第80話 ランチタイム

「よ~蓮人!」

「千夏……!?」


 姉が現れて、俺は焦った。


「なぜ、ここにいる?」

「弟の応援に来ちゃダメなワケ?」

「ああ、ダメだ。即刻帰れ」

「っ!?」


 千夏が思わずこけそうになる。


「別にいいだろがいっ!! 姉ちゃんなんだぞ!!」

「まあまあ、二人とも」


 横にいる母さんは困ったように笑った。


「お姉ちゃん、本当は蓮人の活躍を見るの、楽しみにしてたんだから」

「べ、別にそこまでじゃ!」

「母さんもか……。応援は不要だと言ったはずだろ?」


 母さんを見やり、俺は溜息を吐いた。


「そんなに寂しいこと言わないで? お母さん悲しいわ」

「だぞ? せっかくアンタのために、たくさんお弁当作ったんだから! アンタが出発してからコッソリと(ボソッ)」

「なんだ、それは?」


 二人とも大きな風呂敷を両手に抱えている。見るからに重たそうだ。


「だから弁当やがな」


 そう言うと、千夏が風呂敷を地面に置いた。


「ふは~重たかった……」と溜息を吐く。


「蓮人くん!」

「?」


 声を掛けられ振り返る。


 金髪に近い茶色い髪の少年が、無邪気に笑っていた。


「トールか」

「前半戦はお疲れっした! やっぱ先輩たちは強いっす、良い喧嘩だったっすね!」


 横に並んでいた金髪碧眼の美少女も微笑みながら頷く。


「ええ、本当に良い勝負だったわ」


 アルベスタだ。


 そう言うと、俺を真っ直ぐに見た。


「最後まで、正々堂々と良い勝負をしましょう」

「そうっすね、アルベスタ先輩! 俺たちは負けないっすよ!」


 そこまで言うと、トールが首を傾げて、母さんと千夏を見やった。


「あの、先輩。こちらはもしかしたら……」

「あ、ああ」


 俺はぎこちなく、二人を見やった。


「俺の、母と姉だ」

「こんにちは。蓮人がいつもお世話になってます」

「姉の千夏でーす。我が愚弟が迷惑かけてまーす」


 コイツ……。


 二人がそう言うと、「そうだったんすね!?」とトールは急に背筋を伸ばした。


「自分、悠ヶ丘で一年の番を張らせてもらってる阿田あだとおるです!」


 そんな自己紹介がTPO的に適切かは別として、トールは律儀に頭を下げた。


 その見た目と反した礼儀正しさに、二人が目を丸くする。


「蓮人くんとは一学期に喧嘩タイマンで負けて以来、仲良くしてもらってるっす! お母さんとお姉さんにお会いできて光栄っす!」

「タ、タイマン……、コイツと!?」


 千夏が俺とトールを見比べ、ぎょろりと目を剥いた。


「初めまして、お母様、お姉様。アルベスタ・メルブレイブです」


 今度はアルベスタがゆっくりとお辞儀をする。


「もしかして、二学期に転校してきたって言う子?」

「はい、そうです」


 母の問いかけに、アルベスタは微笑みながら頷いた。


 アルベスタのことは軽くだが家族にも話していたので、彼女たちも知っているのだ。


「転校して間もないので、私も蓮人さんにはとてもお世話になっています」


 アルベスタの醸し出すオーラやその美貌に二人は言葉を忘れて、ぽーっとしていた。


「お~い、蓮人く~ん!」


 また、別の誰かが声を掛けてくる。


 離れた場所から、こちらに手を振って走って来ていた。


「あら、あの子は」

「前にうちに遊びに来た子だね、確か名前は──」


 信吾である。


「お昼一緒に食べ──ゴフッ!!」


 横から何者かにタックルされた。


 信吾が転がりながら、校舎の隙間に消えていく。


「蓮人~~!!」


 諏藤だ。


 急に抱き着いてくる。


「お昼まだでしょ!? 一緒に食べよ?」

「なんでお前と食べないといけないんだ」

「いいじゃん、蓮人のお弁当も作ってきたんだ! 小鳩特製スタミナ弁当だよ? とっても美味しいよ?」

