第91話 悠ヶ丘には王がいる

 ──緊急集会から数日後。


 コングのスマホが鳴ったのは、深夜だった。


 羅椎らしい英司えいじ、ラッシーからのラインだ。


 文字はなく、代わりに画像が添付されていた。


「!!」


 寝っ転がっていたコングが、それを見て飛び起きる。


 血だらけでぐったりしているラッシーが写っていた。


 脊髄反射的に頭に血が上る。血の逆流する様が、自分でも分かった。


 二枚目以降の画像には、猿轡をされ縛り上げられた女子生徒数名が写っている。そのうちの一人はノース軍の仲間の高塚香織だった。


 ほかの二人の女子生徒も、コングは見知っていた。


 二年生のアルベスタと諏藤小鳩、共に凡野蓮人のクラスメイトである。


 握りしめた拳に、爪が深く食い込んでいく。


 また、スマホが鳴る。


 ラッシー本人からの着信だった。


 慌てて取る。


「悠ヶ丘学園の番長、吉見猿彦くんだね?」


 加工音だった。ボイスチェンジャーで、声を隠しているため誰なのか分からない。


 ただ少なくとも、ラッシーでないことは明らかだ。


「誰だ、テメェ?」


 殺意を隠さずに、相手に問う。


「ラッシーたちに何かしたら、ぶっ殺すぞ!!」

「そう言う回りくどいのはよそうじゃないか」


 激情するコングと対照的に、相手は抑揚なく返した。


「それに上からモノを言える状況でもない筈だ。写真は見ただろ?」

「チッ!!」

「よしよし、GoodBoyだ。いや、GoodMonkeyかな。バナナをあげよう」


 耳障りな機械音で引き摺るように笑う。


 それに混じって別の声も聞こえてきた。噛み殺したような笑い声だ。


 傍に誰かいるらしい。一人や二人ではなかった。


「コイツらを無事に返して欲しかったら、今から言う場所に来なさい」

「……分かった」

「それからな、君たちが我々から奪ったブツも持ってくるんだぞ?」

「ああ」

「分かっていると思うが、来い。警察にも、ほかの誰にも言うなよ。もしも誰かに喋ったら──」

「ごちゃごちゃうるせぇよ。すぐに行くから、首洗って待っとけ!!」


 コングの恫喝にも、相手は動じない。


 逆に馬鹿にしたような笑い声がスマホから響いてくる。


「余裕ぶっこいてられんのも、今の内だぞテメェら!!」

「フフフ、君はコングって呼ばれているそうじゃないか?」

「あ?」

「だがね、生憎と今日君は犬にならなくちゃいけない。さ、もう時間だ。ここまで必死に走ってこい。休むなよ、メロス。あまり待ってはやらんからな?」


 ブツ──ッ!!


 一方的に電話が切れる。


「糞がっ!!」


 コングはすぐさま家を飛び出した。




 指示された場所は、海沿いの倉庫だった。


 大きな扉を押し開ける。


 中は真っ暗で何も見えない。


「来てやったぞ、ゴラァ!! 出て来いやぁ!!」


 反応がない。彼の声だけが虚しく響く。


 訝しがっていると、遠くから通電音が微かに聞こえ、次の瞬間──


 バン! バン! バン! バン……ッ!


