第86話 王 vs 神
ピッ、ピッ、ピッ!!
ドン、ドン、ドン!!
長ラン姿の応援団がその黒い衣を翻し、笛や太鼓のリズムに合わせて演舞を踊る。
「フレ──!! フレ──!! ノーース!!!!」
応援団長、高塚香織の声が秋の空に響いた。
「「「フレ、フレ、ノースッ!!!!」」」
それに合わせて、俺たちも声を張り上げる。
──仕切り直された体育祭は、各軍の応援合戦で幕を上げた。
その後も創作ダンス、組体操、騎馬戦などなど……どの競技も熱戦に次ぐ熱戦だった。
雨降って地固まる、と言うが、イースト軍やウエスト軍は一丸となって猛追してくる。
常勝軍団のサウス軍も他の追随を許さない。
俺たちノース軍はそんな三軍と鎬を削りながらも、なんとか優勝ラインをキープしていた。
そしていよいよ、体育祭も残り一種目となる。
「次が最後のプログラムとなります。体育祭最後のプログラムは、軍団対抗リレーです──」
放送部員が呼びかける。
軍団対抗リレーは各学年から男女二人ずつ選出し、計十二名でバトンをつなぐリレーだった。
文字通りの最終ステージであり、配点も一番高い。ここでの逆転もまだまだ可能なため、最後にして最大の盛り上がりを見せる種目でもある。
「っしゃ、行くぞ、おめぇら!!」
コングが呼びかける。
「うっしゃあ!!」
「行きますか!」
選手たちが気合を入れて立ち上がった。
「頑張ってね、あいな!」
桜葉がそう言うと、松本さんは笑顔で頷いた。
彼女もリレーに出場するのだ。
「うん、雫も応援よろしくね!」
「任せて!」
「行こう、凡野くん」
声を掛けられ、俺も立ち上がる。
「先輩! 軍旗、預かります!」
「うん、よろしくね!」
高塚が後輩に軍旗を託す。
「応援、頼んだよ!」
「はい!」
軍旗を大きく振って、生徒の一人がノース軍を見やった。
「よーし、最終決戦だ! みんなで力の限り応援するぞ!」
「おーっ!!」
「みんな、頑張ってね!!」
「ぶっちぎって来いよ!」
残る生徒たちが声援を送って選手たちを送り出す。
俺たちは手を振ると、全員で集合場所へと向かった。
そして……。
パン──ッ!!
スターターピストルが鳴り響き、決戦の火蓋を切った。
第一走者が走っていく。まずは、ほとんど横並びだ。
ノース軍が勝負を仕掛けるのは第五走者の高塚の時だ。
彼女は陸上部で短距離の選手でもあった。ノース軍の女子の中でも一番足が速い。
このアドバンテージを利用しない手はない。
彼女で貯金を作って、ラストスパートに繋げる計画だ。
因みにアンカーはコングで、その直前が俺である。
そして俺と同じ第十一走者にはアルベスタの姿もあった。
目の前で、次々とバトンが渡されていく。
第四走者までは僅差の攻防が繰り広げられた。
「よし、行ってくる!」
高塚がスタートラインに向かう。
「先輩、ファイトです!!」
松本さんがガッツポーズでエールを送る。
高塚は力強く頷いた。
第四走者がカーブを曲がり、バトンを受け渡すテイクオーバーゾーンへと迫る。
この時点でノースは二位、まずまずの位置だ。
俺たちの目の前で、高塚がバトンを受け取り、軽やかに駆け出した。
「ノース、バトンパス上手いよな」
「うん。多分足の速さは勝ってると思うけど、あれで差を詰められてる気がする」
ほかの軍の生徒たちがそんなことを言っている。
松本さんが俺を見て笑った。
「バトンパス、練習してきた成果が出てるね」
「ああ」
話している間にも、高塚は風のように駆け、あっという間に一位の選手を抜き去り先頭に躍り出た。
後はその差を出来るだけ開くだけ……、そう思った瞬間に異変が起こった。
コーナーを曲がり切った直後、高塚の身体が大きく前に倒れ込んだのだ。
「えっ!?」
「あっ!!」
ノース軍だけでなく、ほかの軍の選手たちも思わず声を上げる。
バランスを崩した高塚は足を縺れさせて、転んでしまった。
それでも彼女はすぐさま起き上がって、また走り出す。
だが、相当足が痛むのだろう。片足を引き摺るようにして走っていた。
「先輩、足が……」
松本さんが祈るような声で呟く。
「恐らくカーブで足を捻ったな。だいぶ無理してる」
「先輩……」
高塚は苦痛に顔を歪めながらも懸命にゴールを目指した。
だが、一人二人と抜かれ、ゴールする頃には四位となっていた。
残る三軍に大きく差を広げられている。
まずいな。このままでは、優勝は厳しいかもしれない。
「フレ──ッッ!! フレ──ッッ!! ノォォォーーースッッ!!!!」
突如、グラウンドに張り裂けんばかりの大声が木霊した。
一年の佐々木優美だった。
「行けーーっ、ノーーースーーー!!」
「負けんな、ファイトーーーッッ!!!!」