「私もだよ、蓮人くん!」


 そう言ってきたのは湖条だった。


「サンドイッチ作ったから、私のも食べてよね? あ~んしてあげる」


 因みにこの三人──信吾と諏藤小鳩と湖条心寧は皆、イースト軍だ。


「要らん! あと諏藤、蒸れた胸を押し付けてくるな。気持ちが悪い」


 ずっと抱き着いている諏藤を引き剥がす。


「あんたら──!!」


 その時、今度は尖った声が飛んできた。


「やっぱり、抜け駆けするつもりだったのね!!」

「あ!」

「菜乃葉に美遥!?」


 西ウエスト軍で普段は諏藤たちと仲の良い、喜村菜乃葉と戸口美遥も現れた。


「あの、凡野くん……」


 頬を赤らめ、もじもじしながら喜村が俺の前に立つ。


「さっきはその、綱引き、カッコ良かったよ」


 そう言うと、俺にクーラーボックスを突き出す。


「疲れたでしょ? 疲れた時は冷たくて甘いものが良いんだよ? ワタシが作った特製スイーツで体力を回復させてね?」


 ボックスの中には、半分に切られたメロンが入っていた。果肉は刳り貫かれ、練乳の海の中で溺れている。

 生クリームとカラースプレーでデコレーションされ、極めつけはその上に、大量のハチミツが掛かっていた。

 ストローが二本刺さっている。


「一緒に、食べよ?」

「すまん、吐きそうだ……」

「てぇい!」


 戸口が喜村を押しのける。


「甘いだけじゃダメだっての、疲れた身体にはクエン酸が一番っしょ! ホラ、あたし特製エナジードリンクを召し上がれ!」


 デカいジョッキの中で、レモンやオレンジなどの果汁が泡を吹いていた。中がなんだかドロドロしていると思ったら、生卵がブレンドしてある。

 更には何か茶色いものも混ざっているが、多分これはコーヒーか? ドロドロの卵と果汁の中で溶けきれずに渦を巻いている。


「クエン酸と一緒に、タンパク質とカフェインも採れるようにしたよ!? これで後半戦もバッチシっしょ!」

「マジで吐きそうだ……」


 俺は思わず顔を背けた。


「お~ここにいたか!」


 校舎裏から姿を見せたのは、コングだった。その後ろには不良たちもぞろぞろと歩いてくる。


「あからさまな、ザ・ヤンキー……!」


 千夏が怯んだように小さく言った。


「コングくんは俺らの大将、ここの番長っす! イイ人っすよ」


 トールがにかりと笑う。


「どうした、コング」

「こいつ、拾っといたぞ。ダチだろ?」


 転がっていった信吾の首根っこを捕まえて差し出す。


「蓮人くん……」

「信吾、大丈夫か?」

「僕のお弁当が……」


 転がったせいでぐちゃぐちゃになっていた。


「心配するな、俺のを分けてやろう」

「ホントに!?」

「ああ、食いきれないほどあるからな」


 風呂敷に包まれた四つの重箱を見やる。


「てか、なんの集会だよ、コレ?」と不良の一人が俺たちを見やって困惑していた。


「あ、いた! お~い、みんな~!」


 走って来たのはノースの応援団長、高塚香織だった。一年生の佐々木優美も一緒だ。


「なんだ、どうしたよ?」

「いや、折角だし、みんなで一緒にお弁当食べようかなって……」


 コングに聞かれた高塚はそこまで言って言葉を途切れさせた。


 彼女もまた、よくわからない顔ぶれが集まっていて戸惑っているようだ。


「うおっ!?」


 またまた一つ、困惑の声がする。


「何じゃ!? このカオスな集団は……!!」


 灰谷美月だ。松本さんと桜葉も一緒だった。


「あ、灰谷さん! ねぇ、みんなも一緒にお昼食べようよ!」


 灰谷と同じイーストの信吾が手を振った。


「は!? なんでアンタらと!?」

「沢山作ってきたから、みんなも遠慮せずに食べてね~?」


 たじろぐ灰谷だが、母さんはもうランチマットを広げ、紙皿などを配りはじめていた。

 

