第83話 悪者たちの告白~生徒編
パ──ン!!
乾いた音が鳴り響き、体育祭の花形、【騎馬戦】の幕が切って落とされた。
「凡野ぉぉぉっっ!!」
「!!」
マンタの乗る騎馬が凡野蓮人を側面から襲う。
不意を突かれた蓮人がハッと息を呑んだ。
「綱引きではよくもやってくれたなぁ、糞ゴミがっ!!」
間抜けな驚き顔の彼に、マンタは手の内に隠し持っていた小型スタンガンを押し付ける。
「これでも喰らえ、倍返しだっ!!」
バチバチバチッッッ!!
「!!」
声も出せずに、蓮人が苦痛に顔を歪ませる。
「ヒャッハァ! あの時の威勢はどうしたよ!?」
バチバチバチバチバチッッッ!!!!
マンタはスタンガンを押し付け続けた。
「お前はイジメられるだけの存在なんだよ、分かったか!?」
苦しむ蓮人の様子を十分に愉しむと、彼の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「『調子に乗ってごめんなさい』って言え? ホラ!? ごめんなさいは!?」
「ちょ、調子に乗って、ごっ、ごめんなさいぃ……」
半べそを掻きながら、蓮人が謝る。
その顔を見ると、ますます腹が立った。
「どぅぅらっっ!!」
ごっ!!
不意に思いっ切り頭突きをお見舞いする。
「うぐぅ!?」
「ムカつくんだよ、その顔! もういっちょ、オラッッ!!」
今度は横っ面を力の限り殴り飛ばす。
「う、うわぁ……」
情けない声を漏らしながら、蓮人が崩れ落ちていく。
彼が乗った騎馬も瓦解して、蓮人は地面に落とされ尻もちを搗いた。
「い、痛いぃ……」
鼻血を垂れ流す蓮人を、マンタは蔑みを込めた眼で見下す。
「あと、小鳩ちゃんには二度と勝手に近づくなよ? 話しかけることはおろか視界に入れることも許さない。あの子は、僕のものだっ!」
「は、はい……」
「ぐわ────っ!?」
「お?」
急に、蓮人の横にもう一人が落下してくる。
ノース軍の団長でこの学園の番長でもあるコングだった。
「ぐはっ!」
地面に叩きつけられると、苦し気に背を逸らした。
「番長なんて所詮は井の中の蛙だったか。口程にもねぇぜ!」
騎馬の上からそう言ったのは伊谷味だった。
伊谷味も、勝ったようだ。
「おい、てめぇら……!」
「っ!?」
「ヒィ!?」
地面に落ちた二人を生徒たちが取り囲む。
安本やコングの元仲間たちだった。二人に復讐がしたくてうずうずしていた連中である。
「まだ終わりじゃねぇぞ、ごらっ!!」
「ずっと復讐の機会を狙ってたぜ、コング!? 貴様だけは許さねぇ!」
「よくも俺たちを
どご!
思いっ切りコングを蹴り飛ばす。
「うぐっ!!」
「よそ見してんじゃねぇぞ、凡野っ!!」
どがっ!!
怯える蓮人を殴りつけたのは、安本だった。
「ぐへっ!」
「キヒ! 文化祭の恨み、た~っぷり晴らさせてもらうぜ、キヒヒヒッ!!」
どこ、ぼこ、どこ、ぼこぼこっ!!