ほかのノースの生徒たちも佐々木に続き大声を張り上げる。
軍旗が大きく振られていた。
そんな声援に後押しされて、ノースの選手たちは練習以上の速さでバトンをつないでいく。
それぞれが己が力の全てを出し切って、死に物狂いで走っていた。
そして高塚を全員でカバーし、少しずつその差を縮めていく。
そんなことをしているうちに、次は第九走者──松本さんの番がきた。
「行ってきます!」
「見てる。頑張れ」
「うん、ありがと!」
松本さんは力強く頷いた。
バトンを受け取り、松本さんが走っていく。
松本さんも短距離走は得意らしく、足も速い方だった。
彼女もまた、いつも以上のペースで駆け抜け、三軍との差を詰めていく。
やがてバトンは第十走者に渡る。この次が、俺だ。
〈運が悪かったな、凡野蓮人〉
アルベスタがコースへと向かいながら、【伝心】でそう言ってきた。
コーナーを曲がり、サウス軍の選手がトップで走ってくる。
その選手を見やりながら、彼女は続けた。
〈だが情けなどかけて手は抜かんぞ。それは相手への侮辱だからな〉
〈当たり前だ。それに手を抜く余裕などないぞ。俺たちがリレーでも優勝するからな〉
俺がそう返すと、ちらとこちらを見てにやりと笑った。
「お先に」
颯爽と走っていく。能力は抑えているもののかなりの速さだ。
やや遅れてイースト、ウエスト軍も通過し、俺は最後にバトンを受け取った。
俺も最初から全力で走った。
前を行く三人を追いかける。
素早く身体を動かしたいが、俺に掛けられているデバフ──【
まるで水飴の中を進んでいる感覚だ。
前を行く二人との距離が少しずつ開いていく。その先のアルベスタまでの距離が遠い。
愉しくて、俺は笑みを溢した。
これは良い【
俺はどんどんと加速していった。
「!!」
前を行く二人が驚いて後ろを振り返る。
「なっ!」
「えっ!?」
一瞬で、俺はその二人を追い越した。
「なにっ!?!?」
アルベスタも俺を見て驚いている。
〈きっ、貴様、【魔人封じの魔鎖】を掛けられて何故そんな力が出せるっ!?〉
〈フン! この程度で俺は抑え込めんぞ!〉
アルベスタが舌打ちする。
「小癪な!!」
アルベスタは更にギアを上げた。
疾風の如く駆け抜けていく。
俺は彼女のスピードになんとか喰らいついていった。
そして、コーナーを曲がり切った最後の直線──
〈フフ! この勝負、貰ったぞ!!〉
アルベスタはもう一段階、加速した。
どうやら、最後の力を隠していたようだ。
「凡野くーん!! ファイトーっ!!」
「!!」
松本さんの声が、俺の耳に届く。
いや、彼女の声だけではなかった。
「行けー、凡野くん!!」
「先輩、負けないでーっ!」
高塚と佐々木の声だ。
「ぶっちぎれ!!」
「凡野ーーっ!!」
「ファイトォーッ!!」
ほかにも多くの仲間たちの声が俺を包む。
……ありがたい!!
松本さんの【
俺は加速度を上げた。
「おぉーーーーっ!!!!」
身体中の筋肉、関節、神経がオーバーヒートしている。
目の奥で火花が散った。
「だが、まだだ!! まだぬるい! この程度、余裕で超越してみせよう!!」
パチン!! ビキッ!!
突然、俺の身体中から妙な音が聞こえ始めた。
「なっ!! 我が【魔人封じの魔鎖】がっ!?」
アルベスタが目を丸くしている。
どうやら、俺を締めつける魔鎖に亀裂が入り弾け飛ぶ音らしい。
俺はアルベスタと横並びになりデッドヒートを繰り広げる。
それにしても、俺にまだ、こんな青い気持ちがあったとは……。
こちらに向かって声援を送る松本さんの顔を、俺は見つめた。
負けたくない。負けたくないよな、好きな人の前で。
良いところを見せたい。
「うおぉぉぉっ!!!!」
「くっ!!」
俺は完全にアルベスタを抜き去った。
目の前ではコングが一番内側に立ち、俺を待ち構えている。
「凡野ーっ、来ーい!!」
「コング! あとは頼んだぞ!!」
「おう!! 任せろっ!!」
バトンを受け渡す。
「だらぁっ!!」
コングは前を向いて全速力で走っていった。
肩で息をしながら、コングの姿を目で追う。
そして……、コングは一位でゴールテープを切った。
歓声が起こる。
それを見届けると、俺は力が抜けて意識が飛んだ。
全身から湯気が立ち昇っている。力が全く入らなかった。
「凡野くん!」
「大丈夫か!?」
薄れかける意識の中で、倒れ込む俺を松本さんや高塚が支えてくれた。
「凡野、しっかりしろ!!」
「うわ!? めっちゃ熱あるじゃん!」
「水!! 誰か、水!!」
ほかのノース軍の選手たちの声を聞きながら俺は気を失った。
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