第6話 模擬戦無双~エピソード・ゼロ【完】
夕食後、僕は父に書斎へと呼ばれた。
部屋に入ると、母だけでなく、レーノやパーシヴァル、ローマンも顔を揃えていた。
「毎日、剣術や魔法の稽古に勉学にと頑張っているようだね」
「はい、お父様」
父が近くに来るように手招きする。
僕は側に寄った。
「ところで、ヴァレタス。君は外地に出る許可が欲しいそうじゃないか?」
「ええ、魔物と戦ってみたいのです」
「理由があるなら聞いてみたいな。なぜ魔物と戦いたいんだ?」
父は笑いかけて、僕の頭に手を置いた。
「魔物はその辺にいる獣とは違って手強いぞ? 人を、殺すために襲ってくる」
「覚悟の上です」
僕はきっぱりと返した。
「?」
頭に置かれた手をそっと握ると、ゆっくりと、外す。
「自分の実力を見極めるため、そして強くなるために。僕は魔物と戦いたい」
真っ直ぐに父の顔を見上げる。
「いずれは、僕も領地を守る騎士になるのですから」
「うむ……」
ぐっ!!
「むぐ!?」
父ゼオルタスが突然、僕の頬を両手で掴んだ。
顔を近付けて、瞳の奥を黙って覗き込んでくる。
「……よし、わかった!」
唇を締めると力強く頷いた。母と目を見交わす。
母も静かに頷き返した。
「外地に出ることを許可しよう!」
「ありがとうございます、お父様!」
「ただし、原野ではパーシヴァルやローマンの言うことをしっかりと聞くんだぞ! それから危なくなったらすぐに退くことだ!」
「はい!」
やった! これでやっと魔物と戦える!
ガチャ──!!
そう思った時、勢いよくドアが開いた。
「ちょっと待った!!」
「待ってください!!」
「!?」
レオニダスとガイダスだ。二人して、雪崩れ込むように部屋に入ってきた。
「レオニダス坊ちゃま!」
「それにガイダス様も……!」
二人とも鼻息を荒くし、僕を押しのけると父に詰め寄る。
「何故です!? 何故、兄である我々ではなく、ヴァレタスに外地に出る許可をお与えになるのです!?」
「年齢にしても、実際の実力にしても、俺たちの方が上のはず! 納得のいく説明を求めます!!」
手を広げて大人たちに訴えている。
やれやれ、バレたか。まぁ、いずれはバレることだし仕方ない。
「二人とも落ち着きなさい」
父は静かにそう言った。
「外地に出るのに、早いも遅いもない。十分に力をつけたら、お前たちも近い将来は町の外に出る機会があるだろう」
そう言って笑いかけた。
「焦る必要はないのだ」
「つまり、我らはヴァレタスよりも格下だと、そう仰りたいんですか!?」
「そうです! 俺たちの方がコイツよりも何倍も強いのに!!」
皆が宥めるも、二人は納得せずに、癇癪を拗らせた。
「勝負だっ!!」
ガイダスが僕に指を突き付けて叫ぶ。
「俺たちと勝負しろ、ヴァレタス!! 外地に出る許可を掛けて、模擬戦だ!!」
「私たちの方が強いと証明出来たら、外地に出る許可は我々が頂く!!」
レオニダスも言い放つ。
そして血走った涙目で僕を睨みつけた。
「お前は何もかも私には劣っていると、決して勝てないと、絶対的な力量差で証明してやる!!」
「本気で潰しに行くから、覚悟しろよ、ヴァレタス!!」
こうなったら、二人は意地でも曲げないのだ。それもよく分かっている。
なので僕は首を縦に振った。
「分かりました。僕も魔物と戦いたいので、受けましょう」
翌日──
模擬戦を前に、僕は靴紐をしっかりと結んでいた。
横ではレオニダスとガイダスが立ったまま両手を広げている。メイドたちに靴紐を結ばせ、レザーアーマーは騎士たちが着せていた。
革鎧を着てた木剣による模擬戦は剣術の稽古でよくおこなわれる実戦訓練であった。
訓練場の中央、僕はまず次兄ガイダスと向かい合う。
「それではこれより模擬戦をおこないます。双方、騎士として正々堂々と戦うように」