「あぐぅ! がっ!? やっ、やめてぇ!」
「まだまだ! 安本選手のオラオラッシュ攻撃! オラオラオラオラオラ……!!」
逃げられられないように全員で囲み、二人を袋叩きにする。
「だ、誰か助けて……」
蓮人は助けを求め周囲を見渡した。
だが近くにいる先生たちは全員、見て見ぬ振りで通り過ぎていく。
先生だけでなく、誰一人、この暴力行為が見えていないかのようだった。
「これが俺たちの力だっ! 絶大な権力の前には、大人でさえ簡単に屈服させられる!」
勝ち誇ったように伊谷味が言い放つ。
「議員である俺の父──」
「そしてPTA役員のママが手を組んで、裏で手を回したのさ! この学園に、もうお前たちの味方はいない!」
「そ、そんな……」
蓮人とコングの顔が絶望に蒼ざめていく。
「思い知ったか! ゴミ虫ども!」
「ほ、本当にごめんなさいぃ! だ、だから助けて下さい、万太郎様、伊谷味様っ!」
泣きながら蓮人が土下座をする。
「ど~しよっかなぁ……」とわざとらしく指を顎に当ててもったいぶる。
「やっちゃって☆」
考える振りをした後、マンタは安本たちにそう指示を飛ばした。
「いくら土下座しても許さないもんねぇ!」
「糞凡野、てめぇもぶっ殺すからな!!」
「ヒッ、ヒィィィ!!」
土下座しても許してもらえず、殴られ蹴られ続ける蓮人を見てマンタはニヤニヤが止まらなくなった。
「わ、悪かった。俺が悪かったから、だから、もうやめてくれ!」
コングもなす術なく許しを請っている。
「ざまぁねぇな」
「こんなに簡単だったんだ……、ザッコ♡」
マンタは顔を上げ、周囲を見渡した。
「先輩」と伊谷味に呼びかける。
「なんだ?」
「サウスの連中が調子に乗ってますから、一緒に狩りますか?」
「だな」
二人はサウス軍の陣地へと騎馬を突進させた。
「邪魔だ、どけどけどけどけ~!!」
「おらおらおらおら~!!」
まさに鎧袖一触──マンタと伊谷味の二人がサウス軍をどんどんと蹴散らしていく。
結局、終了のホイッスルが鳴る前に、二人だけで、サウス軍とノース軍の全騎馬を壊滅させたのだった。
その後も二人の快進撃は、止まらない。
一番盛り上がる種目にして最終決戦の【チーム対抗リレー】でも、マンタ率いるイースト軍と伊谷味率いるウエスト軍はサウスとノースを圧倒しワンツーフィニッシュを飾る。
そして……。
「ただいまより、最終結果を発表します!」
すべての種目が終わりグラウンドに整列する生徒たちの前で、教師がそう、宣言する。
「サウス軍360点。ノース軍180点──」
グラウンドがどよめく。
「なんだ、この異常な点数の低さは? こんなに低いことってあるか?」
「この二軍がこれだけ低いってことは、つまり……!」
「イースト軍1040点! そして、ウエスト軍1120点!! 優勝は──ウエスト軍ですっ!!」
「ええ────っ!?!?」
グラウンドが大歓声に包まれる。
「すっげぇ!!」
「1120点だって!? こんな点数見たことねぇよ!」
「千点越え……、僕のデータが正しければ、これは悠ヶ丘学園史上初の快挙です。それを二軍同時に達成とは……。やれやれですね」
「あたしたち、素晴らしい瞬間に立ち会えているのね……」
生徒たちが盛り上がる。感動すらしている生徒までいた。
「二位のイースト軍も1040点だなんて、二軍とも凄いわ! 東西二軍が優勝よ!」
「こりゃあ、今年の体育祭はこの二軍にすべて持って行かれたな」
「そうね! けれど、これもすべてあの二人のお陰よ!」
「マンタ様ぁ~♡」
だきっ……!
