第5話 実戦訓練
引きこもりだった僕は、ある日、死んだ。
散々な人生だ。
大切な友も、大好きだった人も、護れないどころか、その死すら知らずに……。
屍のように生きてきた中で、忘れ去っていた感情──溢れ出す怒りの中で、僕は終わった。
そう思ったけれど、女神ディアベルによって僕は転生したんだ。
もう一度やり直すために。もう一度、戻るために……。
僕が転生したグラン・ヴァルデンと呼ばれるこの異世界は、本当に不思議な世界だった。街並みや自然は中世ヨーロッパみたいだけれど、現実世界と違って、この世界には【魔法】や【スキル】、【ステータス】が存在していた。
人以外にも獣人族や妖精族、そして魔王をトップとする魔族が存在する、そんな世界だ。
一歩町の外に出ると魔物もいて、超古代からのダンジョンが存在し、そこには多くの危険と未知の宝が眠る。
本当にゲームみたいな世界だ。
十五年間、引きこもっていた僕にとって、それは眩しくて、ワクワクする冒険の世界だった。
この世界なら、思う存分、僕は自分を高められるだろう。強くなれるだろう。
この世界の仕組みを学び、【スキル】や【魔法】を駆使して、僕は絶対的な力を手に入れてみせる──!!
「けれ身体の自由が利くようになるまで長かったなぁ……」
背伸びをしながら、僕は数年前までのことを思い出していた。
三歳くらいまでは、ひたすら世界を観察していた。自然や環境、建築、習慣や言語、そして剣術や魔法の稽古……。
目で学ぶってことがほとんどだった。後は、よく寝てよく食べるくらいだ。
戦う上で、身体づくりは大切だもんね。
だって、僕はいつかこの世界の魔王を倒さないといけないんだから。
そして四歳くらいからやっと、本格的な稽古が始まった。
剣術や魔法の稽古だけでなく、字の読み書きや読書、勉強もすべては強くなるため。圧倒的な力を手に入れるためだ。
そうして五歳になった僕は、森で狩りが出来るまでになっていた。
そろそろ、次のステップに進む時だ。
今の俺が外の世界でどれくらいやれるのか。自分の実力も知りたいし、レベルアップもしたいからね。
「外地に出る許可、ですか?」
騎士団長のパーシヴァルに提案したら、彼は難しい顔をした。
「うん、そろそろ魔物と戦ってみたいんだ。今の僕の強さじゃあ、まだ無謀かな、パーシヴァル?」
そう問うと、彼は少し考えてから答えた。
「弱い魔物との一対一という条件であれば余裕でしょう」
そう言って、パーシヴァルは僕の横に座った。
「町の周辺にいる【ホーンラット】や沼地の【スライム】くらいであれば問題なく狩れるかと思います」
近衛騎士たちも、領地守備のためによく討伐している魔物たちである。
「ならば、今度討伐に出る時に、ついていっていいかな?」
「ですが、ヴァレタス様……」
そこで言葉を区切ると、俺の顔を見つめる。
「実戦では常に一対一とは限りません。敵は群れで行動することも多い。また原野では不測の事態も起こるのです」
「不測の事態には、まだ対処できない弱さなんだね、僕は」
「はっきり申し上げると、そうですね」
遠慮することなく、パーシヴァルは言った。
「そっか。少し残念だけど、仕方が無いね。精進するよ」
僕は立ち上がった。
「ヴァレタス様、どちらへ?」
「ちょっと森を散策するだけさ」
「……」
僕が狩人たちと森で狩りをしていることは、皆も知っている。
咎められるかなと思ったけれど、自由にさせてくれている。
多分、母のお陰だろう。
母イラハルテも若いころは冒険者としてダンジョン探索をしていたようだ。外の世界へと向かう僕に、シンパシーを感じてくれているのかもしれない。
パーシヴァルが僕を尾行しているのも、実は気づいていた。けれど僕は気が付かない振りを続けた。
少しして、数カ月ぶりに父が帰ってきた。
その後、僕は外地での【魔物討伐】を見据えた実戦的な戦闘訓練へと移行した。
パーシヴァルたちが、父に進言してくれたようだ。
「はぁ!? なんでヴァレタスのヤツがゴーレムと戦っているんだよ!?」
学園から帰って来たガイダスが僕がゴーレムと戦っているのを見て、顔を怒らせて叫ぶ。
長兄レオニダスも黙ってこちらを睨んでいた。
「この状況、説明してくれないか、パーシヴァル?」
パーシヴァルに問い質している。
その声は冷静さを装っているが、かなり腹を立てているのが分かった。
「【ゴーレム核】を用いた訓練なんて、学園で上級生が受けるものだ」
「その通りだっ!! 俺は愚か、レオニダス兄さんもまだなんだぞっ!?」
戦いに集中しながら、僕は溜息を漏らした。
二人とも人一倍負けず嫌いで、勝負には絶対に勝ちたい性分だ。そう言うと、聞こえはいいかもしれないが、二人ともとても嫉妬深い性格をしている。特に長兄のレオニダスは陰湿だ……。
いずれこうなることは分かっていた。
血のつながった兄弟で、同じ屋根の下の住人でもある。不必要な軋轢は避けたかった。だから普段は大人しくしてきたのだ。
しかし、それが強くなるための障壁となるのならば、話は別。
僕はもう、一切遠慮しないと決めたんだ。力を手に入れるため、強くなるために、その邪魔は、誰にもさせない。
兄たちに遠慮して、本当は前に進めるのに、その歩みを止めるなど絶対に、しない。
「俺にも戦わせろっ!!」
掛けていたバッグを投げ捨てると、ガイダスが訓練場に飛び出してくる。
「危ない、ガイダス様!!」
周囲で見ていた騎士たちが慌てた。
「ごぉぉぉ!」
俺に向いていたヘイトが、走って来るガイダスへと変わる。
ド────ッ!!
