第92話 護りたい人たち

 【魔力粘糸まりょくねんし


 オオミノガの幼虫──ミノムシの糸と化学繊維の特性を掛け合わせて創作した【魔法術式】である。


 対禍つ神戦以後も改良を重ね、【魔力粘糸】は更に強靭さや伸縮性が増していた。


 俺はそれを、高みの見物と洒落込む伊谷味やマンタたちの身体に張り付ける。


 指を少し動かすだけで、先に破壊した壁から、奴らは弾け飛ぶように飛び出してきた。


「なっ!? なっ!?」

「ちょ!? だっ、誰か助け──」


 急に宙へと放り投げられ、その顔はどれも驚嘆と恐怖で引き攣っている。


「ぅ、ぎゃあああああ!!」


 どがっ! ぼごっ! ごりっ!!


 なす術なく、次から次へと床に落ちてきた。


「う、うぅ……!」

「ぅぐ、ゲホッ!」

「痛でぇ……」


 蹲ったまま伊谷味たちが呻いている。


 ふん、この俺にスニーキング行為を働くなど、もってのほかだ。


 だが、落ちた場所にマットが敷かれていたためダメージはあるものの、致命傷には至らなかったようだ。運の良い奴らめ。


「くそぅ、一体何がどうなってる!?」


 頭を抱えているのは伊谷味の父、近蔵だった。


「ん?」


 よく見ると、近蔵の近くにスマホが転がっている。


 落ちた弾みで、スーツのポケットから滑り出したもの……ように見せかけて、実は粘糸で俺が引っ張り出していた。


 そのスマホを拾い上げると、ラッシーに向かって放る。


「ホラ、お前のスマホだろ?」

「っと!? お、おう、サンキュー」


 ドゴッ!!