急にマンタは抱きしめられた。
見ると、同じイースト軍の諏藤小鳩ではないか。
「小鳩ちゃん!? どうしたの?」
「格好良くて、素敵でしたマンタ様♡ アタシ、マンタ様のことが大好きです!」
「こ、小鳩ちゃん……! ぼ、僕も君のことが好きなんだ!」
「お願いです。アタシをお嫁さんにしてください」
潤んだ瞳で小鳩がマンタを見つめる。
憧れの小鳩から抱きしめられ、間近で見つめられてマンタは興奮を禁じえなかった。
「いいだろう! だが、僕は厳しいよ? 毎日、そのおっぱいでご奉仕してもらうからね!」
「やだ、ご主人様ったら恥ずかしい……」
「ちょっと待った──!」
女子生徒たちがマンタを取り囲む。
「なら、わたしを第二夫人にしてください、マンタ様!」
「いいえ、第二夫人は私よっ!」
女子たちは伊谷味にも群がる。
「伊谷味様! 私は伊谷味様が大好きです!」
「わたしもです! どうかわたしを抱いてください!」
「いいえ、この私を抱いてくださいませ!」
「おいおい、君たち……。参ったなぁ」
伊谷味はポリポリと頭を掻いた。
中にはノース軍の高塚香織や佐々木優美も混じっている。
マンタと伊谷味は、悠ヶ丘学園のすべての女子たちに囲まれていた。
「まったく、隅に置けない二人だぜ☆」
「英雄色を好むって言うからな、仕方がないさ」
「だな、一般人の俺たちには敵わないよ……」
「もう二人とも、女子たち全員、嫁にしちまえYo!」
男子たちもなんだかんだ言って、二人のことを祝福しているようだ。
「よっしゃ、こうなったらみんなで、英雄二人を胴上げだい!」
二人は生徒全員に囲まれ、胴上げされた。
「ちょ!? みんな、よせって!」
「はははっ! 危ないって!」
マンタと伊谷味は困ったように笑いながら何度も空を舞うのだった。
その夜、マンタと伊谷味、そして今回の件に加担したすべての生徒たちがグラウンドに集結していた。
体育祭の熱狂も静まり返り、今は外灯と月の光だけがグラウンドを照らしている。
「手に入れた……! この学園のすべてを手に入れたぞ!」
マンタがグラウンドの中心で両手を広げ、高らかに宣言する。
「おいおい、それは聞き捨てならないな」
横にいる伊谷味がそう言った。
「おっと、失礼しました、先輩」
マンタが肩を竦めて見せる。
「二人のお陰で、今日はスッキリできたぜ」
そう言ったのは二年の不良たちだった。
「自分もでっせ、キヒヒ!」
安本もピクピク笑顔を引き攣らせながら言う。
「まあ、まだ全然殴り足んないけどねぇ」
そんな二年生たちの様子を見て、「おい。マンタ」と伊谷味が呼びかけた。
「お前、そいつらを
「下僕ったら?」
「ああ」
頷くと、伊谷味は三年の、自分の取り巻きを眺めやる。
「上に立つ人間はな、何かと使える下僕が必要なんだよ。いろいろと便利だぜ?」
そう言われると、マンタは安本たちに向き直った。
「安本、これからも凡野を殴りたいか?」
「ああ」
「なら、
サンドバッグ大会でも開いてやろうか? 凡野だけじゃなくて、ほかにも色んな奴を集めてやる」
「マジで!」
「ああ。そうだ、お前が司会をやったらいいよ」
「ひょっほ~! 何ソレ、楽しそーっ!!」
安本が小躍りする。
「お前らも、コングにまだまだ恨みがあるだろ?」
今度は不良たちを見て問うた。
「勿論だ!」
「なら、お前らが不良グループのトップに立て。コング引き摺り降ろしてな。この僕が許可してやる」
「マジかよ!?」
口角を上げ、マンタが黙ったまま頷く。
「僕に忠誠を誓え。シモベになれ」
「分かったぜ」
「これからも、お前についていくぜ、マンタ」
「よろしく頼みまっせ!」
やはりこの学園は僕のものだ。
マンタは心の中でそう思った。
学園の不良たちも掌の上、女たちも全部自分のもの。
「マンタ様の覇道の始まりさ……」
「お、おいあれ……!」
不意に横で、そんな戸惑った声がした。
「なんだ、あれ」
「どうした?」
振り返って目に飛び込んできたものを見て、マンタは言葉を失った。
伊谷味も困惑した表情でそれを食い入るように見つめている。
「な、なんだよこれ」
グラウンドの隅──校舎側に謎の建物が出現していたのだ。
当然ながら、学校内にあるはずもない古めかしい木造の家で、何百年とやっている旅館を思わせる造りだった。
黙って見ていると、正面の障子がゆっくりと開き、中から人が出てきた。
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