第98話 もしも明日、死ぬとしたら
12月23日金曜日──
「蓮~人、明日って暇?」
「明日? なぜだ」
「なぜって、クリスマスだからに決まってんじゃん!」
「私たち、明日みんなでクリパする予定なんだ」
「クリパ?」
「クリスマスパーティーだよ」
「凡野くんが来てくれたら、盛り上がるだろうし。ワタシらもめっちゃ嬉しいしさ」
「今年はさ、ちょうど土日がクリスマスじゃん!? みんな彼氏と過ごしたり、友だちとクリパしたり、大盛り上がりだよ?」
諏藤が大きく手を広げたので、俺は教室を見回した。
確かにここのところ、どこもそんな話題で溢れ返っていたな。
「遠慮する」
だが俺は四人にそう返した。
「明日は家族と過ごす予定なんでね」
イブの日は家族のためにディナーを作り、皆で晩餐を楽しむ計画だ。
俺がそう言うと、諏藤たちは眉を寄せて非難の声を上げた。
「クリスマスを家族で過ごすとか、小学生までじゃーん! 友達とか恋人同士で過ごすじゃん、フツー」
「馬鹿を言うな。お前たちもたまには家族との時間を大切にしろ」
そう言ったが、諏藤はなおもブーブーと言ってくる。
「あの~、蓮人くん……」
今度は横から遠慮がちに声が掛けられる。信吾だ。
「どうした、信吾」
「クリスマスの日って空いてる?」
「日曜か?」
「うん」
信吾はうなずくと、きらりと目を輝かせた。
「今日さ、『やりこみ都市伝説』の放送があるでしょ? 冬スペシャル! 僕、それ録画するからさ、日曜に僕ん
『やりこみ都市伝説』とは、オカルトが好きな彼が最も愛するテレビ番組である。
「ついでにお昼もうちで食べなよ。お母さんもね、是非そうしてもらいなさいって」
「それは楽しみだ。その言葉に甘えさせてもらおう」
「ちょっ、待て──い!!」
すかさず諏藤が割って入って来た。
ほかの三人も声を揃えてツッコミを入れてくる。
「ひどいじゃん、蓮人!!」
「そうだよぉ! 私たちの誘いを断っておきながら、なんで緑屋くんと遊ぶのさ」
「お前たちの誘いは明日、24日だろ」
彼女たちを見て俺は返す。
「イブは家族と過ごす。だが、25日に予定はない」
「んじゃあアタシたちも25日にしますっ!!」
「すまないが、たった今、先約が入った」
俺は信吾を指差した。
「ガルルルル……!!」
唸りながら諏藤が信吾を睨む。
信吾は身を反らして困ったように笑っていた。
「実はね、お母さんが間違えてクリスマスのケーキ二個買ってきちゃったんだ」
帰り道、信吾は白状するように言った。
「それに、イブの夜は僕ん家もパーティーするんだけど、いっつもお母さん張り切ってたくさん料理作っちゃうから……」
「ハハハ、なら俺は残飯処理要員として呼ばれた訳か」
「ちょ、人聞きが悪いよ~!」
信吾がフルフルと首を横に振る。
「けど蓮人くんが来るって知ったら、きっとお母さん張り切っていつもより豪華な料理作ってくれると思う。お母さん、蓮人くんのこと大好きだから」
「そうか。楽しみにしているよ」
「僕も今夜はリアタイで観るの我慢するよ! 日曜一緒に観たいからね」
拳を握り込むと、信吾は鼻息を荒くした。
「テレビのことか? 別に二回見ればいいだろ」
「ううん、初見で一緒に楽しみたいんだ! そんで、そのあと色々と考察すんの」
「本当に信吾は都市伝説が好きだな」
「当然だよ! それに今回はシュメール神話とギョペクリテペ遺跡の謎を解明する回だからね、楽しみぃ!!」
いつにも増して興奮気味な信吾を見て、俺も思わず笑ってしまった。
そして日曜の夕方。
予定通り俺は信吾の家で一日、のんびり楽しく過ごした。
夕食も食べていけという彼の両親の気遣いを丁重に断り、俺は一人で帰途につく。
すっかりと陽が落ちて、あたりは暗い。けれど、顔を上げると天には雲ひとつない星空が広がっていた。
近所にあるいつもの公園を通り抜ける。
街灯の下で、俺は立ち止った。
「……」
目の前には左右に並ぶ二つのベンチ。
俺が松本さんの死を知った、あのベンチだ。
今から十五年後、この場所で俺は彼女の死を聞かされることになる。
あの時、柴原は言っていた。
──松本さんは卒業式直前で死んだ、と。
その言葉から推察するに、恐らく三年生の三学期、卒業を目前に控えて、何らかの理由で死ぬことになる。
だが、その死因が何であろうと、どんな運命が待っていようと、俺が必ず阻止してみせよう。