審判を務めるパーシヴァルが僕らを見て言う。
周囲では父と母、ローマンや騎士たちだけでなく、遠巻きに執事やメイドも様子を覗っていた。
「両者構えて──始めっ!!」
「でりゃーっ!!」
脳筋らしくいきなり木剣を振り上げ、真っ直ぐに僕に突っ込んでくる。
「よ」
僕は横に躱しながら、トンと脇腹を突いた。
「ぅお゛!?」
ガイダスが苦し気に身体を屈する。
「ちっぐしょ!!」
鼻水を垂らしながら、木剣を振り回した。
「おっと」
それを掻い潜って、彼の目の前に立つ。
「わ!?」
「力はこうやって剣に乗せるんですよ、お兄様?」
木剣の側面をガイダスの腹に着けると【身体強化】で力を倍増させ、ゼロ距離から踏み込みタックルをお見舞いした。
「ぐええ゛っ!?」
ガイダスの身体が場外まで吹っ飛んでいった。
のた打ち回りながら、ガイダスが吐いている。
慌ててメイドたちが介抱のために集まった。
「もう少し手加減すべきだったか……。ね?」
パーシヴァルを見やると軽く笑った。
パーシヴァルが何とも言えない表情をするので面白い。
まあ、あれくらいならばローマンが回復魔法を使うまでもなく、ポーションあたりで回復できるだろう。
「勝者──ヴァレタス様!!」
一瞬で勝負がついて、見学している者たちは呆気に取られていた。
「まさか五歳のヴァレタス様が十歳のガイダス様に勝っちゃうなんて……!」
「ヴァレタス様って、あんなにお強かったのか……」
執事やメイドたちがそんなことを言っていた。
「私は、あの馬鹿とは違うぞ、ヴァレタス!!」
次は長兄レオニダスだ。
お互いに向かい合い、礼をして剣を構える。
「始めっ!!」
パーシヴァルの一声と同時に、レオニダスはこちらと距離を取った。
魔法を使う気なのだろう。
「ヴァレタスよ……」
「なんでしょう?」
「お前、パーシヴァルやローマンに賄賂でも渡したか?」
ゆっくりと回りながら、そんなことを言ってきた。
「そんなことはしません」
「嘘を吐け! そうでもしなければ、お前などに外地に出る許可も魔物討伐の許可も下りるはずがないだろ!」
まだ言っているのか、この人。
「卑しい村人などと遊んでいるだけのお前に、私が負けるはずはないのだ!! 七歳も年の離れたお前などになっ!!」
このレオニダス、いやガイダスもだが──身分違いの者たちへの蔑視には気づいていた。この世界に生きていれば当たり前のことかもしれない。
奴隷も、町で普通に売られている、そんな世界だ。
けれどやっぱり、イラっと来るな……。
前は、護れなかったから。
デリックたちは俺の友だ。
「たとえ兄さんでも、僕の友人を貶めることは許さないよ」
レオニダスを真っ直ぐに見て言った。
「なんだと……!!」
いつもは何も反論しない僕に言い返されて、レオニダスの顔がどす黒く変色する。
「その生意気な口、すぐに利けないようにしてやる──!!」
そう言うと、【ファイアボール】の詠唱を始める。
長いな……。
この隙に幾らでも叩けるが、兄のガス抜きも兼ねて少し待つことにした。
「──出でよ、【ファイアボール】!」
兄の手の平の上に火球が出現する。
こっちを見ると、意味深にニタリと笑った。
「【トリプルキャスト】!!!!」
そう叫ぶと、【ファイアボール】が急に三つに増殖する。
「出た! レオニダス様の【固有スキル】、【トリプルキャスト】!!」
「MP消費ナシ、威力もそのままで同じ魔法を三回撃てるスキルなんて、魔法を扱う者にとっては喉から手が出るほどに欲しいスキルだろうな」
因みに、ガイダスも【MP変換】と呼ばれる【固有スキル】を生まれ持っていた。
MPをほかの能力値、例えば攻撃力や素早さに変換して、一時的に任意の能力を高めることが出来る特殊なスキルだ。
さっきは使う前にやられてしまったようだけど。
「喰らえ!!」
シュボボボ──!!
