第89話 忍び寄る魔の手

 少年は高く飛んだ。


「っらぁ!!」


 目の前の男に、空中で回し蹴りを喰らわせる。


「うごっ!?」


 爪先が相手の顎を撃ち抜く。


 男は膝から崩れ落ちた。


 トッ……!


「っし、まずは一人目!」


 着地すると、阿田あだとおる、通称トールはそう言った。


 悠ヶ丘学園の一年生で、一年の番を張る少年である。


「違うな!」

「二人目だっ!!」


 ドガガッ!!


 横で、彼の仲間二人が相手にドロップキックをお見舞いしていた。


「っ!? クソうぜぇ!」


 男が仰け反る。


「これで仕舞いだ!」


 坊主頭で横幅のある少年が猛突進して体当たりをかます。


「ぐあっ!!」


 強烈なぶちかましを受けて、男が吹っ飛び、転がっていく。


 目の前で二人がやられ、最後に残った男は苦々しく舌打ちした。


 三人とも年齢は二十代前後といったところか。皆、いかにもなチンピラ風情の男たちである。


「あっという間に一人になっちまったな?」


 トールたちが残った一人を追い詰める。


「くっ……!」

「アンタら、最近このへんうろついてる奴らだよな?」


 トールが男に問うた。


「女子にまで声掛けてるらしいけど、何が目的だよ?」


 女子生徒から、トールは相談されていたのだ。


「なになに~?? 声かけ事案は犯罪なんですけど~?」


 坊主の少年がぷぷぷと笑う。


「餓鬼が、ふざけやがって!!」


 ジャリ……!


「調子に乗んなぁっ!!」


 倒されていた一人が、急に起き上がる。


「!!」


 それに気が付いて、少年たちが振り返った時……。


 ジャキ──ッ!!


 男は隠し持っていた折り畳みナイフを握っていた。


「あっ!!」

「トール、危ねぇ!!」


 仲間が叫ぶ。


 だが男はトールの腰目がけて突進してくる。


「死ねやっ、餓鬼ーっ!!」

「!?」


 ナイフの切っ先が彼を襲う、その瞬間──


「ヒャッホーー☆」


 ドガッッ!!


「ぐがぁっ!?」


 死角から膝蹴りが飛んで来て、ナイフを持った男の顔面に直撃する。


 ナイフを落とすと、男は顔面を手で押さえて悶絶した。


「クケ──ッ!!」


 背の高い少年が、ポケットに手を突っ込んだまま怪鳥のように笑う。


「ケケケ! 楽しそうなことやってんじゃん。俺も混ぜてくれよ」

「ラッシーくん!」


 悠ヶ丘学園三年、羅椎らしい英司えいじ。狂犬ラッシーその人だった。


 その狂暴性から狂犬の異名を持つが、本当に細身な大型犬を思わせる体型である。


「クケケケケ──ッ!!」


 ドゴ! ボキ! バキ!