「ぐはっ!?」


 急にコングを取り囲んでいた男の一人が倒れ込んだ。


 隙を突いて、コングが殴り飛ばしたのだ。


 人質は全員解放された。もうコングに遠慮する理由はない。


「オラッ!!」


 別の男の胸ぐらを掴むと、今度は強烈な頭突きをお見舞いする。


「そう言う、ことだったか……」


 コングが近蔵や伊谷味たちを睨みつける。


「電話を掛けてきたのは、ジジイ、てめぇか!!」


 近蔵に向かって叫んだ。


「そして……」


 声を押し殺し、騎琉斗やマンタ、奴らの取り巻き連中に射るような視線を向ける。


 その顔は怒りに打ち震え、般若のような形相となっていた。


「裏でコソコソと笑ってやがったのは、テ・メ・エ・ラ・だったんだな!? 絶っ対ぇ、許さねぇぞ!!!!」


 怒りを爆発させる。


「ひいぃぃっ!!」


 マンタが顔を強張らせ、尻もちを搗いたまま後退りした。


 ほかの連中も、その圧力に息を呑んでいる。


「ビビんな。周りをよく見ろ」


 騎琉斗は言うと、ゆっくりと立ち上がった。


 痛そうに腕を押さえつつ、男たちを見やった。


「俺たちには、武断塾がいる」

「そ、そうだった」

「ああ、ビビる必要なんざ微塵もないぜ」


 マンタが、安本が、彼らは一人また一人立ち上がる。


「数も向こうはたった二十人程度。対してこっちの味方は二百人近くいる」

「キヒ、キヒヒ! 凡野くんたちが半殺しの目に遭うの、ここならよ~見学できるわ!」

れ……」


 近蔵が男たちに命じる。


「顔を見られた以上、半殺しなどでは足りんぞ! 容赦するな! 全員、始末しろっ!!」


 激昂し、盛大に唾を飛ばした。


 それを合図に、男たちが凶器を手に俺たちに迫ってくる。


「来るぞ、オメェら!」とコングが仲間に向かって叫ぶ。


「へっ、【20人対200人】か、燃えんじゃん!」

「お前ら、ここまでデカい喧嘩は初めてだよな。ま、俺らもだけどよ……」


 三年生がトールたち一年を見やる。


「ビビんじゃねぇぜ?」

「ビビってねぇっすよ、先輩!」


 トールが笑う。


 だが、彼の指先は震えていた。


 三年生たちも顔色が優れない。緊張しているのが手に取るように分かった。


「一人20人撃破ればイイだけだ。余裕じゃないすか……」

「一人10人だ、馬鹿」


 俺は溜息交じりでトールにそう言った。


「俺たちを、あまり侮るなよ餓鬼が!」


 そんな俺たちの様子を見て、ホストの一人が口の端を歪ませる。


 黒薔薇のラペルピン。【パニッシュメント・ローズ】のメンバーだ。


 警棒を取り出すと、勢いよく伸長させた。


「教えといてやる。お前らがこの前ボコったのは、武断塾に入りたてのひよっこだ」

「ああ、戦闘能力Fランクのただの練習生……」


 【クリムゾン・エクスターミネーター】に所属する赤いジャケットの男が、大きな工具片手に続ける。


「俺たちの戦闘能力はあんなもんじゃないぜ?」


 そう言ったのは、【オーリー・キッズ】の一人だ。釘バットを片手に俺たちを睨む。


「覚悟しろよ……。ここに居るのは戦闘能力Aランク以上のばかりだ」

「FだのAだの、何言ってんだてめぇら?」


 コングがポケットに手を突っ込み、ふんぞり返る。


 その態度とは裏腹に、内心はかなりの恐怖を感じていた。


 大人対子ども。20人対200人。武器対素手。


 普通に考えて、勝てる要素など皆無だ。喧嘩慣れしている彼らでも、いや、そんな彼らだからこそ、この状況が絶望的なのだと理解しているのだろう。


「てめぇらの強さなんざ、関係ねぇんだよ! お前達は悠ヶ丘に手ぇ出したんだ。きっちり落とし前つけさせてもらうぜ!」


 自分を奮い立たせるように、コングは叫んだ。


「オメェらも、覚悟しろよ?」


 騎琉斗たちを見て、付け加える。


 バチバチバチッ!!