連続して三つの【ファイアボール】が飛んできた。
同時に剣を構えて走って来る。
【ファイアボール】を目くらましにして、同時に攻撃し一気に決着をつけるつもりか。
「【魔丸】──」
こちらも素早く詠唱し、【魔丸】を【ファイアボール】にぶつける。
この前のゴーレム戦で使った、着弾して弾ける術式の【魔丸】だ。
【ファイアボール】が消し飛ぶ。
「無駄だっ!! ほぼ同時に放たれた三つの【ファイアボール】を消し飛ばすことなどなっ!!」
シュパパン!!
「!?!?」
残り二つの【ファイアボール】も弾け飛ぶと、レオニダスは愕然としていた。
「な、何が起こった!?」
「素早く詠唱して射出しただけですよ?」
「なんだと!? 馬鹿な!! たとえ【魔丸】であっても、【トリプルキャスト】と同じ速さで撃ち出せるなんてあり得ない!!」
「練習すれば、そんなに難しいことじゃないですよ、お兄様」
「クソッ!!」
バックステップで距離を取る。
「あ、そこ、危ないです」
「は?」
パンッ!!
退屈だったんで、兄の詠唱中に置いていた【魔丸】だ。
それを踏んでしまった。
「ぐわぁっ!!」
レオニダスの身体が宙に舞う。
石畳に叩きつけられるが、そこにも【魔丸】が配置されていて──
パンッ!!
「うぐぅっ!!」
再び身体を強打し、宙に舞う。その後も──
パンッ!!
「ぐへっ!?」
パンッ!!
「うぼっ!?」
何度か跳ね回りながら、最後は場外へと吹き飛ばされた。
「うがっ!!」
地面に叩きつけられる。
「レオニダス」
「!?」
兄を見下しながら、僕は言った。
「僕の友を貶めるようなことは、今後は慎んでほしい。次からは、許さない」
「しょ、勝者──ヴァレタス様!!」
パーシヴァルの声が場内に響く。
こうして僕は二人の兄に圧倒的な力量差で勝利した。
当然、外地に出る許可も【魔物討伐】も手にすることが出来た。
【魔物討伐】へ出発する朝、装備を整えると僕は外へと出た。
「時間です、準備はよいですか? ヴァレタス様」
「うん、行こうか、パーシヴァル」
騎士たちやローマンもすでに馬上で準備を整えていた。
「さ、ヴァレタスはわたしの馬にお乗りなさい」
「え?」
急に身体を抱きかかえられる。
母のイラハルテだった。
彼女は自分の前に、僕を座らせた。
「お、お母様!? その格好は?」
見ると母も鎧を身に着け、槍を手にしていた。冒険者だった頃の装備だろうか?
「今日は愛する我が子の初陣──わたしも付いていくことに決めましたよ!」
「いや、けれど……」
「ダンジョンで魔物と戦っていた日々を思い出しますね!」
頬を上気させてそう言った。
「ヴァレタス様、無事をお祈りしております」
そう言ってきたのは大執事のレーノだ。
「これを」
「何?」
「レーノ特製、サンドイッチでございます。腹が減っては戦は出来ませぬぞ?」
「ありがとう、みんなで食べるよ」
パーシヴァルが手綱を曳いて馬を巡らせた。
「さあ、出発だ!」
「おう!」
騎士たちがそれに応じる。
「行きましょう、ヴァレタス様!」
「うん!」
こうして僕は、はじめて人の領域外──魔物がいる外の世界へと踏み出した。
この世界のことを、僕はまだほとんど何も知らない。知らない国に知らない種族、そして未知なる敵──魔族。
まだまだ強敵は沢山いて、今の僕では太刀打ちできないんだろうけれど、どんどん強くなってどんな敵でも倒せるようになってやろう!
誰が相手でも何が相手でも負けることのないように。護りたい人たちを、護れる力を手に入れるために。
■■■
100万PV感謝の特別編・おまけ程度のつもりが、長くなってしまいました。
すいませんm(__)m
次回投稿より、本編に戻ります。
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