「え?」
ゴーレムが高く飛んだ。
「ひぃっ!!」
ガイダスがギョッとして身を固める。
【ゴーレム核】の中で一番小さな、小型のゴーレムだが、ガイダスでは歯が立たないだろう。
ゴーレムはそのままガイダスを踏み潰す気だ。
仕方ない。あまりレオニダスには見せたくないが……。
「魔法の粒子よ、我が手の中へと集え──【魔丸】!」
無属性の【魔丸】を射出し、ゴーレムの中心に当てる。
当たった瞬間に、【魔丸】は破裂し、同時にゴーレムの本体が砕け散った。
「速い!!」
「あんな一瞬で放てるとは……!」
騎士が驚いている。
「大丈夫ですか、ガイダス様!?」
パーシヴァルが駆け寄る。
呼びかけられても、ガイダスは放心状態のまま反応しなかった。アホ面のまま腰を抜かしている。
「ヴァレタスッッ!!」
何故か叱りつけるように、兄のレオニダスが僕の名を呼んだ。
「今の【魔丸】、ただの【魔丸】じゃないな!? どうやった!?」
「流石です、お兄様」
僕は恭しく頭を下げた。
「魔粒子を圧縮して、着弾の瞬間に破裂させました」
そう答える。
「じ、術式を変えたってのか!?」
眉間に皺を寄せてレオニダスが聞き返してくる。
「そんなに難しいことはしていませんよ」
「術式を組み直すなんて……、どこの世界にそんな五歳児がいるんだ」
騎士の一人が呆れたように言った。
「師が良いだけだよ」
僕はそう言うと、控えていたローマンを見やった。
「わたくしも、ヴァレタス様のような熱心な方の師となれて光栄です」
「術式を組み替える魔法理論なんて、学園でも学ばないんだぞ!!」
確かに、現実世界で言うところの高校、大学レベルだろう。
「それを私たちではなく、何故ヴァレタスにだけ教えているのだ!!」
「それは……」
「答えよ、ローマンッ!!」
いつもは物腰の柔らかなレオニダスが、五十以上年の離れたローマンに怒鳴っている。
貴族の我が儘お坊ちゃまキャラ──映画やアニメでしか見たことない光景だな。
こりゃ、対魔法用の【
レオニダスは自分の魔法の才能には自信があるみたいだし……。
ローマンは、逡巡していた。
魔法理論を学び始めたのも、【魔物討伐】を見据えて実戦的な魔法を使いこなせるようになるためだ。
だが、そう伝えると、この二人はまた怒り出すだろう。
容易に想像できる。自分たちよりも先に外地へ出て魔物と戦うなど、この二人は許さないだろうからな。
だからどう言おうか、ローマンは迷っているようだ。
なので僕はレオニダスに向かってこう言った。
「ほんの初歩を教えてもらっただけですよ、レオニダスお兄様」
「なにっ!?」
目を怒らせるレオニダスに笑いかける。
「ちょっと前、魔力練成をしてた時に水晶を粉々にしちゃったことがあったんです。その時に衝撃波が走って、周りのものを吹き飛ばしてしまったんです」
「しょ、衝撃波……!?」
「それを見て、【魔丸】に活かせないかなと思い、ローマンに簡単なやり方を聞いただけですよ」
レオニダスの顔がみるみる真っ青になっていく。
彼は頭が良い。
水晶を粉砕し、衝撃波が起こる──それ程の魔力量を、僕が有しているということ。自分よりも何倍もの魔力量を有していることに、気が付いたのだ。
彼は黙ってしまった。
「ガイダス様、お手を」
「服が汚れております、大丈夫ですか?」
メイド数人が、腰を抜かしたままのガイダスの身体を支えた。
「うるせぇ、放せっ!!」
ガイダスは乱暴に振りほどくと、プリプリ怒りながら屋敷に引っ込んでいった。
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