「あれ、凡野、くん?」
小さな声がして横を向く。
松本さんが立っていて俺を見ていた。
「松本さん……」
「凡野くんも、今帰り?」
「ああ、信吾の家からね」
よく見ると松本さんの格好は髪型も服やバッグも、どれも余所行きというか、いつもよりもお洒落な装いだった。
「松本さんもどこかの帰り?」
「うん。クリパだよ、クリパ」
「クリスマスパーティーか。いつもの三人で?」
「そう。美月と雫の三人でね」
笑いながら松本さんがベンチに腰掛ける。あの日、柴原が座っていた方のベンチに。
俺はその隣の──あの日、自分が座っていたベンチに座った。
松本さんを見ると、彼女はやや戸惑う様に目を瞬かせ、小さく口を開けていた。
「どうかした?」
「うぅん、何でも」
松本さんが首を横に振る。空を見上げると、フーッと白い息を吐いた。
「それにしても冬本番って言うか、近頃めっきり寒くなったね」
「ああ、今夜からまた一段と冷え込むらしい」
「凡野くんは、クリスマスな週末は有意義に過ごせたかな?」
冗談めかしながら聞いてくる。
「ああ、それなりにね。松本さんは?」
「わたしたちも、すんごく楽しかったよ」
松本さんも今日は一日、
楽し気に話す松本さんを、俺は黙って見つめていた。
「凡野くん?」
「ん」
「どうしたの?」
「いや別に。楽しい週末を過ごせて良かったね」
「うん」
うなずくと松本さんが飛び切りの笑顔になる。
「……」
俺は黙って星空を見上げた。
「ねえ、松本さん」
「なに?」
「一年の時のこと、憶えてる?」
夜空を見上げたまま、俺はそう言った。
「え? 一年生の時?」
「うん」
うなずくと、俺はまっすぐ彼女を見つめる。
「一年の頃、廊下で俺が筆記用具を落とした時、松本さんだけが拾うのを手伝ってくれた。ボールペンを俺に手渡して、今みたいな笑顔で」
そう言うと俺も笑った。
「俺にとって、あれが松本さんとの出会いだった」
「そう……」
「ずっと。ずっと前から聞きたかったことがある」
「うん、いいよ」
一呼吸置いて、俺は続ける。
「松本さんはなぜ、俺に優しくしてくれたの? なぜ俺に、いつも笑顔で接してくれたの?」
「……」
そう問われた松本さんは、深く思いを巡らせているようだった。
少しの沈黙の後に、口を迷わせながらも彼女は答えた。
「もしも明日、死ぬとしたらさ……」
「えっ!?」
俺は思わず心臓が止まりかけた。
「だからもしもだよ、そんなに驚かないで」
松本さんは俺の驚きようを見て、アハハと笑った。
「もしも明日死ぬとしたら、最後にその人に見せたわたしが怒っていたり不機嫌だったりしたら嫌だなって」
星空を見つめて、彼女は言った。
「最後にその人に見せた姿は笑顔でありたいなって。せっかくなら、やっぱり笑顔を思い出してほしいもんね……」
「そう」
俺を見つめて、松本さんは「うん」とうなずいた。
「それが、松本さんが俺に優しくしてくれていた理由だったのか」
「けれど、わたしは別に優しくはないよ……」
「そんなことはないと思うけどな」
そう言うと、松本さんが地面に視線を落とす。
「凡野くんってさ、いじめられてるでしょ?」
その言葉に、俺は微かに心が揺れた。
「いや、今は違うのか。けど、いじめられてたでしょ? みんなから無視されて、暴力振るわれて」
「……知っていたのか」
「そりゃ、同じクラスじゃなくたって普通分かるじゃん」
俯いた顔を上げる。
松本さんは笑っていたけれど、その笑顔はとても悲しげだった。
「けれど、わたしは止められなかった。ちゃんと言葉にしてみんなに『イジメなんて止めよう』『暴力や無視なんて良くないよ』って言えなかった。言葉にする勇気さえなくて……」
俺から目を逸らすと、口をきゅっと結ぶ。
遠くを見た後、彼女はゆっくりとまた、俺と目線を結んだ。
「だから、わたしはただあなたに優しくすることしかできなかったんだ。『わたしは少なくとも味方だよ』って、『いつでも助けになるよ』って気持ちで……」
「伝わってた、十分。ありがとう」
「そうだったんだ。嘘でも嬉しい」
「嘘じゃないさ」
俺はゆっくりと否定した。
「それに、やっぱり松本さんは優しい人だ。それに勇気のある人だ」
「そんなこと、ないよ」
「いいや、本当だ」
真剣な目で俺は松本さんを見つめた。
「君は手ひどい暴力を知った上で、女子の多くが俺を無視し、虫けらの様に扱う中でただ一人、優しくしてくれた
