第4話 五歳児の実力
「ヴァレタス様の稽古ですが、そろそろ【ゴーレム核】や【
「なに?」
パーシヴァルの申し出に、ゼオルタスは耳を疑った。
「おいおい、何を言い出すのだ……。彼はまだ、五歳だぞ?」
顔を強張らせ、パーシヴァルを見やる。
「ですが、その。そうでもしなければ、もうヴァレタス様の戦闘欲は満たせぬかと思います。と言うのも、ヴァレタス様は原野に出ての【魔物討伐】を望まれておりますので」
「はっ!?」
ソファに深く腰掛けていたゼオルタスだったが、驚いて身を乗り出した。
ここはゼオルタスの書斎──
騎士団長パーシヴァルだけでなく、妻のイラハルテ、大執事レーノ、魔法使いローマンも顔を揃えていた。
パーシヴァルらに内密の話があると言われたのは、夕食後のこと。子どもたちが寝静まった後だった。
「駄目に決まっているだろう!? 私に意見を求めるまでもなく、突っ撥ねるが良い」
どんなに【ステータス】が優秀だろうが【スキル】【戦技】【魔法】が上手かろうが、五歳児が魔物討伐など聞いたことが無い。
実際にゼオルタスの知るヴァレタスの【ステータス】は二人の兄と比べても、特質するほど強い訳ではなかった。
「身の程を知らぬにも程がある」
「身の程、ですか……」
話にならないと溜息を漏らすゼオルタスだったが、パーシヴァルは至って冷静だった。
それは残る三人も同じである。
「なんだよ?」
「失礼ですが、ヴァレタス様の実力を知らぬのは、我が主──ゼオルタス様だけかと……」
「どういう意味だ?」
眉間に皺を寄せるゼオルタスに、パーシヴァルは言葉を続ける。
「夕食の折、ヴァレタス様は森で遊んでいるような言い方をされましたが、実はすでに一人で狩りが出来るレベルまで熟達されているのです」
「なんだと!?」
ゼオルタスが目を丸くする。
「【弓術】と【投擲術】を身に着けられ、腕前はすでに狩人レベルです。今日など巨大なビルヨークを一人で仕留められました」
「なんて無謀な……! どうして放っておくのだ!?」
「最初は私たちも知りませんでしたから」
そう言うと、パーシヴァルはイラハルテを見やった。
「君も、知ってのことか」
夫の問いかけにイラハルテはゆっくりと頷いた。
その事実に気付いたパーシヴァルは、直ぐにイラハルテに報告したのだ。その後は、ヴァレタスが森に入る度に、イラハルテの命により彼を尾行し観察してきた。
「何と言うことだ……。何故、誰も止めない!?」
表情を曇らせる夫を、イラハルテは見やる。
「あの子は、わたしたちが考えているよりもずっとしっかりしています」
彼の手に自分の手を重ねた。
「彼の聡明は、父親の貴方も知っているはず。一見無謀と思えることも、何か理由があっての事でしょう……。ですから、わたしたちはしばらく、彼の自由にさせようと決めたのです」
「しかしな……」
ゼオルタスは首を振ると溜息を漏らした。
「では狩人の真似事をする理由はなんだと思うね?」
「一言で申すと、強くなるためかと」
パーシヴァルはそう言うと、ゼオルタスを見て頷いた。
「森は整地された訓練場とは違いますからね。より実戦に近い。いや、実戦よりも過酷な環境でしょう」
「ただの興味本位や戯れではないという訳か」
「然様です。あの方は何をするにしても明確な目標を持って取り組まれる。たとえ剣の素振り一つにしても……」
彼の言葉に、ゼオルタスが笑い声を漏らす。
「あの方、ね」
「あ! ええと、失礼致しました」
「いや、いいのだ。続けてくれ」
自然に出たその言葉で、パーシヴァルのヴァレタスに対する考えが分かる。それはレーノやローマンにしてもそうだ。
例えばローマン──レオニダスとガイダスに対しては【坊ちゃま】と呼ぶのに、一番幼いヴァレタスだけは【ヴァレタス様】と呼んでいる。
別にローマンが二人を見下している訳ではない。二人を、教え導く必要のある【子ども】と認識しての事だろう。当然である。
それに対して、ヴァレタスは【対等】なのだ。おそらく無意識に、ローマンはそう判断している。
「ヴァレタス様は狩りの中で、【
「そうか」
ゼオルタスが納得したように頷く。すでに否定的な感情は、消えていた。
「最近では、尾行中に見失うことも出て来ました」
「ハッハッハ! 百戦錬磨の騎士団長を撒くとは大した奴じゃないか」
今度は、どこか誇らしげに笑う。
「ええ……。ヴァレタス様の力への渇望は誰よりも強い」