 最後に残っていた男の胸ぐらを掴むと好き放題に殴り続ける。


「うらっ!!」

「ぐげっ!!」


 腹に膝蹴りを受けて、男は蹲った。


「はぁ、ヨワ。つまんねぇな」とラッシーが溜息を漏らす。


「クッ!! 舐めやがって!!」

「こいつら中坊の癖に、なんでこんなに強いんだよ!?」

「オイ、ここは一旦引くぞ!!」

「ちょい待ち、これ置いてけぇ?」

「!?」


 ラッシーが男の服を掴む。


 柄シャツの胸ポケットから何かを毟り取った。


 白い結晶のようなものが入った小さな袋……。


「っ!!」

「ふ~ん……」


 その袋を摘まんで、ラッシーが鼻から息を漏らす。


 立ち上がって距離を取る男たちを見てにやついた。


「ケケケ! 何だこれ、教えてくれよオッサン」

「っ!! 返せっ!!」


 そう叫ぶが、誰もラッシーには近づこうとしなかった。


「コイツらがここんとこ、学園の周りをうろついてる連中すよ」

「その妙なモンを売りつけようとしたり、生徒の後をつけたり」


 トールたちがそう言うと、ラッシーは黙って男たちを見据えた。


「これぇ、一個いくら?」


 そう聞かれても、男たちは答えなかった。


「ただで済むと思うなよ、餓鬼ども!」

「俺たちの商売の邪魔をしたんだ。上が黙っちゃいねぇぞ」


 後退りながら男たちは言った。


 最後に付け加える。


「おめぇらは、踏み込んじゃいけない大人の領域に足を踏み入れた。覚悟しとけ」


 捨て台詞を吐いて逃げ去っていく。


「ラッシーくん!」

「助かったっす!」

「ほれ、お前にやるよ」


 トールに小袋を投げる。


「コングが呼んでる。緊急集会だってよ」

「うっす!」

「多分、と言うか間違いなく、ソレとかあの連中の事だろうけどよ」


 ラッシーは男たちが逃げていった方向を見やって呟いた。


「行こうぜ」

「はい」

「お前の大好きな奴も呼んでるらしい」

「大好きな、すか?」

「あのふてぶてしい、自称、王様よ」

「王ってまさか」


 顔を見合わせるトールたちを余所に、ラッシーはケラケラ笑いながら歩き出した。




 いつもの集会場所──体育館裏、倉庫前。


 その場所には、いるはずのない顔ぶれが混じっていた。


「蓮人くん!」


 凡野蓮人を見つけて、トールが笑顔になる。


 蓮人が彼らの集会に参加するのは、あの日以来だった。


「あれっ!? アルベスタ先輩まで……。一体どうしたんすか!?」


 蓮人と同じ二年のアルベスタ・メルブレイブも同席していて、トールは驚いた。


「久しぶりね、トールくん」

「どうもっす」

「見ろよ。ほかにも女がいるぜ?」


 トールの仲間が小声で言った。


「あれって、ノース軍で応援団長やってた……」

「確か、三年の高塚って人だな」


 なんと高塚香織までも顔を揃えている。


「どうなってんだ?」

「異例づくめだな」

「揃ったみてぇだな!」


 集った面々を見やって、三年が言った。


「そろそろ始めっか?」


 輪の中心に立つ少年に聞く。


「緊急集会はじめんぞ!」


 少年はうなずくと皆に向かってそう言った。


 吉見よしみ猿彦さるひこ──通称コング。悠ヶ丘学園の番長である。


「話は他でもねぇ、ここ最近、学園ガッコの周りをうろついてる妙な連中のことだ」

「さっきも潰してきたとこだぜ、クケケケ」

「コングくん、そいつらがこれを……」


 トールがコングへ例の小袋を渡す。


 コングはそれを指で摘まんだ。


 近くの三年生たちが覗き込む。


「これは……!」


 ヒュ~。


 誰かが冷やかすように口笛を吹いた。


「上モノ? 上モノか?」


 小袋に鼻を近付けてクンクンと嗅ぐ。


「やめとけ、馬鹿」

「ああ。十中八九、やべぇクスリだ」

「だろうな」


 そう言ったのは蓮人だった。


「袋は決して開けるな。色々と面倒なことになるだろうからな」


 皆に向かって、警告する。


 コングは嘆息した。


「このあたりをうろついてたのは、コイツを生徒に売りつけんのが目的か……」

「それに、女子にもちょっかい出してるっすよ」


 トールはそう言った。


「夜道でつけ回されて、怖い思いをした子もいる。一体どうなってんだ」

「JC好きのロリコンって訳じゃあ、なさそうだしな」

「ここのところ、増えて来てるよね」


 そう言ったのは高塚香織だった。


「見るからに怪しくて変な連中。道に迷ったふりして生徒たちに声を掛けてるって聞いたよ。私も見たことがある。何もしてこないけど、ニタニタ笑いながらじーっと目で追われてさ。怖いよね、正直」

「誰か探してんのかな?」

「選別してんのかもな、クスリ売れる奴を」

理解ワカらねぇな」


 コングがぽつりと言った。


「何が?」

「ここは歓楽街じゃねぇんだぞ」


 そう言うとみんなを見やる。


「不特定多数が行き交う場じゃない。ただの住宅地にある学校だ。こんなところでこんなヤバイもん売りつけたり生徒に声かけたり、なんの利もねぇはずだろ」

「確かにな。こういうの捌くなら街中の方がいいだろうけど」

「恐らく、別の目的があるんだろう」


 蓮人がそう言った。


「単にクスリを売り捌く以外の目的が」

「だろうな」とコングがうなずく。


「確実に、悠ヶ丘ウチを狙ってる」

「マジかよ……」

「トール、お前まさかヤクザにでも喧嘩タイマン吹っ掛けたんじゃねぇだろうな?」


 三年の一人が、半ば冗談でそう聞いた。


「ま、まさか! そんなことしてないっすよ!」


 トールが全力で手を振る。


「注意が必要だな、どっちにしろ」


 三年の一人がそう言うとコングを見やった。


「ああ」

「けど、どうするんすか?」


 声を上げたのは、黙って話を聞いていた二年連中だった。


「俺らのこと舐めてますよね? このままでイイんすか?」


 三年連中は思案気に黙った。


「ヤバそうな連中だし、相手は大人オトナだしな」

「ああ。全面戦争は避けてぇところだが……」

「どうするよ、コング?」


 三年たちがコングに顔を向ける。


「被害が出てないんなら、こっちから仕掛ける必要はねぇ。ただ──」


 そこまで言うと拳の骨を鳴らし、声を低めた。


「悠ヶ丘に手ぇ出すんなら、ただじゃおかねぇ!」

「なあ。ところで、俺が呼ばれた理由は一体何なんだ?」


 蓮人がコングたちを見て尋ねる。


 彼は放課後、集会に参加するようにコングから直接要請されていた。


「一般学生にも、それとなく注意するように言っといてくれや。特にコイツは絶対に受け取らないようにな?」


 コングが小袋をヒラヒラさせる。


「俺たちみたいなのじゃなく、明らかに普通の生徒を狙ってるからよ」

「なんで、それを俺に言うんだ? 番長の口から言ったほうが効果があるだろ?」

「いちいち面倒臭ぇなお前」


 コングが困ったように金髪頭を掻く。


「お前は学園ここの王だろ? 生徒たちを守るのも、王様の務めだぜ?」

「それは、既にお前らがやっているのでは?」

「馬鹿言うな、俺らはそんなんじゃねぇ」


 コングはそう言うと鼻から息を吐いた。


「頼んだぜ。それに、こう言うことは俺らが言うよりも、お前らみたいなのが言ったほうが効果があるんだ」


 コングがアルベスタや高塚を見やる。


「わかった、伝えとく」と高塚は答えた。


「ええ、生徒のみんなに危険が及ぶのは嫌ですものね」


 アルベスタもうなずく。


「けれど、先生に言って警察に相談した方が早くないかな?」


 高塚が至極真っ当なことを言うと、アルベスタもそれに同意した。


「その辺は任せる」


 コングは短く返すと、手のひらに乗る小袋を睨んだ。

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