第96話 王と神の共闘

 俺とアルベスタが自らの力を解放すると、それぞれの【王威】と【神威】は、オーラの奔流となり、目に見える形で全身から溢れ出した。


 アルベスタからは眩い光が放射状に広がっていく。更に彼女の周囲を青白い粒子がブリザードのように吹き荒れた。


 光を受けて、その粒子はダイヤモンドのように煌めいている。まさに神々しい戦姫神の【神威】である。


 一方、俺の身体からは空気を引き裂く雷鳴と共に無数の黒い稲妻が迸りはじめた。と同時に、俺の全身を包むように火焔も噴き出す。


 その火焔は血塗られたような赤みを帯びた黄金色をしていて、周囲を焼き尽くすように広がっていく。


 具現化された【王威】と【神威】に、その場にいる者たちはただ圧倒され、身を縮こまらせるだけしかできなかった。逃げ出すことさえも、叶わない。


 一切のも、奪われていた。


「神聖なる戦を穢した罪を知れ」


 オーラの嵐が収まると、アルベスタはそう言った。


「安心しろ、殺しはすまい。お前たち次第だがな」


 フッ──


 そう言った次の瞬間に、彼女の姿は消えた。


「なっ!?」

「き、消えた??」


 戸惑った声の直後──


「っが!!」

「ぎゃっ!!」


 あちこちから苦し気な声が上がり始める。


「なんだ!?」

「どうした!?」


 男たちが慌てた様子で、キョロキョロと周囲を見回している。


「オイ! 何をやってる!?」


 凌馬が仲間を押しのける。


「今はふざけている場合じゃ──ッヒ!?」


 言葉の途中で、声を裏返した。


 腕を切断された塾生を見たからだった。


「うっ、腕がぁ!!」

「これは、一体……!?」


 ズパパンッ!!


「え?」

「は?」


 凌馬のそばに居た男たちの腕や足も、一瞬で切断され、宙を舞う。


「……あああああ!?!?」

「あっ、足がぁぁ!!!!」


 蹲り身悶えする。


 今自分たちは何者かの急襲に遭っている。


 恐らく、犯人は消えたアルベスタだ。


 そこまでは、奴らも理解できているようだが、誰一人、視覚に捕らえることは出来なかった。


 当然、俺には彼女が何をしているのか分かる。


 特別な武器などは使っていない。


 恐ろしく切れ味の良い、手刀。


 俺の眼にしか視えてはいないだろうがね。


 奴らが愕然としている間にも、一人また一人腕や足が飛んでいく。姿なく、音もなく。


 凌馬たち、SSSランクの精鋭たちは顔を真っ青にして狼狽するしかなかった。


「おい……」

「っ!!」


 俺が声を掛けると、凌馬は脂汗たっぷりの顔をこちらに向けた。せっかくのメイクもドロドロに溶けて台無しである。


 俺は彼ら九人を見やって問う。


「俺への【拷問】はどうしたのだ。まだ俺は、まったくの無傷だぞ?」


 手を広げると、奴らにゆっくりと近づいていく。


「さあ、かかってこい」


 そう言うと、アルベスタを見やる。


「彼女は手刀で戦っているからな、俺はこれ──」


 人差し指を立てた。


「指一本で戦ってやろう」

「チッ! ふざけやがって!!」


 九人は素早く距離を取った。


「囲め────ッッッッ!!!!」


 三頭の一声で、SSSランク九人が俺を囲む。


 ジャキッ!!


 キュリリッ!!


 奴らは隠し持っていた武器を取り出した。


 凌馬たちは両手にダガーを握る。湾曲した鋭く光る暗殺用の短剣だった。


 邪鬼たちはいかついブレスレットやネックレスから、ワイヤーを引っ張り出して身構える。


「俺たちが火炎で奴を撹乱する!! その隙に全員で奴を叩けっ!!」


 三頭の一声で南雲兄弟も火炎放射器を構えた。


「全身の腱と動脈、搔っ捌くぞ!」


 凌馬が仲間たちにそう言った。


「耳、鼻、指……、全部削ぎ落してやんよ!」


 邪鬼も俺を睨む。


「SSSランクの真の実力、見せてやる……!! 私たちの桁違いの戦闘能力、思い知るがいい!!」


 三頭が火炎放射器のノズルを俺へと向けた。


「すまないが、もうすべて終わったよ」

「……なに??」

「戦闘中、ごちゃごちゃと喋るものじゃない。特にお前、敵が目の前にいるのに作戦を話すな、阿呆」


 俺は呆れて肩を竦めた。


「終わったって、なに言って……っ!?」


 凌馬が違和感を感じ、自分の肩を見やった。


 彼の肩が少しずつ赤くなってくる。


「ぐっ!? あ、熱い!! なんだこれはっ!?」


 苦し気に凌馬が肩を押さえる。


「ぅ、ぐあぁ!!」


 次第に、彼の肩はマグマのようにオレンジに発光し、次の瞬間──


 バスッッ!!!!


 溶岩が爆ぜるように肩に穴が開き、腕が床に落ちた。


「ぐあぁぁぁぁっ!?!?」


 絶叫し、転げ回る。


「なっ? なっ?」

「今、何が!? 何が起きた!?」

「貴様っ! 今コイツに何をしたっ!!」


 三頭が顔面を崩壊させて叫ぶ。


「指先で、軽くつついただけだが」

「ゆ、指で、だと!?」

「それと、だけではないぞ? さっき、すべて終わったと言っただろ?」

「なにっ!?」


 彼らの肩も赤く発光し出す。そして──


 バスッッ!! バスッッ!!


