第81話 結成! 悠ヶ丘アベンジャーズ
昼休みの職員室──
壕万太郎、通称マンタは仏頂面で目の前の教師たちを睨んでいた。
手にスマホを持ち、そのレンズを彼らに向けている。
「本当に申し訳ありませんでした!」
白髪交じりの小太りな男とひょろ長い男が、マンタに向かって同時に頭を下げた。この学園の学園長及び教頭である。
二人が頭を下げると、後ろに控えていた教師数人も同じように深く腰を折った。
その様子を、マンタと共に一人の女性がふんぞり返って見ていた。PTAで重役を務める彼の母親である。
マンタは彼の台詞通り、【ママに言いつけた】のである。そして二人で抗議のために職員室に乗り込んだのだ。
「謝って許される問題じゃありませんよっ!!」
教師陣を見下し、マンタの母親は彼らを一喝した。
「一体どうなっているんですか、この学校は──っ!!」
バンッ!!
壕が乱暴に机を叩くと、学園長はびくりと肩を揺らした。
「学園長!! 何とか言ったらどうです!?」
「まっ、まあ、その。落ち着いてください、壕さん」
そう言って額の汗を拭う。
「お気持ちも分かりますが、体育祭ですからね。どうしても、多少の怪我は付き物です」
「真剣に取り組んでいるからこそ、つい熱が入り過ぎてしまうこともあるわけでして……」
教頭もそう付け加えた。
「はぁ!? 何を言っているんですか!!」
とんがり眼鏡をクイッと上げて、壕が彼を睨むと、教頭は申し訳なさそうに背中を丸めた。
「これのどこが、多少の怪我なんですか!!」
壕が息子をオーバーに指示す。
それもそのはず、マンタは腕や足に包帯を巻いて、腕にはギプスまでしていた。
綱引きの際に引き摺られて、本当にあちこち擦りむいてはいるが、流石にやり過ぎである。
教師たちも戸惑いがちに互いを見やっていた。
「病院で検査したら、骨折しているかもしれないんですよ、どうしてくれるんです!?」
「かもってことは、ええと、まだ検査はされてな──」
「どう責任を取るおつもりですっ!! さあ、どうです!?」
当然の疑問は、壕の剣幕で押し切られた。
「行事で生徒にこんな大怪我させてるなんて、ここはそれでも教育機関ですか!!」
「す、すいませんでした……」
困惑しつつも、学園長は穏便に済ませようともう一度頭を下げた。
「ご、午後からはその、怪我人が出ないように徹底いたしますので……」
「それだけでは足りませんよねぇ?」
壕は腰に手を当てると、呆れたように息を漏らした。
「聞くところによると、
「あ、はあ……」
「ほかにもたくさんの不良たちが参加しているとか」
そう言うと、横にいる息子を見やる。
「お互いに頑張ろうと息子が声を掛けただけで逆上し、脅迫してきたとか。暴力も振るわれそうになったと聞きました」
母親がそう言うと、マンタは無言のまま首を大きく縦に振った。
「恐怖を感じて、とても体育祭どころではなかったと聞いてます。一緒にいたお友だちもそうです。早急になんとかして頂きたい」
「な、なんとかですか……」
学園長はしかめっ面になった。
ちらとマンタのスマホを見やる。
撮影されている。不用意なことは発言できない。
「息子の大怪我の原因も、不良率いるノース軍ですよ! 競技の直前に、散々と息子たちを煽って、仕舞いには過剰ともいえる勝ち方で大怪我を負わせています」
「ええと、すいません。あの、誰かなんか、聞いてる?」
教頭が教師たちを見やる。
「いや、ええと……」
審判を務めていた女性の教師が口を濁す。
どう見ても煽っていたのはマンタの方であったからだ。けれど、スマホの撮影がプレッシャーとなって、彼女もまた口を惑わせた。
「すいません、そのあたりは事実確認をしてからじゃないと、なんとも」
