第95話 アンブレイカブル

「そう言うことか……。小賢しい真似を!」


 動揺する男たちの中で唯一、凌馬だけは冷静だった。


 顎に指を添え、何かを悟ったように呟く。


「どういうことです、凌馬さん?」

「あれは、体術だっ!!」

「えっ!?」

「たっ、体術すか……??」


 訳の分からないことを言い出している。


「浅い斬撃なのをいいことに、身体を微かに動かし、躱していたんだ!! 流石はSランク相当ってところか」

「チッ! そうだったのか、脅かしやがって!!」

「小癪な真似を……っ!!」


 風間とYU-YAが俺を睨む。


 凌馬は刀を構えなおした。


「行くぞ、YU-YA!! 本気で切断オトすぞ!!」

「おうっ!!」


 二人同時に斬りかかってくる。


「ぅおおらぁっ!!」


 YU-YAが袈裟斬りを仕掛けてくる。


 俺はそれに合わせて腕を上げた。


「まずは右腕、貰ったぁぁぁぁ!!!!」


 バキンッ!!


 激しい音がして、YU-YAの刀も折れてしまった。


「ハッ!?!?」


 彼の瞳孔が開く。


 ドスッッ!!!!


 凌馬の刀は俺の肩に当たり、そこで止まっていた。


「因みにさっきは……」


 その刀を素手で掴むと、もう片方の手の人差し指で爪弾く。


 パキ──ンッッ!!!!


 さっきと同じ音がして、刃先は飛んでいった。


「こうしたんだ」


 二人に笑いかける。二人の顔は真っ青になっていった。


 真顔に戻すと、俺は奴らに告げる。


「日本刀如きで俺を殺せると思っていたのか? とんだ思い上がりだな」

「な、なんなんだ。コイツは……!!」


 ホスト達がたじろぐ。


「どけ!! 俺たちにらせろ!!」


 次は【オーリー・キッズ】の三人組が前に出てきた。


 釘打ち機を手にしたコースケが、ズンズンと俺に近づく。急にしゃがむと足払いをしてきた。


 俺は大の字に倒れる。


「まずは磔の刑だぜ、ボウズ?」


 俺の手首を押さえつけると、間髪入れずに釘打ち機の引き金を引いた。躊躇いなど一切なかった。


 ズドンッ!!


 重苦しい音が響く。


 凄惨な場面を想像し、周囲の男たちは思わず顔を顰めていた。


 ズドンッ!! ズドンッ!! ズドンッ……!!


 手、肩、太腿、足首……。


 コースケは俺の身体に次々と釘を打ちつけていった。


「しばらくそこで寝てろや、ボウズ。これから怖~いお兄さんたちが、テメェの皮を削いでやっからよ」


 俺に背を向けたまま、にやりと笑う。


 むくり。


 俺は何事もなかったように起き上がった。


「……は?」


 口を開け、コースケが固まる。


「その程度じゃあ、俺は貫けんぞ、阿呆。ま、ツボ押しくらいにはなったがな」


 拉げた釘を相手に放った。


 周囲には、俺の身体に弾かれ無残に潰れた釘があちこちに散らばっている。


 それを見て、コースケは後退りした。


「な、舐めるな餓鬼ぃぃ!!」

「ミンチにしてやらぁぁ!!」


 電動ノコギリと草刈り機を唸らせ、邪鬼とガンテツが襲いかかってきた。


 ヴィィィィィ……!!!!


「全身切り刻んで、血の池地獄じゃぁぁっ!!」


 電動ノコギリの刃が首に当てられる。


 ゴリゴリゴリゴリ!!!!


「お~。これはこれは……!」


 俺は気持ちが良くて首を回した。


「なかなか良い振動だ。肩凝りにちょうど良いな」

「!?!?」

「ま、肩は凝っていないがね」


 高速回転する鋸刃を手で掴む。


 ギャリリリ!! バン!! バチンッ!!!!


 無理矢理回転を止められ、電動ノコギリが悲鳴を上げる。


 火花が飛び散り、煙が上がる。


「っぐ!!」 


 衝撃がダイレクトに邪鬼にも伝わり、奴は思わず電ノコを手放した。


 グニャグニャに曲がった電動ノコギリを、俺は相手の前に放る。


 その刃には俺の指の跡がしっかりと刻まれていた。


「しっ、死ねやゴラァァァッ!!!!」


 ギュリイイイイイィィン!!!!