 騎琉斗がポケットからスタンガンを取り出す。


「いいだろう……! 体育祭の続きといこうじゃないかっ!!」

「いいねぇ、俺たちもコングやトール、殺っちまおうぜ?」

「あの生意気クソ凡野も忘れんなよ?」

「勿論だ」


 彼らも参戦するようだ。こちらと違い、騎琉斗たちは余裕しゃくしゃくと言った様子である。


 男たちが戦闘モードに入って俺たちに迫る。


「ど、どうしよう。囲まれちゃってるよぅ……」


 諏藤がアルベスタに縋りついて、弱々しく言った。


 高塚も表情を凍りつかせて怯えたように男たちを見ている。


「二人とも私から離れないでね」

「け、けど。こんな大勢に勝てっこないよ……」

「大丈夫、私、結構強いんだよ? メアリカで護身術のジムに通ってたの」


 アルベスタがにこりと笑った。


 その様子を見ていた俺と、ふと視線を合わせる。


 諏藤も瞳を潤ませて俺を見た。


「蓮人ぉ! こんな奴ら早いとこやっつけちゃってよ!」

「……ああ」


 俺はうなずいた。


 自分の手に目を落とす。


「……」


 俺はここのところ、自分の心の変化に戸惑っていた。


 揺らぐことはなど、絶対にあり得ない。そう思っていたのにな。


 信吾や家族、自分自身。


 そして何にも代えて、護りたい松本さん。


 俺にあるのは、ただそれだけだった……、なのに。


「凡野くん、どうしたの?」


 アルベスタが、目を瞬かせて聞いてきた。


 俺は顔を上げた。


 トールやコング、諏藤に高塚……。


 首を巡らせ、ゆっくりと彼らを見つめる。それとともに、ここにはいないノース軍の皆や、百鬼たちの顔も浮かんでいた。


〈アルベスタ、彼女たちを頼む〉

〈ああ、それは良いが……。本当にどうしたのだ? お前、何か変だぞ?〉

〈うん……〉


 アルベスタを見やって笑った。


「どうやら俺は、護りたいものが増えたらしい。まあ、そう言うことかな」

「え?」


 アルベスタが呆気に取られて小さく口を開ける。


〈アルベスタよ。ほんの少し、俺の力を解放してくれないか? そうだな、1%ほどでよい〉

〈良いだろう。だが、あまりやり過ぎるなよ?〉

〈ああ。お愉しみメインディッシュはこの後、そうだろ?〉

〈フフフ、わかっているならば良い〉


 アルベスタが俺を締めつける【魔人封じの魔鎖ギガントマキア・チェイン】をわずかに緩める。


 本来の【狂戦神】の力──その1%を俺は解放した。


「【索敵クリアリング】」


 二百人の男たちを


 工具やら工業用の極太チェーン、鉄パイプにバット……。そんな鈍器に混じって、刃物ナイフを隠し持つ者も多い。


「【魔鎧マガイ】……」


 俺はトールたちにバフを掛けた。


 片栗粉を一定濃度まで混合させた水溶液に起こる物理現象──ダイラタンシー現象。

 その水溶液は、強い衝撃を加えることで一瞬、硬化する。


 【魔鎧】はそれを魔粒子で再現した術式だ。


 だが、通常の【魔鎧】では流石に不審に思われるだろう。


 打撃も刺突も斬撃も一切効かないのだから。だから俺は、敢えて【魔鎧】の強度を落とした。


 それなりの衝撃は感じ、強打されたり打ち所が悪ければ、打撲やかすり傷くらいは負う程度に。


 その代わり、回復魔法の魔粒子を含ませる。一瞬で傷が治るのも妙だから、徐々に傷が癒えるリジェネ効果を付与した。

 どんな傷を負っても、数日で完治するだろう。


 俺はゆっくりと前に歩み出ると、コングよりも前に、彼らの先頭に立った。


 たとえ護りたいものが増えたとしても、この世界の頂点に立つのならば、叶うはず……。それは、なんら足枷にはならないはずだ。


 すべてを護ろう。我が【王威】で!!


「モノを知らぬ貴様らに教えてやろう」


 武断塾の連中を見据える。


「飼われるだけの奴隷以下の集団と真の強さを宿す者では雲泥の力量差があることを。十分後、お前たちの多くが地に伏し、敗北を悟るだろう」


 笑うと、自分の目に指を向ける。


「俺の眼には、もうそれが視えているぞ?」


 コングたちに向き直った。


「お前たちも、よく眼に焼き付けておけ。俺が闘う姿は、かなり貴重だからな」


 コングたちが一瞬ポカンとする。


 それを見て、俺は笑った。


「だが、あんまりボーッとしていると、俺が全員倒してしまうから気を付けることだな」

「フ……ッ! ハハハハハ!!」


 コングが背を反らせて笑いはじめた。


「流石、キングの言うことは違うぜ! もう勝った気でいやがる!」


 愉快そうにそう付け加える。


「当たり前だ」


 真顔で俺は答えた。


「王の言うことは絶対だ。俺たちは勝つ」

「イイっすね、蓮人くん! そう言うの、好きっすよ!」


 トールの様子が普段通りに戻った。


 拳をパシリと叩いて、彼は笑った。


「っしゃあっ!! 何か、自分、負ける気しなくなってきたっす!!」

「負ける気だったのかよ!?」

「クケケケ!! 今日はいつも以上に暴れられそうだぜ!!」

「根拠はねぇが、俺も勝てる気がしてきたわ!!」


 彼らの士気も最高潮だ。


「勝手に盛り上がってんじゃねぇ、ガキどもが!!」

「舐めた口利けるのも今の内だぞ、ゴラァッ!!」


 一方の武断塾の連中は怒りを露にしている。


「すぐに後悔させてやる!! かかれ!! 一人残らずブチ殺せ!!」

「行くぞ!! 我らがキングに続け!!」


 こうして悠ヶ丘の少年たちと武装強化された半グレ集団、武断塾の両者は悠ヶ丘側の圧倒的不利な状況で激突することとなった。

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