教頭がそう答えると、壕は彼に詰め寄った。
「なんですか? じゃあ、あなたたちは被害者である私の息子が、嘘を吐いていると、そう仰りたいんですか!?」
「いや、決してそういう訳では──」
「被害者に鞭打ち、加害者を擁護する……。呆れてものも言えない! まったくもって配慮が足りませんね、この悠ヶ丘学園はっ!!」
吐き捨てるように言った。
「とにかく! 午後までに早急な対応をしてください! いいですね?」
教師たちが黙っていると、壕はもう一度机を叩いた。
「いいですね!!」
「は、はい……」
学園長が項垂れたように一言返した。
「ハイ、はいって言ったところ撮った」とマンタが短く言う。
「はいって言いましたね? 嘘はつかないでくださいよ?」
壕は勝ち誇ったかのように笑った。
マンタも、にやりとほくそ笑む。
「私たちは、決して暴力を野放しに致しませんから! もしも改善されないようならば、教育委員会にも訴え、PTAでも大いに問題にさせていただきます! 私個人としても、この子の親として、息子の怪我については裁判も辞さない覚悟ですので」
そう言うとマンタを連れて職員室を出ていく。
「午後から生徒全員が心から楽しめる体育祭を期待していますよ? それでは」
お辞儀をして、壕が出ていく。げっそりとした教師たちを職員室に残して。
「これでノース軍はやりにくくなるはずだ。ざまぁ見やがれってんだ!」
母と別れ教室に戻ったマンタは、誰もいない教室で顔を歪ませて笑った。
さっきは単に抗議をしただけだが、あの【脅し】は相手に対して絶大な【忖度】を引き出させ、想像以上の効力を発揮することを、彼は知っている。
「ギャハハハハ!!」
「なんだ?」
窓の外が騒がしい。
見ると外では、多くの生徒たちがお昼を食べていた。ノース軍の忌々しい不良たちが騒いでいる。
「チッ!! 猿みたいな声だな、耳障りったらねぇよ──ん!?」
その中に、凡野蓮人の姿を見つけて、思わずガラス窓に顔をくっ付けた。
「あいつ……!!」
蓮人のすぐ横に諏藤小鳩を見つけたのだ。蓮人と笑いながら話をしている。
それを見た瞬間、マンタの心に嫉妬の炎が燃え上がった。
「僕の小鳩ちゃんとあんなに楽しそうに──っ!!」
マンタは、諏藤のことが好きらしい。
「調子に乗りやがって、クソッ!!」
腕にはめていたギプスを外し、床に叩きつける。
凡野蓮人は諏藤だけじゃなく、多くの女子生徒に囲まれているようにも見えた。
綱引きの時のように。
「凡人の分際で、お前にそんな資格ねぇっての!!」
同じ二年のマンタも、凡野蓮人がいじめられている事実は当然知っていた。
一年次からクラスも別で特に接点もなかったが、一度見かけた折、一瞬で虐められる人間の特性を兼ね備えていると
そんな蓮人を見ていると、マンタもどこか加虐心を擽られて、実は一度だけ、オーガ主催のサンドバッグ大会にも参加していたのだった。
凡野蓮人はそんな、どうしようもなく駄目で、無能で、愚図で、愚鈍な、なにも出来ず、一生何も手に入れられない人種のはずだったのだ。
だが、いつの間にか彼は変わっていた。
学級委員の仕事を通して各学年の生徒たちから慕われ、今度の体育祭でも団長をやっている。
少し前ならば信じられないことだ。
どうやら不良たちも一目置いているらしい。
そして、彼を虫ケラ以下にしか見ていなかった女子生徒たちも、気がつけば、彼への態度を一変させている。
美人で有名な喜村菜乃葉や彼が愛してやまない諏藤小鳩、そして転校してきたアルベスタという超絶美女までも、彼とよく一緒にいるのだ。
「凡野蓮人!! この怪我も、女の子たちの前で恥を掻いたのも、思えば全部アイツのせいじゃないか!!」
悔しい。妬ましい。許せない……!!