 天井の巨大照明が順に点灯しはじめる。


 強烈な光にコングは目を細めた。


「!!」


 やっと目が慣れて、状況が分かる。


 驚くことに倉庫の中は格闘技ジムを思わせる設備だった。


 そして目の前に、何十人もの男たちがずらりと並んでいた。


 コングがそれを見てたじろぐ。


 彼らはそれぞれ手に、鉄パイプなどの凶器を握っていた。


 隅の方では縛られた少女たちもいる。だがラッシーの姿はない。


「お前が、コングだな?」


 そう聞いてきたのは、オーバーサイズのTシャツにキャップを被った男だった。


 ストリート系などと謂われる、街にいるような若者の恰好である。なんとなく、場違いに思われた。


 よく見ると、柄シャツやジャージ姿のいかにもチンピラな連中に混ざりが、ホストのような男たちや、作業服に赤いジャケットを羽織った連中までいる。


「俺の仲間は、どこだ?」


 コングは相手の質問には答えず、キャップの男を睨んで短く問い返した。


「まずブツが先だ。てめぇらが俺たちから奪ったモンを返してもらおうか」

「これだろ? ほらよ」


 白い結晶が入った例の小袋を投げ捨てる。


 コングと彼らの中間にポトリと落ちた。


「ったく、雑に扱いやがって」


 溜息交じりに、近くにいたホストがそれを拾う。


「モノを知らないってのは怖いねぇ。お前、これがどれくらいの価値なのか分かってねぇだろ? てめぇらみたいな餓鬼にゃ手が出ねぇシロモノなんだぞ?」

「なら、そんなモンを学園ガッコの周りで売ってんじゃねぇよ」

「誰がてめぇら中坊に売るか、馬鹿が」

「嘘を吐け!」


 コングが吐き捨てる。


「学園の周りうろついて、生徒にもちょっかいかけてたの、お前らの仲間だろうが!」


 男たちを睨みつける。


「返すもんは返した。俺の仲間をさっさと返せ! 女たちもだ!」

「フン、いいだろう。おーい、連れて来い」


 男が後ろを向いて誰かに言う。


 すると暗がりから、ぐったりとしたラッシーを引き摺って、二人の男が現れた。


「っ!!」

「ほらよ」


 支えを無くし、少年が膝を着く。


 ホスト男がラッシーの後頭部を蹴った。


「うぐっ!」


 ラッシーが床に倒れる。


「英司っ!!」

「す、すまねぇ、コング……」

「大丈夫か!? すぐに助けてやっからしっかりしろよ!?」

「クケケ、ケ。カッコいいね、うちの大将は……」


 倒れたまま、弱々しくラッシーは笑った。


「減らず口が」

「ぐ!」


 ジャリ──


 ホスト男がラッシーの頭に足を乗せる。


「足どけろ、クソ野郎。殺すぞ……!!」


 コングが殺意を漲らせる。


「お前らも、大丈夫か?」


 高塚たちに向かってコングは聞いた。


「んんん~!」


 諏藤が身体を揺すって何かを訴えている。


 だが諏藤もほかの二人も猿轡をされているため、喋れるはずもなかった。


「外してやれよ? そもそもそいつら、この件となんも関係ねぇだろうが!」


 男たちはそれには応じない。


「関係なくはない」


 赤いジャケットの男が低い声で答える。


「こいつらも、お前たち不良グループと手を組んでいるのは知っているからな」

「なに!?」


 コングには思い当たることがあった。


 先の緊急集会だ。あの時、アルベスタと高塚にも同席してもらっていたのだ。


 だが、そんなことを男たちが知るはずはない。


「ぜ~んぶお見通しだぜ?」


 コングの戸惑いを見透かすように、男は言った。


「お前らの関係性、お前たちの住所や連絡先、行動パターン……、すべて調査済みだ」

「んだと!?」


 コングの顔色が変わる。


 男はコングの様子を見て、脅すように笑った。


「武断塾を、あまり舐めない方が良いぞ、小僧」

「それに三人ともなかなかの美少女だしなぁ」


 女子の近くにいた柄シャツの男が、にたりと笑う。


 彼女たちの頭や頬を撫で回しはじめた。


「ンンッ!」

「ん゛~っ!!」


 女子たちが悲鳴を上げて身を捩らせる。


「ヤメロ!!」

「ふん! 偉そうに指図できる立場だと思うな?」

「ブチ殺すぞ、ガキが!!」


 肩に巨大な工具を担いだ男が、ゆっくりとラッシーに近づいていく。


「てめぇらは俺たちの商売の邪魔をし、大切なブツまで奪った……」


 ラッシーの顔の傍まで来ると、彼を見下す。


「おまけに俺たちの仲間を襲って怪我させたんだ。コイツらだよな、やったのは?」


 ゆっくりと工具を振り上げる。


「落とし前は、付けねぇと、な──っ!!」

「やっ、やめろっ!!」


 ラッシーが呻き声を漏らし目を瞑った。


 ッド!!!!


