第87話 祝勝会

 気が付くと、俺はベッドで横になっていた。


 学園の保健室だ。


「……そうか、リレーで無理をし過ぎて、気を失ったんだな」


 少々熱くなりすぎか。


 身体に相当負荷を掛けてしまったらしい。


 ステータスを確認してみる。


 今は状態も見られず、HPも減ってはいない。寝ている間に回復したようだ。


 窓に顔を向けると、外はもう暗くなっていた。


 窓ガラスに室内が映っている。ガラス越しの時計は、六時半を過ぎていた。


 養護教諭に礼を言うと、俺は保健室から出た。


 校舎内はひっそりとしていて、体育祭の熱狂は既に失せていた。


 階段を上り、多目的室へと向かう。


 ノース軍がずっと拠点として使っていた場所である。


 養護教諭の話では、俺の荷物は多目的室に置かれたままらしい。


 体育祭の練習中、仲間たちと長い時間を過ごしてきたその場所も、今では照明が消え、静まり返っていた。


 ガラガラ……。


 パチ──!!


 ドアを開けた瞬間、室内の照明が一斉に点り、室内が明るくなった。


「……」


 ノース軍の皆の姿がそこにはあった。


「遅ぇよ!」


 コングがそう言った。


 彼はホワイトボード前の教卓で胡坐をかき、軍旗を肩に担いでいる。


「真っ暗な教室で何をしてるんだ、お前たちは?」


 彼らの顔を見やり、俺はそう返した。


「みんな、お前を待ってたに決まってんだろ?」


 どうやら全員残っているらしい。


「てか、全然驚いてないじゃん!」

「全員帰ったと思わせて~、からのサプライズ感動させてやろうと思ったのにさ!」

「凡野くん、リアクション薄すぎぃ!」


 ノース軍の面々がそう言って笑う。


「お前にこれ、見せたくてよ」


 コングが軍旗を前に突き出す。


「お前は、ノース軍優勝の立役者だからよ」

「ホラ、これ見てよ!!」


 近くにいた桜葉が、軍旗を広げてみせた。


 軍旗に、ペナントが付いていた。いままで一本も無かった、優勝ペナントである。


「優勝したのか」

「勿論だよ!」

「先輩のお陰ですよ!」


 そう言うと、口々に俺が気を失った後の出来事を説明しはじめる──


 俺も見届けたが、軍団対抗リレーはノース軍が一位でゴールした。


 その後におこなわれた閉会式で発表された最終的な結果は……。


【イースト軍595点。ウエスト軍570点。サウス軍765点。ノース軍770点】


「総合優勝はノース軍」


 そう宣言され時、グラウンドは大歓声に包まれた。


 みんなは互いに抱き合って、うれし泣きしたそうだ。


 ほかの三軍も、ノース軍の健闘を称えていたらしい。


 俺たちは、見事に優勝を掴み取ったのだ。


「十年以上続いた負の連鎖を、不名誉なジンクスを打破できたんだな。初優勝おめでとう」

「他人事みたいに言うなよ、寂しいだろ!」


 不良たちが首に腕を回してくる。


「そうですよ、先輩!」

「僕らみんな、凡野先輩に感謝してるんですから!」

「っしゃ! コイツをみんなで胴上げしようぜ!」

「馬鹿、やめろ」


 絡みついた腕を俺は解いた。


「そんなことされたら天井に激突する」


 トッ。


 コングが教卓から飛び降りる。俺に近づいた。


「凡野」


 そう言うと彼は横を向いた。


「なんつーかその……、お前のお陰だぜ」


 横を向いたまま、どこか恥ずかしそうに言葉を続ける。


「優勝できたこともそうだけどよ。こんな面白い体育祭、初めてだったぜ。俺みたいな人間、学校ガッコの連中とツルむってことも、お前がいなきゃ、多分できなかっただろうしな」


 俺を見ると、すっと手を出した。


「ありがとよ、キング

「こちらこそ、団長」


 俺はその手を取って、握手を交わした。


「キング? キングって?」

「さあ……」

「よしゃ!!」


 そんな会話を威勢のいい声が掻き消す。


「んじゃあ、全員揃ったし、打ち上げをはじめようぜ!」

「いいね! 俺は待ちくたびれて、メチャクチャ腹減ってたんだよ!」


 テーブルにお菓子やジュースが並べられていく。


「飲みモン持ったか!? それじゃあ乾杯するぜ!」


 コングが紙コップを突き上げる。


「ノース軍の優勝を祝して、乾杯!!」

「「「カンパ~イ!!」」」


 こうして、ちょっと遅めの祝勝会がはじまった。


「具合はもう大丈夫かい? 急に倒れたから心配していたが」


 高塚がそう聞いてくる。


「ああ。寝ているうちに回復したようだ。そっちも、足は平気か?」

「うん、私も保健室で湿布を貼ってもらったからね」


 そうは言うものの、炎症は引いておらず、当然まだ完治はしていない。


 痛みが取れるまでしばらくかかりそうだ。


 俺はこっそり【回復魔法】をかけて彼女の捻挫を治した。


「けれどわたし、まだ信じられません」


 そう言ってきたのは佐々木だった。


「ノース軍が優勝したなんて、夢見たいです」

「僕も」


 一年男子が頷く。


「サウスと五点差だもんな、あれ見てちょっとビビったもん」

「最後のリレーで、どうにか逆転優勝できたね」

「凡野!」


 三年生も声を掛けてくる。


「最後の走り、凄かったよ!」

「怒涛の三人抜きだもんね、わたし、今思い出してもトリハダだよ!」

「全員が距離を縮めてくれていたね。最後に自分が美味しいところを持っていけただけさ」


 俺はそう返した。


「それに、みんなの応援も力になった」


 そう言うと、佐々木を見やった。


「あの声援のお陰で、最後の踏ん張りがきいたんだと思う」


 佐々木たちが笑顔になる。


「体育祭を通して、わたし、すごく自信がつきました。自分でもやれるんだなって!」


 佐々木は眼鏡をキラリと輝かせた。


 みんなはそれぞれ、今日の思い出に花を咲かせていた。


 そんなワイワイと楽し気な仲間たちの姿を、俺は見やった。


 ……やはり俺は、こいつらのことを。


「どうしたの、凡野くん?」


 黙っていると、松本さんが俺の顔を覗き込んでくる。


「……いや、なんでもないんだ」


 俺は松本さんの顔を見つめた。


 認めたくはないが、俺は──


 紙コップに視線を落とす。


 オレンジジュースに映る自分と目が合った。




 祝勝会の後、拠点として世話になった部屋を全員で掃除した。


 帰る頃には、すっかり夜になっていた。


 もう十一月だ。空気は冷たい。


 パチ、パチ、パチ……。


 照明が落ちると、一瞬で真っ暗になる。


 皆、思い思いに教室を後にした。


 松本さんは立ち止まると、誰もいない部屋を見渡した。


「松本さん?」


 俺はドアの前で問いかけた。


「あいな、どうしたの?」


 桜葉も聞く。


「終わっちゃったね、体育祭。ちょっと寂しいね」


 暗くなった教室を見つめたまま、そう言った。


 少し間があって、俺たちを振り返る。


「途中でいろいろあったけど、すごく楽しい思い出が増えたよ」

「そうだね、あたしも」


 桜葉は頷いた。


「さ、帰ろうか!」

「うん」

「ああ」


 こうして体育祭は幕を閉じた。

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