第90話 SSSランク

 ──時は遡り、悠ヶ丘学園の不良たちが緊急集会をおこなう少し前のこと。


 東京湾、倉庫街の一角。


 若者の支援団体は、そこにあった。


 その名は武断塾ぶだんじゅく


 深夜、そこへ九人の男たちが集結する。


 三人一組で、三組ともそれぞれ特徴的な格好をしていた。


 一組は漆黒のスーツ姿。もう一組はだぼだぼのカラフルな服装。最後の一組は青い作業服に深紅のジャケットという出で立ちだった。


 三組とも施設内のひときわ大きな建物へと入っていく。


 そこは巨大な廃倉庫を改装して作られており、中は天井が高く広々としていた。


 柔術用のマットが敷かれ、ボクシングのリングまで置いてある。サンドバッグやバーベルなどのトレーニング器具も充実し、まるで格闘技のトレーニングジムそのものであった。


 この場所で武断塾の塾生は日頃から汗を流している。


 だが活気のある日中と違い、今は誰もおらずひっそりとしていた。


 たった一人を除いて。


 建物の中央に立つはジャージ姿の男。六十前後の小太りな男の前に、九人の若者が歩み出た。


「お久しぶり、塾長」


 黒スーツに銀髪の男がサングラスを外す。


 美しいエナメル質の歯を覗かせて笑った。


 作業服を着た、筋肉質な男もうなずく。


「塾長自らの呼び出しとは珍しい」

「何の用すか、藤堂さん。俺らも忙しいんすけどね?」


 パーカーを着た男がそう返すと、男は鼻で笑った。


「お前たちもここの卒業生なんだ。時には顔を見せに来い、この親不孝者どもが……」


 藤堂と呼ばれた男が呆れたようにそう返す。


「ふっ、親ですか……」

「悪いが誰もアンタを親だとは思ってねぇよ」

「ああ。俺たちはストリート生まれのストリート育ち。親なんざいねぇさ」


 男たちは言葉を返した。


 そう言われると、藤堂とは肩を竦めて見せた。


「あの男が武断塾の塾長。名前を藤堂とうどう喜八きはちと言う」


 そう言ったのは、伊谷味近蔵だった。


 窓から顔を離すと、同じく窓の前に立つ少年たちを見やる。


 少年たちは、黙ったまま近蔵の顔を見返した。


 先の体育祭で結成された悠ヶ丘アベンジャーズのメンバーである。騎琉斗キルトが誘ったのだ。


 コングや蓮人への復讐のために結成された悠ヶ丘アベンジャーズだったが、大衆の面前で恥をかかされ、復讐は失敗に終わっていた。だからこそ、騎琉斗の話を断る理由は誰一人なかった。


 彼らが今いるのは男たちが集結した倉庫の二階部分──吹き抜けになっていて、部屋の窓からは倉庫全体が眺望できた。


「もう一度説明してやってよ、父さん」


 近蔵の息子、騎琉斗がそう言うと、近蔵はうなずいた。


 窓から眼下を見やる。


「まずあの黒服の三人組、見るからにホスト然とした連中だが──」


 その三人は背が高く、顔立ちの整ったイケメン揃いだった。現代、多くのホストがそうしているように、ばっちりとメイクまでしている。そして、胸元にはお揃いの黒薔薇のラペルピンをしていた。


「彼らは人呼んで歌舞伎町の処刑人。その名も【Punishmentパニッシュメント Roseローズ】。黒髪のが風間かざましょう、金髪ロングがYU-YAユーヤ、そして中央の銀髪の男が真宮寺しんぐうじ凌馬りょうまだ」

「かっけぇ……」

「なんか雰囲気あるよな」


 近蔵は次に、だぼっとした服装の三人組に指先を向ける。いかついネックレスやブレスレットを身に着け、派手な格好をした男たちだった。


「あの三人は【Ollieオーリー KIDsキッズ】。センター街を根城にしてる連中で、スケボーで宙を舞い、縦横無尽に人を襲う。付けられた異名は、ストリートの悪童」

「俺好きだな、あのファッション」

「うん、イカすよな?」


 話している少年たちを見て笑うと、近蔵は続ける。


「左のパーカーの男がコースケ。右のスケボーを持ってるのがガンテツと言う。そして中央の黒いニット帽に無精ひげが──」

「あれはビーニーって言うんだよ、父さん」と騎琉斗が言葉を差し込んだ。


 近蔵は一瞬、口を迷わせると小さく咳払いをした。


「ビーニーを目深に被ってるのが邪鬼ジャックという男だ。そして最後に、あの赤いのジャンパー男たちだが」

「ジャケットって言うんだけどね?」

「うるさいぞ、騎琉斗。いちいち茶々を入れるな」

「ハイハイ」


 近蔵が気を取り直して、最後の三人組を紹介する。


「あの連中は、サンシャイン通りの害虫駆除人──その名も【CRIMSONクリムゾン EXTERMINATORエクスターミネーター】。あの赤いのは数多の者たちの血に染まっている」

