第84話 悪者たちの告白~大人編
中学生たちの熱戦が幕を閉じてから数時間後──
大人たちは都内某所の料亭に顔を揃えていた……。
屋号の名は、
「しかし点数を操作するとは、学園長先生も
マンタの母、PTA重役の壕がニヤリと笑って学園長を見やった。
「そっ、そんな。待ってください」
慌てたように学園長が言葉を返す。
「あっ、あれは壕さんと、伊谷味議員の指示で──!」
「まぁ、人聞きの悪い!」
壕が甲高い声で学園長の言葉を掻き消す。
目を丸くして彼を見やった。
「私たち、点数を操作しろなんて言ってませんよ? ねぇ、伊谷味議員?」
「まったくです。議員とは言え、学校の自治に口を挟むなどとても出来ない」
困った顔をして、伊谷味が首を横に振る。
お猪口をクイッと傾けて、酒で喉を潤した。
「そ、そんな……!」
「逆に聞くが、何か不正でも働いたんですかな? もしそうならば、聞き捨てなりませんなぁ」
「ええ、本当に。PTAでも問題にしようかしら」
「っ!!」
顔を歪める学園長を見て、伊谷味議員と壕は笑った。
「けれど先生方からしたら、今回の体育祭で日頃のストレスを大いに解消できたのではありませんか?」
伊谷味がほかの教師たちにも顔を向ける。
「ス、ストレスと申しますと……?」
教頭が困惑気味に言葉を返した。
「不良連中のことですよ。奴らを懲らしめられて、少しは日頃の溜飲が下がったんじゃないですか?」
「溜飲だなんてそんなことは……」
そんな様子を見て、伊谷味議員は愉快そうに一笑する。
「ハッハッハッハ! 素直になりなさいな、教頭!」
パンと彼の肩を叩いた。
「学校運営で、彼らのような存在には苦労されてるはずですよ」
伊谷味はもう一度、教師たちの顔を眺めた。
「教頭や学園長だけではなく、諸君も、随分と辛酸を舐めさせられてきたのではないかね?」
「いやまったく、その通りであります!」
膝を打ち大声を出したのは体育教師、剛谷である。
「自分は正直、スッキリしましたな!」
「剛谷先生、ちょっと飲みすぎでは?」
教頭が軽く窘める。
だが、剛谷は止まらない。
「みなさんも言ってやればいい! あいつらにどれほど迷惑を掛けられてきたかをねぇ!」
ビールを呷り飲むと、コップをテーブルに叩きつける。
「あれくらい、奴らにとって良いお灸ですよ!」
語気を強めてそう言った。
「ふふふ、みなさんもそう畏まらずに」
緊張している教師たちを見て、壕は可笑しそうに笑った。
「そんなに心配されなくとも、だ~れも聞いてはいませんよ?」
伊谷味も静かに頷く。
「ここは普段、政治家たちが使っている料亭。更にそのVIP専用の奥の間──ここでの会話は一斉、下界に洩れることはない」
スッと顔を上げて教師たちを見つめる。
「安心なさい。この部屋の壁や障子には、耳も目も付いてませんからな」
伊谷味は学園長を見て続けた。
「今回の一件で、あなた方を悩ませてきた不良連中は大人しくなるでしょう。トップに立っていた少年の権威も失墜した。体育祭も大成功。一石二鳥でしょう?」
「は、はぁ……」
学園長が困ったように額の汗を拭う。
「ついでに息子さんも大勝利を収めて一石三鳥では?」と壕が付け加える。
「いやはや、壕さんには敵わないなぁ。流石、次期PTA会長!」
「まぁ、お上手!」
二人して愉快そうに笑い合う。
「あのぅ、それよりも、壕さん……」
遠慮がちに学園長が声を掛けた。
「なんでしょうか?」
「その。息子さんの万太郎くんが撮影した例の動画ですが、ちゃんと削除をしてもらえたんでしょうか?」
「なにがでしょうか?」
質問を質問で返されて、学園長は困惑して表情を固めた。
「いや、やはりその、あれがあると何とも……」
「お互いになんにも悪いことはしていないでしょ? やましいものは映っていない。なぜ、消す必要があるんです?」
「いや、しかしですね、壕さん……」
「学園長、教頭」