 一方、ガンテツは草刈り機で俺の腹を抉るように突いてきた。


「うおぉぉぉ────っっ!!!!」


 さらに深く差し込んでくる。


 俺はくの字に身体を曲げた。


 本来ならば一瞬で胴体が切断されるだろう。だが、いつまで経っても草刈り機が俺の身体を真っ二つにすることはなかった。


 それどころか、血の一滴さえも吹き出すことはない。


「この程度の電動工具では、俺は殺せんぞ……」


 顔を上げて、ガンテツを見る。


「リラクゼーション効果としては良かったがな」


 軽く身体を押し出して跳ねのけた。


 ガンテツが耐え切れずに尻もちを搗く。


「……っか゜????」


 円盤状の刃がグニャグニャになっているのを見て、変な声を出す。


 邪鬼とコースケは放心状態で立ち尽くしていた。


「ガソリン持ってこい──!!!!」


 突然、三頭の怒声が響き渡る。


 すぐに赤いポリタンクが幾つも運ばれてきた。


「ぶっかけろ!!」


 武断塾の連中がガソリンを俺の身体にぶちまけていく。


 独特の臭いが一瞬で充満した。


 がろんっ!!


 最後のポリタンクが投げ捨てられる。


 えらくたくさん撒いたな……。ここが全焼しようがお構いなしか。


 【クリムゾン・エクスターミネーター】三人衆が、火炎放射器のノズルを天に掲げる。


 三つの火柱が上がった。


「俺たち【クリムゾン・エクスターミネーター】は街の害虫駆除人」

「どんな害虫だろうと、地獄の果てまで追っていき、必ず駆除する」


 南雲兄弟が近付いてくる。


「害虫、凡野蓮人……」


 三頭がゆっくりと先頭に立った。


「これより貴様の焼却駆除を、開始する!!」


 三人が火炎放射器のノズルを俺へと向ける。


「行くぞ!」

「ファイアッ!!」


 火柱が一斉に、俺を襲った。


 ごうぅぅっ!!!!


 周囲が一瞬で業火に包まれる。


 太い火柱が立ち上がった。


「くっ……!!」

「なんて熱さだ!!」


 あまりの高温に、周囲の男たちが仰け反る。


「お~い、気分はどうだい、王様くん?」

「……」

「さっきまでの生意気な口はどうしたよ? 何か喋れや」


 ボ、ボウゥゥッ!!!!


 無言の俺に、南雲兄弟がダメ押しで火炎を噴きかけた。


「フン、言葉など出せるものか」


 三頭は侮辱するように鼻を鳴らした。


「肺は焼け爛れ、今奴は地獄の苦しみを味わってるだろうからな」

「確かに熱い」

「「「!!!!」」」


 炎の中から声がして、三人がギョッとした。


「まるでサウナだな」


 ズン……! ズン……!


 俺は炎の中からゆっくりと出ると、全身を炎に包まれたまま、男たちに笑いかけた。


「ヒィ……ッ!!」

「何をそんなに怯えているのだ?」


 男たちが身を退いていく。


「残念だったな。炎など、俺は既にしている。この程度ならば、全力の1%でも事足りるぞ?」

「ば、化け物だ……」

「貴様……っ!! 貴様は一体何者なのだ!!」


 ガタガタと震えながら三頭は叫んだ。


「凡野蓮人。ただの中学生──」


 そこまで言って、俺は言うのを止めた。


 もう、よいだろう。


 現実世界こっちへ帰還して約半年、今日ここで、俺は宣言しよう。


 自分が何者なのかを……。


「言い直すよ」


 そう言うと、男たちに改めて向かい合う。


「俺はこの世界の頂点に立つ者。万物を超越する絶対的存在──超越者だ」


 男たちを見て、俺はそう宣言した。


 ビュオ────ッ!!