「クリムゾン、か。血塗られたって意味だな」

「じゃあ、エクスターミネーターはどういう意味だ?」

「さあ、知らね」


 因みにエクスターミネーターとは害虫駆除業者という意味なのだが、そんな疑問はお構いなしに、近蔵は話を続けるのだった。


「左右の男は南雲なぐもさとる南雲なぐもかける──サトルとカケルの南雲兄弟だ。中央のが三頭みとう真也しんやって言う名だ」


 そこまで言うと、最後に付け加える。


「彼らはそれぞれの街で、半グレ集団を統率している幹部連中だ。普段は表に出てこないからな。どいつも滅多にお目にかかれないレアキャラばかりだぞ?」


 少年たちを見やると、どこか小馬鹿にしたように眉を上げながら笑った。


 だが少年たちは、無言のまま、じっと幹部たちを見つめていた。


 窓越しながらに、彼らは幹部たちの風格に完全に圧倒されていたのだ。


 その後も暫く、塾長と幹部たちの会話を覗き見ていた。


「話は他でもない。仕事の依頼だ」


 藤堂が男たちに紙を手渡す。


 数枚からなる依頼内容を記した資料だった。


「悠ヶ丘学園?」

「ただの中学じゃねぇか」


 資料をめくりながら、男たちが口々に言う。


「なんだよ。今度のターゲットってのは中坊なのか?」


 【オーリー・キッズ】の邪鬼ジャックがそう聞き返した。


「そうだ。今回は悪ガキどもの駆除が仕事だ」


 藤堂は答えると、三組を見やった。


「取りあえずは、そこに載せてる連中の周辺を徹底的に調べろ。住所や家族構成、友人関係からなにから、得られる情報を全て奪うんだ」


 黒髪と金髪のホスト、翔とYU-YAユーヤは互いを見やって溜息を漏らす。


「分からないな、なぜこの程度の仕事で俺たちが呼ばれた?」

「こんなの下っ端で十分だ。それこそ、ここの練習生にでもやらせたらいい」

「藤堂さん」


 銀髪ホスト、凌馬も口を開いた。


「さっきも言ったでしょ? 僕らこう見えて、結構忙しい立場なんですよ」

「これは命令だ」


 すると藤堂は声を低め短く返す。


「命令に疑問を挟む権利など、お前たちには無い」


 そう言うと、後ろに首を巡らせて二階の窓を見上げた。


 急に視線が窓に集中し、少年たちがたじろぐ。


「大丈夫。向こうからは見えない」


 近蔵だけが平然としていた。


 腰で手を組んだまま、ふんぞり返って男たちを見下す。いやらしく笑っていた。


「姿ばかりか、声もな。ここは、そう言う部屋だ」


 視線を幹部たちに戻し、藤堂が続ける。


支援者ドミネーターたちの命令は絶対だ。今回はその支援者のお一人からの依頼だが、お前らはいつも通りに仕事をすればいい。いつもより簡単なはずだろう? 相手は粋がった餓鬼なんだからな」