マンタはノース軍全体や不良たちに仕返しするだけでなく、凡野蓮人個人に対しても、復讐しなければ気が済まなくなった。
「痛めつけてやる! 自分が負わされた怪我以上の痛みを、アイツに与えてやる!」
「ちょうど良かったぜ」
恨みのこもった目で外を見ていた時、背後から声を掛けられた。
「伊谷味先輩!?」
議員の息子である三年の伊谷味だった。
「ちょっといいか、話がある」
「なんすか?」
「お前にとってもイイ話だよ」
そう言うと、伊谷味はにやっと笑った。
「入れ!」
「!?」
伊谷味の一声で、次々と生徒たちが教室へと入ってきた。
全員ウエスト軍とイースト軍の生徒たちだ。
「お前は、安本!?」
元自称【中学生芸人】の安本の顔を見て、マンタは驚いた。
それに不良っぽいのも混じっている。
同じ二年で、オーガがドロップアウトして以降、彼らは不良グループからも外されてしまったらしい。肩身の狭い思いをしている連中だ。
それから伊谷味といつも一緒にいる、彼の取り巻き連中の三年生も顔を揃えている。
「凡野に恨みがあんのか?」と不良の一人が聞く。
「そりゃ恨むよなぁ。綱引きではひでぇやられ方だったもんな」
もう一人が肩を揺すってヘラヘラと笑った。
「こいつら集めて、なにをしようってんです、伊谷味先輩?」
「お前がママとしようとしてることと同じさ」
伊谷味は肩を竦めた。
「ノース軍を完膚なきまでに叩き潰す──コイツらを使ってな?」
そう言うと安本たちを見やった。
「お前らも、凡野蓮人には恨みがあるんだろ?」
「キヒ! 大アリ、大アリ、オオアリクイでっせ! キヒヒヒ……!」
安本が目を血走らせて、そう返した。
ほんの少し前、文化祭で彼の精神は崩壊した。今もその顔は引き攣ったままだ。
「俺らも凡野を憎んでる。殺したい程な」
不良の一人は手首の骨を鳴らしながら、真顔で言った。
「俺らを
もう一人も伊谷味に顔を向ける。
「てなわけだ」
伊谷味はポケットに手を突っ込むと、マンタを見やって短く言った。
「聞くと、二年の団長の凡野ってのは、ノース軍の頭脳らしい。ノース軍を壊滅させるためには、大将の猿ともども潰す必要がある」
不敵に笑いながら、ゆっくりとマンタに近づく。
おもむろに右手を差し出した。
「俺の計画に乗れよ? Win-Winだ。損はさせねぇぜ」
「イイっすねぇ、先輩」
マンタも残忍に笑うと、伊谷味の手を取って固い握手を結んだ。
「けど、具体的にどうやるんすか? 生温いのとか、ナシっすよ?」
「ふん! 心配すんな」
「俺らが生温い手を使うわけねぇだろ?」
不良が口を挟む。
「殺したいくらい憎んでんのによ」
「それなら安心したよ。実は僕もアイツを殺したいところだったからさ」
マンタはそう返した。
それを見て伊谷味も満足げに頷いた。
「俺とお前、議員である俺の父とPTA役員お前の母親の力が合わされば、この体育祭、いくらだってひっくり返せる」
握手した手に力を込める。
「これは復讐だ! 調子に乗った最弱ノース、みんなで潰すぞ!」
「おう!!」
マンタたちが盛り上がる。
これから彼らの復讐劇が始まるのだ。
伊谷味は窓辺に立ち、ノースの面々を睥睨した。
社会の屑め、この俺がきっちりと掃除してやるよ……!
こうして、ノース軍や番長のコング、そして凡野蓮人への
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