 どろりと肩に穴が開き、残る八人の腕も順番に床に落ちていった。熱で溶解したのだ。


「ぅ゛ぅ……っ!」

「ぁ……! が……!」


 十秒も立たぬうちに、九人は俺の周囲に蹲っていた。


 彼らの血の海の中に、俺は一人で立つ。


 そして、思考停止で呆然と立ち尽くす伊谷味たちに首を巡らせた。


 がくがくがくがくがく……!!!!!!


 ぶるぶるぶるぶるぶる……!!!!!!


 俺と目が合うと、奴らは滂沱の汗を流し始め、痙攣するように震えはじめた。


「さて、次はお前たちだ」

「ちょ、待ってって!」


 俺が近付いていくと、騎琉斗は訴えるように両手を広げた。そして、横にいるマンタたちを指差す。


「俺は悪くない!! 全部こいつ等が悪いんだよっ!!」

「は? 違うし!!」


 マンタは口を尖らせた。


「聞いてくれよ凡野!! 悪いのは全部この伊谷味なんだよ! この親子、ヤバいんだって! 僕はただ、脅迫されただけなんだ!」

「オレも本当はこんなことしたくなかったのに、無理矢理先輩たちがさぁ……」


 哀れな表情を作ってマンタや安本が訴える。


 それを見て、騎琉斗は顔を真っ赤にした。


「てめぇら、他人のせいにしてんじゃねぇ!! ゴミがっ!! お前らも乗り気だったじゃないか!!」

「違います~、議員の息子のあんたに脅迫されただけです~」

「てめぇ!!」

「醜い仲間割れはよしてくれ……」


 罵詈雑言を浴びせ合う奴らを見ていると、呆れて溜息が漏れる。


「私には、何よりも許しがたいことがあってね」


 ゆっくりと彼らを見据える。


「私を傷つけるために、ほかの誰かを標的にすることを、私は絶対に許しはしない。だが、お前たちは私の仲間を傷つけた。武断塾と言う組織まで利用し、彼らを拉致し、脅し、暴行し、殺そうとまでした……。そんな奴らを見逃すと思うか?」

「ま、待て。凡野くん!」


 そう言ったのは伊谷味近蔵であった。


「早まるな。冷静に話し合おう」


 ハンカチを取り出し、脂汗を拭う。


「どうだ? 君、【権力】に興味は無いか? 私にはね、すべてを手に出来る【権力】があるんだ。私の配下となれ。そうすればこのチカラ、君にも与えてやろう」


 表情を引き攣らせつつも、得意げに片方の眉を上げた。


「ん? 君にも欲しいものがあるだろ? 金も、女も、地位も、およそこの世の何もかも思いのままだ。どうだ、すごいだろ? お? 【権力】があれば、なんだって手に出来るぞ?」

「【権力】とは、そんなにも優れたチカラなのか?」


 俺が喰いついたと思ったのか、近蔵は飛び切りの笑顔になった。


「あ、ああ! ああ!! その通りだ!! 【権力】さえあれば、欲しいものは何でも手に入る!」

「ならばまずは、目の前の危機をその【権力】とやらで防いでみせよ」

「え?」


 次の瞬間、俺はすべてを終えて、奴らの背後へと抜けた。


「き、消えた……」

「ど、どこだ!? 奴は──!!」

「後ろだ、阿呆」

「!!!!」


 驚いて振り返る。


「残念だったな、もう終わったよ」


 ジリ……ッ!!


「う、うわあぁ!?」


 自分たちの肩や足が赤くなっていくのを見て、伊谷味たちが悲鳴を上げる。先ほど見ていたのだから、彼らはもう知っているのだ。


 数秒後の自分たちの運命を。


 バスンッ!! バスンッ!! バスンッ……!!


 熱によって肩や足が溶解し、爆ぜていく。


 一人また一人と床に崩れ落ちる様を、俺は何の感情もなく見ていた。


 バス、バス、バス、バスンッッ!!!!


「あ゛あ゛あ゛────!!!!!!」


 近蔵だけは、両腕両足ともに溶け落ちる。


 胴体だけになって転げまわった。


「【権力】とやらも、大したことはないな」


 近蔵を見下し、鼻で息を吐く。


「お前の言う【権力】とやらに、興味などない。それに、【権力】さえ持てば何でも手に入り、なんでも出来るなどと思いあがるな。とある場所で、お前よりも遥かに高い【権力】を持っていた俺からの忠告だ」


 それに、すべてを超越した今となっては、そんなものも必要ではない。


 とっ。


 消えていたアルベスタが俺の隣に姿を現した。


 その両手は腕まで鮮血に染まっている。


 ビッ!!!!


 無表情のままに、彼女が腕を振って血を払う。


 ここまで、ほんの数分の出来事。


 今や倉庫の中は阿鼻叫喚が木霊していた。


 文字通り、倉庫内は血の海である。生肉と生き血の匂いが充満する地獄絵図だった。


「失血死寸前の者もいるようだから、寝たままでいい。これから起こることを、よく見ていろ」


 奴らに向かって、俺は言った。


「な、これ、以上……。なにを」

「た、助けテ……」

「掃除の時間だ」


 そう言うと俺は手を頭上に掲げた。


「禁忌魔法──【太陽創造ソール・クレアチオ】。使うのは邪神ウラガルファとの戦い以来だな」


 小さく、俺は呟いた。

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