「っ!?」


 工具は、ラッシーの顔面のすぐ横に振り下ろされていた。


「武断塾に手ぇ出して、無傷で帰れると思うな。ガキだろうが、代償は払ってもらう。お前がコイツらの番長ってんなら、お前がケツ拭けや?」

「っ!! わ、分かった……!!」


 俯いたまま、コングはうなずいた。


「お前らにしたことの責任は、全部俺が被る! だから英司と女たちは帰してやってくれ!」

「それは、出来ねぇ約束だな」

「なっ!? 話が違うだろ!?」

「だ~れがそんな話をした? なあみんな?」


 キャップ男が周囲に聞く。


「さあ、知らないな?」

「俺も。お~い、誰か聞いたかぁ?」


 全員で嘯くとコングをせせら笑った。


「ざけやがって!!」


 ブンブンブン……!!


 男の一人が、太い鎖を振り回しはじめる。


 ジャラ──ッ!!


 それをコング目がけて投げ放った。


「痛っ!?」


 足首に絡まり、コングは顔面から床に倒れ込んだ。


「ヤリィ、命中ーっ♡」


 それを合図に、男たちが円を描くようにコングを囲んだ。


「きっちり焼き入れてやっから、覚悟しとけよ」

「大人の世界に足踏み入れるのが悪いんだぜ」


 それぞれの凶器を手に、脅すような笑顔でコングを見下す。


「……くっ!!」

「ようこそ、俺たちの本拠地、武断塾へ。テメェも仲間も女たちも、もう外には出られねぇよん♡」


 一人が鉄パイプを振り上げた。


 コングの顔面目掛けて振り下ろす──


 ダン──!!!!


 その直前、倉庫の扉が勢いよく開かれた。


「なんだ?」


 コングを取り囲み、今まさに袋叩きにしようとしていた男たちが身体を起こす。


「うわぁ!?」

「ぐはっ!」


 扉の奥の暗がりから、男たちの仲間が倉庫内へと倒れ込んできた。


 それを見て男たちが驚く。


「おい、何やってんだ! ちゃんと外見張ってろ!」

「違うんです!」

「た、大変です!」

「何があった!?」

「が、ガキです……」


 倒れた一人が扉の奥を指差す。


「ガキどもが大勢押しかけて来て……」

「ガキだぁ!?」


 男たちが扉の奥を見やる。


 ドゴ!


「ぐはっ!!」


 もう一人、見張りに立たせていた男が吹っ飛んでくる。


 そして、二十人近い少年たちが姿を現した。


「なっ!?」


 今度は男たちの方がたじろいだ。


「水臭ぇぞ、コング」

「まったくだ。一人で突っ込みやがってよ」


 コングと同じ三年の仲間がそう言った。


「そうっすよ、俺たちにも一声かけて下さいよ、コングくん!」


 トールが笑顔でうなずく。


「人質取られて脅されてたんだ。仕方ねぇだろ」


 コングが溜息を漏らす。


「チッ! ビビッって仲間呼びやがったか」

「中坊の番長じゃ、一人で来る度胸もねぇか……」

「ざけんなよ!!」


 男たちの言葉に、トールが怒ったように叫ぶ。


「コングくんは一人で来たんだよ!」

「ああ。ここへ来たのは俺たちの意思」

「俺らが勝手に来ただけだ」

「なんだと!? なら、どうしてこの場所が分かった……」

「お前たちの行動など、すべて把握していたよ」

「!?」


 少年たちの奥から声がした。


 人を掻き分けて、一人の少年が出てくる。


「……誰だ、てめぇ!?」


 男たちが思わず身構える。


 その少年は見た目も細く、喧嘩が強そうにも度胸がありそうにも見えなかった。


 だが異質だった。


 不良たちの中で、明らかに異質な存在──だから、その違和感が男たちに妙な胸騒ぎを覚えさせる。


 その様子を見て、コングが愉快そうに笑う。


「残念だったなぁ。王様キングのお出ましだ」

「キングだぁ?」


 鼻に皺を寄せ、男たちがコングを睨む。


「俺らの学園のトップは番長オレじゃねぇんだわ。悠ヶ丘には王様がいっからよ」

「何言ってんだ、テメェ?」

「フッ、裏ボスって奴さ。知らねぇのか?」


 コングは侮蔑したように男たちを見返した。


「もうその辺でいいんじゃないか? アルベスタ」


 蓮人が男たちを余所に、その奥を見て言った。


 ドス! ドガッ! ゴリッ!!