「だからこそ、我が家の王子は【魔物討伐】をご所望なわけだな」
肩を竦めると、パーシヴァルを見て問いかける。
「剣の師としてどう判断するね? お前の見解次第では、外地へ出る許可を出しても良いぞ?」
そう言われ、パーシヴァルは表情を引き締めた。
「狩人たちが狩る獣と違い、魔物の強さは質が異なります。魔法を使う種もおりますし、不測の事態も考えられるでしょう。よって一旦、訓練にて実戦能力を測りたいところですね」
「うむ、だから【ゴーレム核】と【
「然様でございます」
ゴーレムを生み出しておこなう戦闘訓練や【方尖柱】を用いた対魔法訓練は、どれも学園の上級生たちがおこなうものである。
「分かった。よろしく頼む」
だが、ここまでの話を聞いて、ゼオルタスはすぐにその許可を出した。
「ヴァレタス様もお喜びになるでしょう」
ローマンも嬉しそうに頷く。
「やれやれ。夕食の時、お前たちが何かを隠していることには気づいたが、予想以上のことだったな」
四人を見て、ゼオルタスは肩を竦めて笑った。
「ふふ、ローマン、貴女も伝えるべきことがあるのではなくって?」
イラハルテは魔法使いの老婆を見て微笑む。
「おいおい、まだ何かあるってのか?」
ゼオルタスが眉を上げる。
「ええ、実はヴァレタス様に関して、わたくしからもお伝えすべきことが……」
ローマンが胸に手を置いて困ったように笑う。
「遠慮はいらない、教えてくれ」
「ならば、こちらをご覧ください──」
彼女は懐から袋を取り出すと、中のものをテーブルに置いた。
「魔力練成用のクリスタルじゃないか」
子どもたちが日々、魔力を強化する稽古に使う、純度の高い水晶である。
魔法を習い始めた初学者用で、手の平に乗るほどの小ささだった。
「なにかお気づきになりませんか?」
「ん? これは、罅か?」
ゼオルタスは水晶の中を覗き込んだ。中心に亀裂が走っている。
「魔力練成中に、ヴァレタス様が入れられました」
「そうか、そいつは驚いたな」
そう言いつつ、さほど驚いてはいなかった。
魔力練成の水晶は、その許容量を超えて魔力を流すと破損する。誰でも知っていることだ。
小さな水晶に罅を入れるほどにヴァレタスの魔力量が増えたということである。
喜ばしいことだが、あり得ないことではなかった。
「森の魔女にでも修行をつけてもらったのかな?」
「さあ、どうでしょうね?」
ゼオルタスが冗談を言うと、どこかとぼける様にイラハルテは肩を竦めてみせた。
「彼にはもう少し大きい水晶を与えてやってくれ、ローマン。そうだ、明日の買い物の際に、君が良いものを見繕ってくれないか?」
「それは構いません」
ローマンは頷いた。だが、意味深にゼオルタスを見やると言葉を続ける。
「ですが、実はこの水晶は最近のものではないんです」
「え?」
「ヴァレタス様が水晶に罅を入れられたのはこれで四度目。その度に、水晶も大きいものに変えてきました。そして──」
ローマンが、また袋の中から何かを取り出す。
コト……。
透明な瓶をテーブルに置いた。
「これが直近のものです」
「ただの砂じゃないか」
透明でキラキラとしている。
ゼオルタスが手に取ってよく見ると、大きな粒も見て取れた。
「っ!?」
何かを悟り、表情が強張る。
「こっ、これは……っ、水晶なのか!?」
「そうです。しかも、一般の魔法使いが魔力練成をする水晶です」
「な、なんてことだ……」
ヴァレタスの額から汗が噴き出した。
「くしゃみをした拍子に、誤って魔力を流しすぎたとか」
「本当なのか?」
「ええ、わたくしもお傍に居りましたので。周りに人がいなくてよかった。水晶に蓄えられた魔力が衝撃波となって、窓が吹き飛びました」
「掃除が大変でしたねぇ」
レーノも溜息交じりに笑う。
「水晶も、このように文字通り粉々になって、かき集めるのに苦労致しましたよ」
「つまり、一般用の水晶でも彼には不相応だと……」
ゼオルタスが唸る。
ヴァレタスは兄の二人と比べて、【固有スキル】も今のところ発現していない。生まれ持って得ていた【スキル】も【身体強化】のみだった。
だがまさか、これほど魔法の才能に恵まれていたとはな。
ローマンを見て、問う。
「ヴァレタスの、魔法の学習練度は、今どの程度なのだ?」
「すべての属性の【
「なにっ!?」
信じられず、ゼオルタスは頭を抱えた。