「もしかして、凡野くんのお母さん?」

「え、あ、まあ……。隣のは姉だよ」


 松本さんに聞かれ、俺は若干しどろもどろに返した。


「メッチャ気合入ってんな」


 その量に、桜葉が呆れ気味に呟く。


「コングくんもそこのみんなも早く来なよ! この唐揚げ、メッチャうまいっすよ!」

「これが噂のタコさんウインナーか……。初めて食べるな」


 トールやアルベスタはすでにお呼ばれしている。


「アタシも色々と作って来ました~! お義母かあ様!!」

「お義母様って、アンタね」


 諏藤たちも輪に加わっていった。


「わたしたちもお呼ばれしようか?」

「え?」

「マジで!?」


 松本さんの一言に、桜葉と灰谷がギョッとする。


「いいじゃん! 一緒の食べた方がきっと美味しいよ?」


 そう言うと、松本さんも近くに座って自分のお弁当を広げるのだった──




「アルベスタ」


 女子たちと仲良くサンドイッチを頬張るアルベスタに俺は声を掛けた。


「なにかしら?」

「……血迷っても【神力解放】などしてくれるなよ」


 耳元に寄ると、小声で忠告する。


「フン! 誰がそんな興醒めなことをするものか!」


 アルベスタも低い声で返すと、俺だけを見てニヤッと笑った。


「さっきも言ったろ? 正々堂々と、貴様らを敗北くだしてくれる! 我がサウス軍は最強だ。地力の差で、この大いなる戦祭、大戦祭タイイクサイで、狂戦神に完全勝利してくれよう」

「その言葉、信じるぞ」


 そう言うと、俺は立ち上がった。


「人が、増えてる」


 ノースの面々や学級委員の仕事で俺と顔なじみに生徒たちまで集まっていた。


「花見会場か、まったく……」


 楽しそうにお弁当を食べながら喋る連中を見やって俺は呆れた。


 花など咲いていない、十一月の空を見上げる。


「凡野くん?」

「ん?」


 松本さんに声を掛けられて我に返る。


「実はわたしもね、凡野くんにお弁当作ってきたんだ」


 内緒話をするように、彼女は言った。


「え?」

「これ」

「!?」


 でっかくて丸いおにぎりだった。


「おかかとツナマヨ、昆布に野沢菜の四種の具材を入れた、その名も【よくばりクォーターおにぎり】!」

「ど、どこかのピザ屋で聞いたことのある名前だね……」


 戸惑いつつ、受け取る。


 なかなかの量だな。


「……」

「はぁっ!!」


 黙っておにぎりを見ていると、松本さんが顔を歪めた。


「もっ、もしかして凡野くんって他人が握ったおにぎりとか食べれない派だった!?」


 頭を抱えてそう聞かれた。


「い、一応、ちゃんと手は洗ったよ? アルコール消毒してるよ!?」

「大丈夫。大きさにちょっと面喰ってただけ」


 松本さんを見て、俺は笑った。


 ラップをめくって一口食べる。


「うん、うまいな」

「ホントに?」


 それぞれの具材もちゃんと引き立っているし、なにより塩加減が丁度良い。


「ありがとう、美味しいよ」

「よかったぁ!」


 嬉しそうに松本さんは笑った。


「やっぱり、こうしてみんなで食べるのって楽しいよね」

「うん、そうだね」


 そう言いながら、俺は軽く後ろを見やった。


「……」


 この集団に向けられた物陰からの視線を感じ取る。


 少し前からだ。


 校舎の、二階か?


 ──悪意ある意思のベクトル。


 何となく、見当はついているが。

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