「!!」


 短い曇った悲鳴で、男たちが後ろを振り返る。


 アルベスタが周囲の男たちを瞬殺していた。


 猿轡も縄も解かれている。


 高塚と諏藤も助け、悠然と蓮人たちの元へと歩いていった。


 その次いでにラッシーも助ける。


「大丈夫か、ラッシー!」

「あ、ああ。面目ねぇ」


 仲間たちがラッシーを支える。


 ラッシーは力なく、座り込んだ。


「傷が深いわね、これを使って」


 アルベスタがラッシーの前に膝を着く。


 その手には緑色の液体が入ったアンプルが握られていた。


「なんだそれ?」とラッシーが訝しがる。


「私の父はメアリカのとある製薬会社に勤めていてね。これはヒトの免疫機能を強化する謎の新薬の試薬よ。この程度の傷ならば、すぐに回復するはず」


 アルベスタがアンプルの底をラッシーの首に付けた。


「ちょちょ、おいおいおい。それどこのアンブレラ社だよ!?」


 ラッシーが拒絶する前に、アンプルの底から針が出て緑色の液体が注射される。


 次の瞬間、みるみる傷が癒えていった。


「ほら、これで問題ないわね」

「だっ、大丈夫なんだろうなぁ!?」


 当然、すべてアルベスタの嘘である。中身はただのポーションだった。


 それを知るのは、この場で凡野蓮人ただ一人であるが。


「初めて役に立ったな、ソレ」


 蓮人はアルベスタが身に着けているクマのキーホルダーを見やった。


 普段はアルベスタが蓮人に持たせているものだ。狂戦神ヴァレタス・ガストレットを監視する目的で。


 アルベスタはキーホルダーを摘まむと、男たちに見せつけた。


「これGPSが入っているんです」

「なにっ!?」

「糞っ! それでここの位置を……っ!!」


 男たちは悔しそうに吐き捨てた。


「落ち着け、お前ら」


 赤いジャケットの男が冷静さを取り戻してそう答えた。


「ガキが何人集まろうが、問題はない。武断塾はすでに緊急警戒態勢に入った!」


 ダッダッダッダ……ッ!!


 倉庫内へ、わらわらと塾生たちが集まってきた。


 想定外の事態に対応し、すでに追加増援の連絡が回っていたのだ。


「これより我々は、全勢力をかけて外敵の殲滅に移る」


 ホスト男、赤ジャケット男、ストリート男たちが少年たちに向き直る。


 柄シャツ、ジャージの下っ端連中もあわせて総勢二百人近くはいるだろう。


 ガシャ──ンッ!!

 

 少年たちの背後の扉が硬く閉ざされた。


「出入り口は完全封鎖した。もう逃げ場はないぞ」

「元から逃げるつもりなどない、阿呆」


 蓮人がきっぱりと言い放つ。


「っ!!」


 蓮人の言葉に、少年たちも意気込む。


「その通りだ。仲間や悠ヶ丘うちの女拉致っといて、ただで済ます気はないぜ?」

「ラッシーくんの借りもきっちり返してもらうっすよ!」

「クケケ! 俺もれそうだ。いっちょ、暴れっかな?」

「フン、馬鹿どもが!」

「どう見ても勝ち目はない。泣いて後悔することだな」


 武断塾の男たちと悠ヶ丘学園の不良たちが対峙する。


「行くぞ!! まずは大将を奪還する!!」

「行け!! ガキどもの身体に武断塾の恐怖を刻んでやれ!!」


 ダッ!!


「あ、ちょっと待った」


 まさに両者が走り出さんタイミングに、蓮人が間の抜けた声を上げる。


 両者ともつんのめるように止まった。


「なんだよ、調子狂うじゃねぇか!」

「その前に、高みから見物している奴らにも顔を見せてもらおうじゃないか」

「なに?」

「お~い、覗き魔みたいにコソコソしてないで、お前たちも出て来いよ」


 少年は倉庫の二階部分にある大きな窓を見やった。


 自然と皆の視線がそちらへと向く。


 その瞬間に、蓮人が指先をわずかに動かすと、同時に、大きな窓が周囲の壁ごと剥がれ落ちて吹き飛ぶのだった。

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