伊谷味が二人の名を呼ぶ。
二人が彼を見ると、伊谷味は顔からすっと表情を消した。
雰囲気がガラリと変わる。
見ていた教師たちも思わず息を呑んだ。
「過ぎたことをいつまでも蒸し返しても、なにも良いことはありませんぞ?」
「……!!」
その圧力は、やはり政治家。
本気を出すと、オーラが違うのだ。
「ここで今日のことは全て忘れる。良、い、で、す、な?」
それは学園長と教頭にだけに向けた言葉では、当然なかった。
ここに集う全員に対して発された言葉なのだ。全員が、無言のうちにそれを理解する。
一介の教師に政治家に逆らえる力など、在りはしないのだから。
「わっ、わかりました……! 教頭も、良いな?」
ごくりと息を呑み、教頭が大きく頷く。
「よしよし、それでいい!」
立ち上がると二人の間にしゃがみ込む。
「本当に、イイ子だ」
二人の首筋をゆっくりと撫でまわし始めた。まるで飼っている犬を褒めるように。
撫でながら教師たちにも笑顔を向ける。
「ささ! 今日は大いに飲んで食べましょう! こんな料亭、滅多には来られないでしょうからな。折角だからとことん楽しんでいってください」
「キャ────ッ!!」
伊谷味の言葉は女の悲鳴によって掻き消された。
女性の教師が、口に手を当てて明後日の方向を見つめている。
「ど、どうしました?」
問われると、指を壁の方へと向けた。
「かっ、壁に……耳がっ!」
「えっ!?」
伊谷味が耳を疑う。
「うわあっ!?」
今度は男の野太い声が室内に響く。
「しっ、障子にも目がっ!?」
「!?」
周囲を見渡し、その場にいた全員がギョッとした。
本当に壁と障子に耳と目があるのだ。しかも埋め尽くさんばかりに無数に……。
壁の耳はピクピクと動いており、障子の目は時折、瞬きをしながらこちらを凝視している。
「なっ、なんなんだこれは……!!」
「ちょ、取りあえずここを出ましょう!」
剛谷が目の生えていない唯一の障子に手を掛ける。
ゆっくりと押し開いた。
「な……!?」
「えっ!!」
障子の先にあるのは風情のある小さな庭のはずだったが、それは消失し、彼らの眼前には見覚えのあるグラウンドが広がっていた。
狐に抓まれたまま、グラウンドに降りていく。
薄暗いグラウンドには十人前後の人影が見えた。
「誰だ! なにをしてる!?」
目を細めながら剛谷が叫ぶ。
「剛谷先生!?」
「えっ!? 生徒なのか?」
「まあ、万太郎ちゃん!?」
壕も息子を見つけて叫んだ。
「ママ!?」
「父さん……」
「お前、どうしてこんなところに」
「いや、父さんこそ」
全員パニックである。
「一体、どうなってるんでしょう?」と教頭が不安げに横にいる学園長を見やった。
「分かりません……。あれ!? ほかの先生方は??」
「えっ? 今までここに……。あれ??」
学園長と教頭、剛谷の三人が残っているだけで、ほかの教師たちがいつの間にか消失しているのだ。
今までいた部屋を見やっても誰一人いない。
「どうなってる!? 一体、何が起こってるって言うんだ……!!」
混乱で動悸が激しくなる。
呼吸を乱しながら周囲を見やる学園長だったが、次第にその視界はぼやけてきた。
「な、なんだ!? 目が」
「なんだよ、これ! 目が見えない!!」
ほかの人たちも同じようだ。
涙が滲むように目の前がぼやけ、揺らぎ始める。
そしてゆっくりと周囲が明るくなり、陽炎のように何かが現れてきた。
耳にも、今までにない音や声が聞こえ始める。
光が強くなる。
「──っ!!」
学園長は、思わず目を瞑った。
そして、ゆっくりと目を開く。
「!!!!」
目の前にはそれぞれの陣地でこちらを見つめる生徒たちがいた。
空は明るい。昼だ。
今はまだ体育祭の午後の部が始まったばかり──すべては幻だった。
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