「やれやれまったく、これ以上驚かせないでくれよ?」
「あ、ついでにわたしも良いかしら?」
イラハルテが胸の前で手を上げる。
「君まで何か隠しているって言うのか?」
「槍を学びたいとせがまれまして、時折、槍も教えています」
「【王の槍】から槍術を学ぶ。結構なことじゃないか」
イラハルテ・ガストレット──彼女もまたウィンボルト公爵家の生まれであり、名門の出身だった。
国王を守護する【三公】と呼ばれる存在──【王の剣】、【王の槍】、【王の盾】の一角、【王の槍】がウィンボルト一族である。
この一族は皆、槍の使い手で王宮の警備を担当しており、イラハルテも王宮警備の経験がある。
更には、冒険者としてダンジョン探索もおこなっていた経歴の持ち主であった。
「まずは【短槍術】の稽古をつけていますが、随分様になって来ました」
「うむ」
「それと、これもついでですが、ウィンボルト家秘伝の【魔槍】も習得しています」
「うむ──なにっ!?」
ゼオルタスが驚きすぎて立ち上がった。
「【魔槍】だと!? 【魔槍】は魔粒子を物質化し固定化する高等技術のはず! ウィンボルト家でも一握りの者しか扱えないのではなかったのか!?」
「ええ、ヴァレタスにもしっかりとわたしの血が流れているということでしょう」
ウフフと笑いながらイラハルテが首を傾ける。
「あの~、わたくしもついでに……」とローマンも胸の前で小さく手を上げた。
「ババァ、貴様もかっ!!」
「【魔剣】も習得されています」
「はぁっ!?!?」
「あの、わたくしからも」
「レーノ、テメェっ!!」
ゼオルタスがレーノの胸ぐらを掴む。
「ご、ご乱心はいけません、我が主……」
「なんだ!? 言ってみろっ!?」
「さ、先ほどヴァレタス様は文字の読み書きを頑張っているなどと仰っていましたが、実際は読み書きレベルはとっくに終わっているのです」
執事のレーノは、家庭教師も兼ねていた。
文字の読み書きから初歩の算数や科学、歴史を教えるのだ。
「初歩レベルには退屈されている様子で……。学園で教える学習内容に進もうと考えております」
「うむっ! 驚くべきことだが、その程度ではもうまったく驚かんぞ、私は!」
そこまで言うと、ゼオルタスは疲れたように、どっとソファに座り込んだ。
「しかし、どうして夕食の時に何も言わなかったんだ、アイツは? レオニダスとガイダスは褒められたい一心だったのに……。パパは悲しいぞ」
思わず肩を落とす。
「恐らく、兄上たちに遠慮されたのでしょう」
レーノはそう返した。
「そうか」
確かに、戦闘技術、魔法、学問……。すべてにおいて自分よりも五歳児の弟が上回っていると知ったら、あの二人のプライドは深く傷つくだろう。
二人とも相当な努力をしている。そして負けん気も強い。それらは貴族として政治の世界を進む上で必須の精神。
相手を蹴落とすくらいでなければ生き残れない。
だが、その負けん気は裏目に出ることもある。
「お前たちが夕食の時にヴァレタスの話をしなかったのも、そのためか……」
そう聞かれると、パーシヴァル、ローマン、レーノの三人は無言で神妙な顔つきになった。
沈黙が流れる。
「と言うよりも、わたしたち、ヴァレタスの策略にまんまと引っ掛かったのかもしれませんよ」
イラハルテはわざと明るい声でそう言った。
「どういう意味だね?」
「自ら自分の功績を自慢する者と、他人がその功績を認めている者……、どちらがより信用できますか?」
「確かに」
頷いたのはパーシヴァルだった。
「夕食時、自分の口から話さなかったのは、兄上たちに遠慮したと言うのもあるでしょうが、もしかしたら、私たちがゼオルタス様に進言することを見越しての事かもしれません」
「それが本当ならば、恐ろしい奴だ。想像したくないがね」
ゼオルタスはそう言うと、天上を見上げた。
【知性】【ステータス】【性格】あらゆる面から、ガストレット公爵家の跡継ぎはレオニダスで決まりだと、ずっとそう思ってきた。
十二歳のレオニダスには、すでにその自覚も芽生えている。
次兄のガイダスも、兄を補佐する存在として十分に力を発揮するだろう。
三男のヴァレタスは、自由にやらせればよい。
その程度にしか思っていなかったのだが……。
ゼオルタスのその意思は、大きく揺らぐことになる。
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