

「僕はイーサンだ。イーサン・ハート」

「知ってる」


 AJが肩を竦めて笑ってみせた。


「よろしく、イーサン」

「よろしく」

「おい、見えてきたぞ!」


 挨拶をし合っていると、後ろでそんな声がした。


 誰もが機内の窓から外を見やっている。イーサンとAJも空いた窓から外を見やった。


 壁に取り付けられた巨大なモニターには、【高度:73,000ft】の文字が映る。


 73,000フィートはメートル換算で約22,250メートル──彼らが今いるのは、地上より20キロ以上上空の成層圏であった。


 成層圏に雲はない。雲は彼らの遥か下に、綿の絨毯のように広がっているばかりだった。


 戦闘機乗りでもなかなか拝めない光景であるが、彼らが驚いているのはそんな風景ではなかった。


「おいおい、なんだ、ありゃ……!」


 誰もが釘付けになっているのは、蒼穹にぽっかりと開いた横長の窓である。


 薄っすらと緑色に発光していた。


 だがイーサンだけはさほど驚いていなかった。なぜなら、彼こそ【スカイウインドウ】を目視にて最初に発見した人物だからである。


 F-22の限界高度を超えて飛行し、あわや墜落するところだったが、どうにかその緑色の発光体を発見できた。


 彼の戦闘機に搭載されたカメラの映像は有益な情報をもたらし、大統領にも資料として提供されることになる。


 まだ空軍に入隊して間もないイーサンだが、その優秀さと(少々無謀ではあるが)その勇敢さが評価され、【スカイウインドウ】に関わる重要人物として、【イーグルアイズ】に召集されたのだった。


「今日は一段と良く見える」


 窓から【スカイウインドウ】を見て、イーサンは呟いた。


 あの時は夜だったし遠かったためはっきりとは視認できなかった。だが今は手が届きそうなほどに近い。


 成層圏巡洋飛行船ザマァワンは、更にその距離を近付けるべく、ゆっくりと滑空していった。


 近くで見ると、その表面はとてもよく磨かれた鏡のようで、周囲の風景を映し、発光していなければ、周囲と同化して発見するのも難しいように思われた。


 だが、彼らはまだ知らなかった。その裏面に何があるのか……。


 ザマァワンが螺旋を描くように下降しながら、【スカイウインドウ】の周囲を飛ぶ。


 ゆっくりと、裏側が見えてきた。


「ワーオ!」

「オ、マイガァ──」

「おいおい、なんだありゃ……」


 それを目にして、隊員たちが思わず声を上げる。


「コイツは驚いた」


 指揮官のドウェインもそう言ってギョロ目をひん剥いた。


 そこには、見たこともない不可思議な、記号とも文字とも解釈できるものが絶え間なく流れていたからだ。巨大なスマホの画面の様だった。


 詳しい調査をしなければ、まだ結論は出せない。


 だからこそ、誰も何も言わなかったが、この時、多くの隊員は確信していた。


 標的【スカイウインドウ】は地球上のどこかの国や地域によって造られたものではないと。敵意の有無やメアリカ合衆国にとって脅威かどうかはさておき、これは【宇宙由来】のものであると。




 まずは船内から、機器を用いた汚染レベルの調査がおこなわれていた。


「放射性レベル、標準値……クリアです!」

「有毒ガス、検出無し……クリア!」


 一人また一人、指揮官に向かってそう声を上げる。


 それは機内の巨大なパネルにも映し出されていた。汚染レベルが高いほど赤色になり、問題がなければ緑色になる。


 いろいろな項目があるが、すべてグリーンである。


「オールクリア! 汚染は確認できませんでした!」


 報告を受け、ドウェインはうなずいた。


「船外調査に移る!」


 腕組みをしたまま立ち上がり、彼は静かにそう言った。


 イーサンは神妙な顔つきで、もう一度窓の外の【スカイウインドウ】を見つめていた。

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