 彼がそう言うと、凌馬は嘆息した。


「そーですか、了解」

「お前たちも、いいな?」

「分かりました。駆除の依頼とあらば、私たちはどこまでも……」


 三頭真也もうなずく。


「たとえ相手が地獄に逃げても、どこまでも追い詰めてきっちりと駆除する」

「それが僕らクリムゾン・エクスターミネーター、街の害虫駆除人だからね」


 真也の後ろに立つ南雲兄弟もそう応じた。


「終わったら、ラーメンでも奢ってやるよ」

「ったく、お優しい父親なこったぜ」


 ビーニーを被った邪鬼ジャックに嫌味を返され、藤堂は肩を竦める。


「さ、仕事に取り掛かってくれ!」

「お任せあれ」

「ウッス!」

「了解」


 こうして、九人の男たちは帰っていった。


 彼らのオーラに、悠ヶ丘アベンジャーズはずっと圧倒されっぱなしだった。


「どうだったかな? 半グレの幹部たちの顔ぶれは?」


 近蔵から尋ねられ、少年たちは興奮気味に口を開く。


「なんか、すっげぇ……!」

「みんな、オーラが凄かったな!?」

「それにメッチャカッコいいじゃん!」

「正直、俺も舐めてたよ、父さん」


 騎琉斗が父を見上げる。


「半グレなんて所詮、チンピラの寄せ集め集団だと思ってた」

「だが、組織化し武装強化すればここまで統率の取れた軍隊となる。奴らのネットワークと組織力は、脅威だぞ?」

「……かっけぇ」

「風格が違うよな? なんて言うか、他の大人と」


 少年たちが一様に感じていたのは、それだった。


 今までに彼らが出会ってきたどんな大人、どんな人間とも風格オーラが違うのだ。

 コングたちは愚か、普段偉そうにしている教師も、威圧的で生徒たちから怖がられている教師どもも、足元にも及ばない。


 不良の一人が「ハハッ」と嘆く様に笑いを漏らした。


「俺たちのやって来た事なんて所詮、不良ごっこに過ぎなかったわけだ……」

「俺、【オーリー・キッズ】に入りてぇな」

「俺は【クリムゾン・エクスターミネーター】かな。なんか、みんな渋くて格好良かったぜ。大人の男って感じで」

「どれも名のある組織だからな、入るには資格が必要だぞ?」


 近蔵が答える。


「資格っすか?」

「ああ、それなりの武力、チカラを示さなければな」

「俺ら、喧嘩はけっこう強いっすけど?」


 不良連中が腕に自信アリと笑った。


 すると近蔵は少年らにウインクして、こめかみに指を突き付けてみせた。


「強さってのは、単なる喧嘩の強さだけじゃだめだ。頭も切れないとな? 彼らは、そういった総合的な戦闘能力でランキング分けされているんだ」

「ランキングっすか」

「ああ。最初は皆、Fランクの練習生から始める。EとDはなくて、その次がCランク。その後もBランクAランクと上がっていくが、だいたいは皆Aランク止まりだな」


 窓からトレーニング器具を眺めやる。


「まあ、Aランクでも十分に強いが……。だが、実はその上に特別にSランクというものが存在している。Sクラスになれるのは、ほんの一握りだ。そんな奴らが幹部候補生になる」

「Sランクかぁ、厳しそうだなぁ」

「馬鹿かお前、なに今から弱気になってんだよ! 俺は毎日筋トレしてんだ、Sランク何てヨユーだぜ!」

「それは頼もしい」


 近蔵はおどけてみせた。


「あの幹部たちはみんな、そのSランクの化け物たちって訳ですね?」


 そう聞いたのは、マンタだった。


「違う」

「えっ!? それじゃあ……」


 驚くマンタを見て、近蔵は笑った。戸惑う少年たちを見渡し、勿体ぶりるように目を泳がせた。


「FからSまでの戦闘能力のランキング。これらのランキングには番外があるんだよ。特筆すべき強さを持つもののみが得られる特別なクラス。SSSランクだ」

「えっ、SSSランク……!!」

「ああ。あの九人は皆、SSSランクの最上位者ってわけさ」


 少年たちが歓声を上げた。


「まじか!?」

「カッケーッ!」

「やっぱ俺も武断塾に入りたいぜ!」

「どうだい、みんな?」


 興奮する少年たちに、騎琉斗は冷静に問いかけた。


「最初は直接復讐したいって言ってたけど、気が変わったんじゃないか? 彼らに任せるのも一興だとは思わないか?」

「うん」

「確かに」

「だろ?」


 騎琉斗はそう言うと、父の近蔵を見やって笑った。


 近蔵が息子の肩に手を置く。


「当日は美味しい料理でも食べながら、この特等席から優雅に見物しようじゃないか? あのゴミ虫どもがやられる様を、まるでアクション映画や格闘技観戦をしているようにな」


 近蔵の冷然とした言動に、少年たちは思わず息を呑んだ。


 急に彼の雰囲気が変わったからだ。あの九人の若者たちと同様の、いやそれ以上のオーラが漂い始め、少年たちは身体を硬直させた。


「分かるかね? 私たちは、君らが憧れるSSSランクの最上位者を飼育う存在なのだ……。勘違いしてはいけないよ? 彼らは決して憧れるような存在ではない。彼らを手の平で転がす特権階級はその遥か高い位置に居るのだからね」

「と、特権階級すか……」


 不良の一人がすごすごと聞き返す。


「ああ、そうだ。ここに私たちが居ることを知るのは藤堂だけ。彼がこちらを見上げた時の、あの怯えたような、敗北を悟ったような何とも言えない表情を見ただろう? あれは可笑しかったねぇ」


 近蔵が不気味に笑う。


「……」


 少年たちはギョッとして互いを見合った。


「君たちもこれを機会に、よぅく学びなさい。経済力、求心力、体力に武力……この世には様々なチカラが存在するが、それらと一線を画すのが、【権力】だということをね。

 何故ならば、【権力】はすべてを包括するチカラなのだから。【権力】があれば、この世のすべてのチカラを手にすることが出来る。

 理解することだ。圧倒的で絶対的な【権力チカラ】を前に、武力などいくら積んでも無意味だと言うことを!!」


 父の言葉に騎琉斗の目が怪しく光る。


「こっちの世界に、ようこそ。気分はどうだい?」

「すんごく、良いっすね」

「ああ、コングもラッシーもトールも、みんなションベンびんじゃね?」

「蓮人くんも、これでホンマにホンマのジ・エンドでっせ!」


 安本が顔をピクピクさせながら笑った。


 少年たちの顔はどれも、権力チカラに魅入られた不気味なものに変貌していた。


「不良どもや凡野が半殺しの目に遭うのを、僕らはここから高みの見物って訳ですね、伊谷味先輩?」


 最後に、マンタが騎琉斗に聞いた。


 騎琉斗がうなずく。


「けれど、それをアイツらは知ることすら叶わない。俺たちはアイツらが気づけない方法で、一切手出しが出来ない場所から、こっそりと楽しむのさ」


 騎琉斗も彼らと同じように顔を歪ませて笑った。

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