「……」
「誰しも自分が大切だ。そんなイジメの矛先が自分に向くのは怖い。それなのに、君はイジメを知った上で、当たり前のように接してくれた。それは弱い人間に出来ることじゃない」
「凡野くん……」
少し考えてから、俺は言葉を続ける。
「俺は不登校だった時、旅に出ていたんだ」
「旅に?」
「ああ、とても長い旅だった。その旅路で、俺は様々な人たちに会ってきた。だからこそ言える」
そう言うと、俺は彼女の方に寄って、手を伸ばした。
俺の手を見つめ、彼女がそっと手を重ねる。
俺はもう片方の手で、松本さんの手を包んだ。
「老若男女問わず、松本さんのようなことが出来る人間はそうはいない。君がしてきたことは、それほどに勇気や優しさが必要だからね。そんな君に、俺はずっと救われてきた」
じっと彼女を見つめて、思いを伝える。
「だから、もうこれ以上、罪悪感など感じなくていい」
「……ありがとう」
松本さんの瞳の淵が輝いて、涙が一筋零れ落ちた。
肩を震わせて、彼女は泣きはじめた。
しばらくの間、俺は黙ったまま、ただ彼女の熱い手を握っていた。
その間に、【鑑定】のスキルで、俺は松本さんのステータスを確認する。
***
名 前 松本あいな
称 号 ―
年 齢 14
L v 6
◆能力値
H P 42/42
M P 15/15
スタミナ 17/17
攻撃力 13
防御力 11
素早さ 16
魔法攻撃力 6
魔法防御力 6
肉体異常耐性 10
精神異常耐性 11
◆根源値
生命力 10
持久力 8
筋 力 5
機動力 6
耐久力 3
精神力 4
魔 力 4
【精神異常】
精神不安
***
医学的にも松本さんの身体に不調は見られない。本人も自覚していないような病気の影も見当たらなかった。
しかし、以前【鑑定】した時の彼女のレベルは5だったはずだから、1レベル上がっている。体育祭の練習を通じて、【ステータス】が上がったのかもしれない。
「精神不安」は出ているが、今の松本さんのメンタルを考えると無理もないだろう。
「だいじょうぶ? 落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
落ち着きを取り戻した松本さんが、ハンカチで涙を拭う。
「寒くなってきたね、帰ろうか?」
「うん」
「家まで送るよ」
二人で立ち上がる。
ふと、彼女が座っていたベンチを見ると、街灯の光でキラキラと何かが輝いていた。
手を伸ばして拾い上げる。
ペンダントだ。チェーンのフックが外れていた。
そのペンダントは鍵の形をしていて、とても精緻な作りだった。赤い小さな宝石が煌めいており、相当高価な宝飾品に思えた。
「松本さん、これ」
「ん? あっ……!」
俺の手にあるペンダントを見て、松本さんが顔を強張らせる。
「松本さんの? ここに落ちてたけど」
「うん」
まるで見られてはいけないものでも見られたような、一瞬、彼女はそんな表情をした。
「返して、お願い……」
「え? ああ」
俺はそれを、彼女の手の平に乗せる。
「ごめん、大切なものだから」
「そうか」
松本さんがこんなものを大切にしていたとはな。
俺は意外に感じた。
こういったアクセサリーを身に着ける印象を持っていなかったが。いや、それは偏見か。女の子だものな。興味があって当たり前かもしれない。
歩き出す松本さんの後姿を見て、そう思いなおす。
それによくよく考えてみると、俺は松本さんのことを、まだなにも知らないのだ。
今までは距離を置き、あまり親しくしないように努めていたからな。
「松本さん」
追い縋って、松本さんの横に並ぶ。
「なに?」
「最後に確認なんだけどさ、本当に何もないんだね?」
「なにが?」
キョトンとして、松本さんが首を傾げる。
「いや、さっきの話。もしかして松本さん、不治の病に侵されているとか?」
「嫌だな、そんなわけないじゃん!」
今度は困ったように笑い出した。
「なら、実は魔女の呪いで余命幾ばくもないとか?」
「まさか!」
「そう。ならいいけど」
俺も肩を竦めて笑ってみせた。
「ねぇ、凡野くん……」
「ん?」
「手、繋ごうよ」
「えっ? あ、うん」
こちらにわずかに向けられた彼女の手を、俺は握った。
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