 その瞬間、凍てつく風が吹き抜けていく。


 青白い氷の粒が無数に風に舞っていた。


「うっ!?」

「冷っ! こ、今度は何だってんだ!?」


 慌てる男たちの前で、一瞬にして巨大な火柱は掻き消えた。


 俺を包む業火も消え、俺の全身から煙が立ち昇る。


「偉いぞ。殺さずにちゃんと生かしていたな」


 背後からそんな声が届く。


「だ、誰だ!?」

「何者だ、姿を見せろ!!」


 男たちの視線の先から現れたのは、アルベスタだった。


「待ちくたびれたから、ちょっと遊んでたところだ」


 彼女に向かって俺は言った。


「お前は、さっきの……!!」

「なぜ戻ってきた!?」


 男たちはいよいよ混乱している。


「紹介しよう。こちらは俺のクラスメイトのアルベスタ・メルブレイブだ」


 状況が呑み込めていない男たちに、俺は仕方なく説明した。


「そして何を隠そうこのお方は、戦いの神──戦姫神ヴァルキュリア様であらせられる」

「少し違うな」


 アルベスタが訂正する。


「私は戦姫神を統べし者、最上位戦姫神エクスキュリアだっ!!」

「あいつもこの女も、さっきからなに言ってんだこいつら!?」

「頭、どっかおかしいんじゃないか……」

「いや、厨二病ってやつさ」


 男たちが顔を見合わせる。


 突拍子もないことだし、無理もない。


「おかしいかどうかは、これから分かる」

「!?」

「貴様らは身を持って知ることになるからな……」


 だがアルベスタの態度も話し方も、さっきとは明らかに様子が違う。


 それは男たちにも分かったようだ。彼女の言い知れぬ気迫に男たちは固唾を呑んだ。


「私はこの日が来ることをずっと楽しみにしていたんだぞ?」

「楽しみにだ?」

「彼女、お前たちでストレス発散がしたいんだとさ」

「なん、だと?」

「大いなる戦祭を穢したお前たちに、随分とお怒りのご様子だ」


 俺は立ち尽くしている伊谷味たちを見やった。


「いくさ、まつり? 何のこと言ってる?」

「体育祭のことさ」

「た、体育祭って。それが何だってんだよ?」

「そ、そうだ! 何の関係がある!」


 騎琉斗やマンタたちが叫ぶ。


「今日のこの一件、すべての始まりは体育祭。そうだろ?」

「!?」


 騎琉斗たちがたじろぐ。


「た、体育祭だって……!?」

「何の話だ」

「伊谷味さん、どういうことです?」


 議員で騎琉斗の父、近蔵を見て武断塾の男たちが訴える。


 ここにいる連中の多くが事の真相を知らない。直接依頼を受けたSSSランクの幹部たちも、それは同じだった。


 体育祭での伊谷味とマンタの復讐心がこの件の引き金になっているなど、知る由もない。


 俺は【索敵クリアリング】によって、ここにいる連中の行動や言動をすべて手中に収めていたわけだが。


 陰でコソコソやっていた当事者のマンタたちでさえ、何のことか分からず立ち尽くしている有り様だ。


「あの日、既に俺は、今日のことを予知していたんだ」

「なに!?」

「騎琉斗、お前が議員である父親と結託し、体育祭のリベンジのために武断塾を利用することも。マンタや安本、お前たちが参戦することも。その後に武断塾の連中が学園を嗅ぎまわり、諏藤たちや羅椎を拉致し、コングを呼びつけることも……。そのすべてをな」


 それはあの日、体育祭でのこと──




 午後の部が始まってすぐ、伊谷味やマンタたちの汚い手によって、点数は不正に操作された。


 俺は怒れるアルベスタを連れ立って人目の付かない場所へ移動した。


「これを使って、悪人を炙り出す」


 【ポコ=チャッカ】を手に、アルベスタにそう告げる。


「ただ炙り出して終わらせるつもりか!?」


 非難するように、アルベスタが俺を睨んだ。


「そうじゃない。だが、こんな人目に付く場所で力を使う訳にはいかないだろう?」

「それは、そうだが……。なら、どうするつもりだ?」

「どうせなら、もっと大きな、巨悪まで炙り出そう。ちょっと面白いことになりそうだからな」


 既にその時点で、俺には【未来予知】によって視えていた。


 東京湾沿いの倉庫街の一角、武断塾の施設があるこの倉庫で起こる今日と言う日の景色を、あの時、視ていたのだ。


 そしてあらかた、その通りに事が運んだ──




「万が一に備えて、アルベスタを潜り込ませていたって訳だ」


 そう言うと俺は彼女を見やった。


 彼女が拉致されたのは、わざとだった。諏藤たちを護るために。


「あの時言っていた、本物の悪党も炙り出せただろ?」

「ああ。そして、ここならば都合が良い」


 アルベスタが冷たく笑う。


「ここならば思う存分、力を解放できるというものだ!」

「ついでに俺のも頼むよ」

「良いだろう。行くぞ!」


 俺に向かってアルベスタが手をかざす。


「エクスキュリアの名に於いて、凡野蓮人の【狂戦神】の力を解放する!!」


 俺を縛り付けていた【魔人封じの魔鎖ギガントマキア・チェイン】が完全に弾け飛ぶ。


「……」

「私も、本気で行くぞ。覚悟しろよ」


 アルベスタが男たちに向き直った。


「【神力解放】──ハアアァァァァッ!!!!」


 アルベスタの雄叫びが倉庫内に響き渡る。と同時に風が逆巻きはじめた。


 俺も武断塾や伊谷味らと対峙する。


「武断塾、それにお前たち……」


 伊谷味とマンタ、安本や二年の不良、取り巻き連中。議員の近蔵を見て静かに言った。


「誇りに思うが良い。お前たちは俺の本気を知る最初の人間なのだからな」


 こうして俺も今までずっと隠してきた自分自身の全力を、真の力を、解き放った。

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