第3話 変わり者の三男

 その少年は、レオニダスの優秀な成績や魔法の才能を耳にしても、一切驚きはしなかった。


 その少年は、ガイダスの武勇を聞いても、顔色一つ変わらなかった。


 それどころか、まったく興味も関心も無い様子で、淡々と食事を口に運んでいる。


 食事が始まってから、ずっと。


 一瞬、場が静かになり、カチャカチャと控えめな食器の音だけが室内に残った。


「ヴァレタス」


 食事を続ける三男ヴァレタスに、父が問いかけた。


 父に呼びかけられると、ヴァレタスは直ぐに手を止め、顔を父に向ける。


 その顔は落ち着き払っていた。


 あまりにも二人の兄と違っている。


 だがヴァレタスは、昔からそうだったのだ。

 

 先ほども久しぶりの再会だと言うのに、二人の兄と違い、彼だけは一歩離れた場所から父を出迎えていた。


「なんでしょう、お父様」


 明瞭な声で、ヴァレタスは返事を返した。


 レオニダスとガイダスがすっと目を細めて、弟を掬い見る。


「お前はどうしていたんだ、ヴァレタス? お前のことも聞かせてくれないか」


 そう言われると、少年はナプキンで軽く口を拭いた。


 それはレーノが教えた食事の作法であるが、学園に入学している兄二人よりも、ある意味洗練された自然な所作であった。


「文字の読み書き、魔力練成、戦技練成、勉学……。レーノやパーシヴァル、ローマンたちに習いながら、頑張っています」

「そうか……」


 息子が静かに答えると、父のゼオルタスは頷いた。


「……」


 ヴァレタスに名前を呼ばれた三人が、一瞬、意味深な表情をする。


 躊躇うように唇を動かした。何かを言いたげで、逡巡し、それを吞み込んだ様に思えた。


「……子どもたちは皆、元気にやっているみたいだね、君のお陰だ」


 ゼオルタスは妻のイラハルテを見ると、にこりと微笑む。


 彼女の方はヴァレタスを見やって笑った。


「この子、最近は森によく出かけているのですよ。薬草やキノコ、時にはきれいな花なんかをお土産に持ち帰ってくれるのです」


 母に見つめられると、ヴァレタスは「うん」と一言返して頷いた。


「そうなのか。森にね」

「ええ。近くの村の子や狩人とも仲良くしているようです」

「ほう……」


 感心したようにゼオルタスがヴァレタスに顔を向ける。


「森は楽しいです」


 父に見られると、ヴァレタスはそう返した。


「だが、森は危険な場所だ。あまり深入りは禁物だぞ?」


 ヴァレタスは静かに頷いた。


 だが、父を真っ直ぐに見つめると、その瞳がきらりと輝きを放つ。


「危険だからこそ、楽しいのです」

「そ、そうか」


 短い言葉の中に、子どものものとは思えない強い意思が感じられ、ゼオルタスは納得させられてしまった。


 本来ならば叱ってでも止めた方が良いことであるのに。


 言葉に迷う父を察したかのように、ヴァレタスは言葉を続ける。


「森ではいろいろなことが学べます。図鑑に載っている生き物や植物も実際は微妙に違ったりするんですよ」

「ほう、ヴァレタスは博物学者に向いているかもしれないな」

「どうでしょう? けれど、村の人たちや狩人から色んな話を聞くのは好きです」

「お前、また平民と遊んでいるのか?」


 黙って聞いていたレオニダスだったが、否定するような口振りで言葉を挟んだ。


「遊んでいると言うより、森の知識や知恵を教えてもらっています」


 ヴァレタスは静かに返す。


「パーシヴァルやローマン同様に、僕の良い師ですね」

「ハン! 村人がマスターだなんて、笑っちゃうよな!」


 ガイダスも棘のある言い方をして鼻で笑う。


「こら、二人とも」


 そんな兄たちをイラハルテは優しく窘めた。


「そんな言い方は良くありませんよ」

「けれど、お母様……」


 ガイダスは眉間に皺を寄せ弟を睨んだ。


「こいつにもそろそろ、公爵家としての自覚を持ってもらわないと! でないと、お母様たちが困るんじゃないでしょうか!?」


 そう言うと、鼻息を荒くした。


「その通りだ。お前もたまには気の利いたことを言えるじゃないか」


 レオニダスが横で頷く。


「だいたいこのあたりの森は、代々私たちガストレット一族のものなんだ。それを奴らに貸してやっているのさ。お父様たちの好意で、とても安い税金でね。それなのに、我が物顔と来たもんだ。本当に身勝手で卑しい連中だよ」


 カチャ──


 ヴァレタスが、その手を止める。


 スッと兄を見やった。


「やめなさい、レオニダス」


 ヴァレタスが何か言う前に、父のゼオルタスが彼を諫めた。


「領民を見下すような態度は、騎士道に反することだぞ、レオニダス」


 父に真顔でそう言われると、レオニダスは幼い子供のように頬を膨らませた。


「ガイダス、お前もだ。二人ともよく聞きなさい」


 ゼオルタスが二人に向き直る。


「弱き民たちを守るのは領主の務めであり責務だぞ。彼らは我が領地で共に生きる良き友──お前たちにも領民には優しく寄り添ってもらいたいのだ。分かるね?」

「はい……」

「すいません、お父様」


 まだ言いたいことはあり気ではあったが、二人とも口を尖らせて謝った。


 ゼオルタスが先ほどまでの柔和な顔に戻る。


「ところで、明日は皆で王都の中心街へ買い物に出かけないか? 何か好きなものを買ってあげよう」


 父の急な提案に、二人の暗い顔が一気に明るくなる。


「やったぁ!!」

「本当ですか!?」

「勿論さ! 二人とも、日頃、剣や魔法の稽古に勉学にと頑張っているみたいだからね! 優秀な子どもたちに囲まれて、お父さんも嬉しいよ!」


 二人は何を買ってもらおうかと相談を始めた。


 その様子に和やかな雰囲気が戻る。


 ヴァレタスもまた、静かに食事を口に運び始めた。


「……」


 笑いながらも、ゼオルタスはレーノ、パーシヴァル、ローマンの顔を見やった。


 やはり何かを隠している。


 ……恐らく、ヴァレタスに関する何かを。


 ゼオルタスはそう感じた。

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